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スナック兎 * ナオトくん

金曜の夜、スナック兎は珍しく混んでいた。
岡ちゃんがいて、保険の外交員の女がいて、見たことのない中年の男が一人。
カウンターに三人。カオル一人で回すには忙しい夜だった。

槙野はいなかった。
最近は金曜も帰らないことがある。

十一時近くに、若い男が女を連れて入ってきた。
男は三十前後、スーツのネクタイを緩めている。
女は男より少し若く、香水が強かった。

カオルは一目で分かった。
女の方は風俗の子だ。
化粧の仕方、爪の長さ、男との距離の詰め方。
カオルにはそういうことが分かる。

「いらっしゃい。お二人?」
「空いてます?」と男が訊いた。
育ちの良さそうな声だった。
カオルはカウンターの端を指した。
焦げ跡のある席の隣。

「ナオトくん何飲む?」と女が馴れ馴れしく訊いた。
「ハイボールで」と男は言った。
「あたしもー。ママ、ハイボール二つ」

カオルはハイボールを作った。
ナオト、という名前が耳に残った。
若い男を見ると、ふと考えることがある。

女はナオトの腕にぶら下がるようにして、ずっと喋っていた。
テレビの話、友達の話、どこそこのネイルがかわいい。
ナオトは相槌を打ちながら、ときどきカオルの方を見た。
何を見ているのか分からない目だった。
カオルはその目を気にしなかった。

女がカラオケのリモコンを手に取った。
「ナオトくん歌って。ナオトくんの歌好き」
ナオトは断ったが、女が勝手に曲を入れた。
ナオトは仕方なさそうに歌った。
うまくはなかった。
女が大げさに拍手して、また腕にぶら下がった。

カオルはカウンターの中から、二人の様子をちらちらと見ていた。
女がナオトの機嫌を取ろうとしている。
取り方が必死だった。
自分で選んだ相手にあの媚び方はしない。
ナオトはそれを受け入れているが、楽しそうには見えない。
こういう組み合わせを、カオルは何度も見てきた。

ハイボールが何杯か空いた頃、女がナオトの肩にもたれて言った。
「ねえナオトくん、もう一軒行こうよ」
「いや、もういい。帰る」
「えー、つまんない。せっかくお父さんに頼まれたのに」
「いいから。帰るぞ」

男が会計をした。
カオルが釣りを渡すとき、男は「ごちそうさまでした」と言った。
丁寧な男だった。
女の方は何も言わずに出て行った。

ドアの鈴が鳴って、店が静かになった。
カオルは二人分のグラスを下げた。

ハイボールのグラスを洗いながら、さっきの男の顔を思い出していた。
育ちの良さそうな声だった。

カオルは蛇口を閉めて、グラスを逆さに置いた。
考えても仕方のないことを、また考えていた。
答えは出ないというのに。


(つづく)


※登場人物

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