趣味のエンドロール作り 【ショートショート】
私の密かな趣味は、パソコンの動画編集ソフトを使って『今日のエンドロール』を作ることだ。
帰宅してシャワーを浴びた後、簡素な部屋でその日一日の出来事を思い出しながら、黒い背景に白い文字を打ち込んでいく。
主演:私
助演:不機嫌な課長
エキストラ:満員電車の乗客たち
ロケーション協力:駅前のコンビニ
いつものオフィス
美術(ランチ):駅ナカのきつねうどん
友情出演:帰り道で見かけた三毛猫
これに荘厳でエモーショナルなオーケストラのBGMを被せ、プロジェクターで部屋の壁に投影する。
すると、不思議なことに、上司に怒鳴られた理不尽な出来事も、代わり映えしない退屈な日常も、すべてが『一本の映画』のように思えてくるのだ。
文字がゆっくりと下から上へスクロールし、最後に画面が暗転すると、どんな一日でも「まあ、いい映画だったな」と他人事のような気持ちで眠りに就くことができる。
数年間、私はこの趣味のおかげで平穏な精神を保ってきた。
しかしある夜。
仕事でひどく失敗し、恋人に振られ、土砂降りの雨に降られて帰ってきた私は、あまりの絶望から『今日のエンドロール』を作る気力すら湧かなかった。
どうしても、この最低な一日を映画として肯定できないのだ。
(そうだ。いっそ、全部終わらせてしまえばいいじゃないか)
自暴自棄になった私は、魔が差して『今日』ではなく『人生全体』のエンドロールを作ることにした。
幼い頃から育ててくれた両親。
お年玉をくれた親戚。
学生時代の友達、先生。
初恋の人。
仕事の先輩。
思いつく限り、自分の人生で関わったすべての人の名前を、時間をかけてびっしりと打ち込んでいく。
BGMには、この世で一番泣けるであろう壮大なレクイエムを選んだ。
そして、一番最後に大きなフォントでこう打ち込んだ。
製作・総指揮:運命
おわり(THE END)
完成した映像を壁に投影する。
音楽が静かに始まり、懐かしい名前たちがゆっくりとスクロールしていく。
制作している最中は何とも思わなかったが、今は不思議と涙が溢れて止まらなかった。名前を見ているだけなのに、体験した様々な出来事が走馬灯のように蘇ってくる。
私の人生は失敗ばかりだったが、こうしてクレジットにして並べてみると、なかなかどうして、悪くない大作映画だったんじゃないか。
映像では語り尽くせないほど長い人生、一日くらい不幸が集中したくらいで、何をヤケになっていたのだろうか。
やがて音楽が静かにフェードアウトし、画面の中央に『THE END』の文字が浮かび上がった。
数秒後、プロジェクターの映像が終了して、部屋は完全な暗闇に包まれた。
「スッキリした。明日からまた頑張るか」
私は涙を拭い、ベッドから立ち上がって部屋の電気のスイッチを押した。
しかし、照明は点かなかった。
(あれ、停電か?)
窓の外を見ると、街灯も、月の光すらも消えていた。世界が、純度100%の真っ黒なインクに塗りつぶされているようだ。
それだけではない。
さっきまで降っていた雨の音も、遠くを走る車のエンジン音も、一切聞こえないのだ。
無音。そこには完全な無があった。
その時、虚空から微かに、ギィっと何かが軋むような音や、バタバタと忙しく駆け回る足音が聞こえてきた。
『はい、オッケーです! お疲れ様でしたー!』
どこからともなく、メガホンを通したような男の声が響き渡った。
私はハッとして自分の両手を見た。
指先から少しずつ動かしている感覚がなくなっていく。まさに、私の肉体が周囲の黒い背景へと溶け始めているようだった。
そうだ。
映画というものは、エンドロールが終わればスクリーンから消える。
「おわり」とテロップを出してしまった以上、私の物語に続きが描かれることはないのだ。
(ちょっと待ってくれ! さっきのはただの私の趣味で)
必死になって叫ぶが、すでに私の口から音声が発せられることはなかった。
