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争奪船 【ショートショート】

 灼熱のプラズマがブリッジの隔壁を舐め、耐熱パネルが泥のように溶け落ちていく。
 焦げた配線の臭いと、冷却液の気化した煙が充満する中、総司令官は八本のてあしのうち三本を失いつつも、中央のコンソールにしがみついていた。

 彼の複数の眼球が捉えているのは、透明な隔離チャンバーに収められた球状の物体だ。
 球体は、表面に無数の反射面を持ち、非常灯の赤い光を乱反射してまばゆく輝いている。

 頭上から、鋭利な破片が降り注いだ。
 ひしゃげた天井のパイプを伝って降りてきた科学参謀の仕業である。
 参謀の全身を構成する結晶体は、もはや本来の規則正しい多面体を保っていない。
 至る所が砕け、ひび割れ、内部から漏れる紫の光が鈍く明滅している。
 参謀は無傷の右腕を振り上げ、自らの身体の一部を鋭い散弾として司令官に向けて射出した。

 司令官は残った肢で、事切れた部下の肉体を盾として跳ね上げる。
 肉の焦げる音と、硬質な結晶が砕ける音がブリッジに響き渡った。

​ この武力衝突は、数サイクル前から続いているものだ。
 辺境の宙域で拾い上げた例の球体型アーティファクトから、未知の微弱な波長が検出されたのがすべての発端である。

 司令官はそれを宝と考え、私室に運び込もうと指示を出し、参謀は反対して研究区画での解体と分析を主張。
 もともと気が合わなかったこともあり、対立は激化、ものの数時間で物理的な排除へ移行し、船全体を巻き込む武力行使に発展した。
 司令官派は重火器のアクセス権を掌握し、参謀派は船内システムの制御を奪い取った。

 居住区内で、高出力のレーザーが交差する。
 隔壁は次々と破壊され、宇宙空間への曝露によって多くの乗組員が真空へ吸い出されていった。
 推進機関のメインリアクターは、参謀派の妨害工作によって冷却機能を喪失、船は推進力を失い、慣性のままに暗黒空間を漂っている。

 生命維持装置の稼働率は三割を切っていた。
 酸素供給が滞り、人工重力も不安定。
 けれど、彼らは牽制と破壊をやめなかった。

 司令官は、球体の輝きを抱え込む自身の姿を思い描きながら、懐に隠し持っていた高周波ブレードを引き抜いた。
 参謀は、球体を分子レベルで解体する手順を演算しながら、冷却ガスのバルブを破壊して周囲の視界を奪う。

 高度な思考を備えていたはずの生命体は、今や原始的な殺戮の中。

​ 閃光が奔り、爆発の連鎖が船体を揺るがした。

 司令官の放った一撃が参謀の生命核を掠め、同時に参謀の放ったエネルギーパルスが司令官の中枢神経を焼き切った。

 二つの巨体が床に崩れ落ちる。
 それを合図にしたかのように、ブリッジの主電源が落ちた。
 赤い非常照明が、等間隔で明滅を繰り返す。
 空調システムも停止し、船内は不気味な静寂に包まれた。
 時折、金属が軋む音や、漏電の火花が弾ける音だけが響く。

 重力が失われつつある床を、司令官は残された二本の肢と顎を使って這い進んだ。
 体液が床材に薄暗い軌跡を描く。
 参謀も砕けた身体を軋ませながら、床の隙間に腕を引っ掛けて前進。

 二人の向かう先は同じだ。
 隔離チャンバーは先ほどの衝撃で砕け散り、光り輝く未知の球体が瓦礫の中に転がっている。

​ 司令官の呼吸器官は異音を漏らし、参謀の紫色の灯は今にも消え入りそうだった。
 攻撃する余力は、もうどちらにも残されていない。
 ただ、先にあの球体に触れることだけを目的として、体組織を削りながら這い続ける。

 ひしゃげたパネルを押し除け、断線したケーブルを這い越えた。
 わずか数メートルの距離が、星々を渡るよりも遠く感じられる。

 司令官の体液にまみれた触手の先が、ついに球体の表面から数ミリの距離まで迫った。
 参謀のひび割れた指先もまた、反対側から同じ距離まで接近する。

 あと少しで、その表面に触れることができる。

​ その時だった。

 沈黙していた予備の通信用スピーカーから、突如として甲高いノイズが漏れ出した。
 主要な通信設備はとうに壊れていたが、どうやら近辺の原始的なアナログ電波を拾い上げたらしい。

​『あー、テステス。そちらの未確認飛行物体さん、聞こえますかー』

​ 間延びした、緊迫感の欠片もない音声がブリッジに響き渡った。

 司令官と参謀の動きが止まる。
 それは未知の言語だったが、船の翻訳システムが最後の電力を振り絞り、彼らの脳内に意味を出力する。

​『なんかあ、うちの船から、ミラーボールが一個そっちに飛んでいっちゃったみたいなんですよ。今夜は船内ディスコ大会なんで、できたら返してもらえませんかね。みんなマジでノリノリなんで。お詫びに冷えたビールをご馳走しますよ。早めの返信、よろしくです』

​ 音声の裏で、陽気な打楽器の音が、微かに、しかし慌ただしく鳴り響いている。

 司令官の触手は、球体の手前で空を切ったまま固定された。
 参謀の指先も、微動だにしない。

 非常灯が赤く明滅する中、球体はただの多面の集まりとして、光を無機質に反射し続けている。

 推進器は壊れ、酸素は尽きかけ、同胞の死骸が漂う船内。
 二人の異星人は、ノイズ混じりのふざけたダンスミュージックを、ただ黙って聴き続けることしかできなかった。


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