スナック兎 * 二回目の夜
中川に会うのは二回目だ。
同じファミレスだった。
今度は中川の方からコーヒーを頼んだ。
「前例があるから大丈夫だ、と弁護士に言われたのは、事故のあとすぐですか」
「翌日です。現場に来たんですよ、弁護士が。警察より先に」
「会社が呼んだ」
「そうです。俺が呼んだんじゃない」
中川は四年前の事故の経緯を、ぽつぽつと話した。
クレーンのワイヤーが切れた。
点検記録はあったが、実際には点検をしていなかった。
していなかったのは中川の判断ではなく、工期に間に合わせるための現場全体の慣行だった。
しかし裁判では中川個人の怠慢として処理された。
「点検を飛ばせって、誰かに言われたんですか」
「言われたっていうか、みんなそうしてたんです。上も知ってた」
「上というのは」
「所長です。現場所長。その上は本社だから、俺のところからは見えない」
槙野はここで一つ訊いた。
「三十年近く前の事故のことを、社内で聞いたことはありますか」
「ないです。俺が入ったのは十五年前だから」
「前例がある、と弁護士が言った。その前例が何を指すか、確認しなかった?」
中川は首を振った。
「それどころじゃなかったですよ。人が死んで、自分が逮捕されるかもしれない状況で」
それはそうだ。
槙野は頷いた。
ファミレスを出て、槙野は歩きながら考えた。
中川の証言だけでは記事にならない。
中川は「上も知っていた」と言ったが、その「上」の名前を出していない。
現場所長。
その上は本社。
本社の誰が、点検の省略を黙認していたのか。
四年前の事故と三十年近く前の事故を繋ぐ線は、本社にしかない。
その夜、スナック兎に寄らずにネットカフェで記事のデータベースを漁った。
古川建設の社長、福原誠一郎。
調べていくと、建設一社の話ではなかった。
不動産管理、産業廃棄物処理。
古川建設を中核にした企業グループがあり、持ち株会社の名前は誠和ホールディングス。
代表は同じ福原誠一郎。
業界団体の役員を務め、国交省の審議会にも名前が出ている。
業界の会合の集合写真では、前列の中央にいた。
笑顔の男だった。
カオルにメッセージを送った。
「今日は遅い。泊まらない」
既読がついた。
返信はなかった。
(つづく)
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