一生本棚が足りない人生を歩む
本屋にうかつに近寄ってはならない。
「ちょっと見るだけ」のつもりで入っても気が付いたら2~3時間は溶けているし、「記念に一冊だけ」と思っても、やっぱり気が付いたら3~4冊の本が入った手提げとともに帰宅することになる。
書くことが好きだが、読むことも好きだ。書く以上に読むほうが好きかもしれない。
小学校の夏休みになると、夏休み中に読んだ本のタイトルと日付を記入するリストを手渡されて、休み明けに提出するという課題があった。
担任もまあせいぜい5~6冊読んでくれればいいかなくらいで手渡した課題だったのだろう、A4紙一枚に記入できる欄はせいぜい15冊分くらいのものだった。しかし私はなんとこの用紙2枚と1行分、計31冊の本を読んでうきうきと始業式に向かったのである。
最後の一冊は、記入欄が足りなくて2枚目の裏にこっそりと付け足した。30日の夏休みで31冊も読んでくるもんだから、課題を提出された担任も「え?ほんとにこんなに読んだの?」と驚いていた記憶がある。
大人になってからも、相変わらず読むことが好きだった。書店を見かければ吸い込まれるように入っていき、作者で選ぶわけでもなく本をジャケ買いして出てくる。学生時代はそんなにお金を持ち合わせていないので文庫本や図書館の貸し出しで我慢していたが、社会人になってからはほとんどの本をハードカバーや単行本で購入した。一度自分の生活にかかるお金を試算したことがあるが、家賃やスマホ代といった固定費をのぞくと、堂々の1位が書籍代だった。
そんなんだから、一人暮らしをしていたワンルームは本の山だった。ローテーブルにもベッドのサイドテーブルにも、時には床にも本が平積みになっていて、引っ越し前に訪れた旦那には「研究室みたい」と言われた。
そんな私だが、ここ数年読書から遠ざかってしまっていた。いや、読むには読んでいたのだが、その大半がビジネス書というジャンルに収まってしまっていたのである。もともと研究者気質があるので、仕事で新しいミッションを負ったり、未知の領域に取り組むことになると、まず本を買う。インターネットももちろん活用するが、結局は自分にとって上質な参考書になる本を引き当てるまで何冊も買い、そのうち2~3冊を自分の知識のバイブルとして辞書のように“ひきながら”学び、仕事に活用する習慣があるのだ。
その結果、結婚後の新居に背の高い回転式本棚を買い与えてもらったにもかかわらず、いまだに入りきらない本が詰まった段ボールが一箱存在している。その中には、全然読んでいないものもあれば、部分だけ読んだものもあるし、「あの内容はこの本のこのへん」と、パッと引き出せるくらい読み込んだものまで様々だ。
そんな研究者の本棚を造りあげていた私だが、ビジネスから離れたここ数か月、あらためて読書の楽しさを思い出している。書店に吸い込まれていくのはこれまでとなんら変わらないけれど、最初に向かう本棚がビジネスや自己啓発ではなくて、人文学とか小説の棚になった。いや、戻ったというべきか。
そうして出会ってしまった本を「えへへ、またやっちまいました」とか言いながらせっせこせっせこ持ち帰るもんだから、旦那ももう諦めたように「またいっぱい買ってきたねえ」と言う。いつになっても家の本は片付かない。むしろ増える一方。本棚を買うんじゃなくて、壁全部を本棚に改築してしまったほうが多分早い。
ビジネス書以外でなにを読むのかと言えば、もともとは小説が好きだった。特に児童向けのファンタジー小説。『魔法使いハウルと火の悪魔』で有名なダイアナ・W・ジョーンズの書くファンタジー小説は、日本語で出版されているものはほとんど読んだと思う。それ以外にも、クリス・ダレーシーの『龍のすむ家』シリーズとか。
高校生くらいになると、恩田陸、伊坂幸太郎、あさのあつこ、宮部みゆきといった児童向けではない小説も好むようになった。最近『No.6』の新シリーズが始まっていたことを知って書店で小躍りしたことを覚えている。
あらためて読書のための時間を得られたことに喜ぶ一方、こうした大好きな小説たちが知らぬ間にどんどん増えていっていたことにさみしさも覚える。私がビジネス書に時間を埋葬している間も、たくさんの物語が始まっているのに、素通りしてきてしまったのだ。今本屋大賞で騒がれている朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』も読みたいし、『成瀬』シリーズも1巻までしか読めていない。いやいやそれ以前にも、私は青春の象徴である『No.6』をいちからすべて読み返したい。
私の読みたい欲はそれでもとどまることを知らず、最近はエッセイにも手を出し始めた。朝井リョウ作品にいたっては、小説より先にゆとり三部作に手を付けてしまった。ちょうど先ほど第一部となる『時をかけるゆとり』を読了したところだ。この後には燃え殻作品が待っている。
ちょっとニッチな領域で行くと、好きなyoutuberのエッセイなんかも好んで読む。どんな風に生きてきたらそんな面白い人間になるんだよ、あんた。という好奇心でついつい読み漁ってしまうのだ。
だからやっぱり、本棚が足りない。生きていたらいくらでも本を買い続けてしまう。電子書籍は便利だけど、やっぱり紙が好きで電子で一度読んだ本を紙で買いなおすような愚行までしてしまうから。良いんです。良い作品を2度買ったって。これが私なりの推し活。
知らない間に生まれていた良質な物語があることは、さっきも言ったように少し寂しい。でも、それだけまだたくさん出会える物語があると思うと、それはそれで嬉しい。
でもやっぱり、本棚が足りないので自重を覚えたほうが良いのかもしれないと思いつつ、また新しい本に手を伸ばす日々だ。
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