観察対照 【ショートショート】
青く濁った大気の層を抜け、探索船に円筒形のケージが運び込まれた。
透明な隔壁の向こうで、捕獲された四つの生体標本が身を寄せ合う。
大きな二つの個体が、小さな二つの個体を守るようにうずくまっていた。
その生体構造はひどく単純だ。
思考中枢を収めた単一の球体を最上部に置き、直立した胴部から四本の可動式支柱が伸びている。
上部の二本は物体の把持や空間の操作に用いられ、下部の二本は主に移動を担う機構と推測された。
支柱の先端では、さらに五つの触手を形成しており、細かな運動が可能となっている模様。
外部からの衝撃を吸収する殻や鱗を持たず、薄い生体膜がむき出しだ。
研究員は隔壁越しに視線を向けた。
隔離環境へ移送する手順として、個体サイズの大きな一つから、その半分にも満たない小さな一つを引き離す実験が開始される。
天井から降りた作業用アームが小さな個体の胴を掴み、宙へ持ち上げた。
すると、大きな個体が上部支柱を伸ばし、アームの先端に掴みかかって抵抗を試みる。
直後、二つの個体の感覚器集合帯から、突如として透明な液が大量に分泌された。
液体は生体膜の表面を滑り落ちて床を濡らす。
同時に、音響器官からけたたましい大気振動が放たれた。
空気を震わせる不規則な波長を持った摩擦音。
研究員は記録端末に触れた。
「特筆すべき反応。これら個体間には、我々に似通った、一種の依存関係が構築されていると推測できる。実に観察しがいのある標本だ」
隔離環境下での観察が数周期に渡って続けられた。
研究員は、彼らの行動パターンを本能に基づくものとして分類していく。
まず着目したのは、エネルギー補給の方式だ。
彼らは大気中から直接エネルギー変換を行う器官を持たない。
代わりに、ケージ内に投下された有機物の固まりを上部支柱の触手で掴み、粉砕しながら思考中枢の下部にある空洞へ押し込んでいく。
体内で燃焼を起こし、エネルギーを抽出しているようだったが、同時に老廃物までも生成されるらしい。
これは高度な文明人から見れば、あまりに旧式で、滑稽な燃焼機構だ。
群れの内部構造にも奇妙な点が見られた。
小さな個体が大きな個体に接近し、その生体膜に自らの生体膜を密着させる際、双方の感覚器集合帯に特有の運動が確認される。
赤い粘膜が横方向に引きつり、内側に隠された硬質な白い器官が剥き出しになるのだ。
研究員はこれを、群れ内部における階層確認のための相互威嚇と推論。
しかし、威嚇後に双方の生体反応が低下し、明らかな筋弛緩を示す。
闘争本能の活性化とは相反するこの現象については、意図が特定できず、神経伝達の誤作動の可能性も含めて検討が続けられた。
また、生体は環境適応において重大な欠陥を抱えていた。
ケージの温度は恒温状態に保たれているにもかかわらず、支給した滅菌用シートを、彼らは自らの胴部や支柱に巻き付けようとする。
触手を器用に使い、執拗に幾重にもシートを重ねて体表を覆い隠す。
研究員は端末に新たな項目を追加した。
これは、かつて外殻を持っていた頃の名残であり、体温調節機能の欠如を補うための巣作り行動の一種。
彼らは外部に保護を求めなければ、環境の変化に耐えられないのだ。
規定の観察期間が終了し、研究員は生体報告書の総括を記述した。
「対象は、精巧な有機自動人形に等しい。精神感応の器官を持たず、多次元的な知覚能力も皆無。外部刺激に反射する形で行動を決定する原始生物である」
端末の画面には、シートにくるまり、ケージの隅で固まる四つの生体反応が表示されている。
「さらなる研究のため、大小一体ずつを解剖に、もう一体ずつを動物園に展示すれば、市民に良質な娯楽を提供できるだろう。彼らの無意味な相互干渉と非効率な生態は、客の優越感と知的好奇心を大いに満たすはずだ」
情報の送信手順に入ろうとした研究員は、作業を中断した。
背後の自動扉が開き、情報解析を担う助手が足を踏み入れたからだ。
その手には、音響器官の観測データを記録した媒体が握られていた。
現在、彼らが発する大気振動は、単純な苦痛や威嚇を示す鳴き声の羅列として処理されている。
しかし、助手が持参したデータには特定の波形の反復が記録されていた。
研究員が不規則な振動波形に視線を落とす中、助手は業務報告として淡々と口を開く。
「対象の鳴き声の構造は複雑で、解析は難航しています」
助手はケージで寄り添う大きな個体の一つを、歩脚の先端で指し示した。
「けれど、一番大きな個体が、しきりに『チキュウニカエシテクレ』と発音しているようですね。意味はまだ分かりませんが」
