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散文~因縁果報~

『生まれ持った幸運のキャパシティーは決まっている』

思春期を迎えた頃、ボクには人の幸運量が見えようになった。
だからそういうふうに確信していた。

カップに注がれた液体のような幸運が、人それぞれ大きさの異なる器に入っている。

そしてそれは、行動によって増えたり減ったりする。
生まれ持った運のキャパシティーを仮に100とするならば、中に入っている液体は行動の結果や善悪によって常に増減している。
最初は何を表す液体なのかわからなかったが、観察していく内にそういう事なのだと気付いた。
ただし、100を超えた分がどうなるかはわからない。
きっと未来の自分(来世?)にでもチャージされるのだろう。

例えば、つい最近見かけた一幕。
雨の日の駅で派手に転んだ男性を、通りすがりらしき一人の男性が助け起こしていた。
転んだ男性に自身のハンカチを手渡し、散らばったバッグやらスマートフォンやらを拾い集めて渡す。
助け起こした男性の運が少し増えた。

人付き合いによっても増減する。
世の中には、他人の運に影響を与える人間がいる。
自分の運を減らして他人に運を与えるタイプ、自分の運を減らすことなく他人に運を与えるタイプ、他人の運を吸い取って自分の運を増やすタイプ、他人の運を吸い取るが、自分の運が増えるわけでもなく吸い取った運がどこかに行ってしまうタイプなど様々だ。

例えば、高校の頃の友人N。
Nはトランプなどのカードゲームが異常に強かった。
Nとゲームをすると対戦者の一部は運が微増し、Nの運は露骨に増えていた。
他人の運を上げる代わりに、上がった他人の運の何割かを自分の運にして増やすタイプなのだろう。

ボクは幸運量が見える事を誰かに告白したことはない。
どうせ信じてもらえないし、誰かに利用されるのが目に見えているからだ。
だから他人が良い事をしようが悪い事をしようが極力関わらないように生きてきた。
ただの傍観者、無関係な人、悪く言えば見て見ぬふり、そんな存在でありたいのだ。
ボクは自分で自分の幸運量を見る事はできない。
つまり、自分の幸運量がどう変化しているか想像するのが恐いのだ。


先ほどのNとは1年前に同窓会で再会したので、懐かしい他の旧友も含めて一緒に酒を飲んだ。
昔話に花を咲かせる内、カードゲームの話になった。

「おまえトランプやたら強かったよな」
「何回ジュース奢らされた事か」

「あ~……、おまえらピュアだよな」
Nは少し笑いながら含みを持たせるように言った。

「どういうこと?」

「もう時効だから言うけど、イカサマしてたんだよね」
Nはニヤついた顔を浮かべていた。

「マジ?全然気づかなかったわ」

「マジだよ、トランプだって俺が持ち歩いてたやついつも使ってたろ」
Nはどうだと言わんばかりのドヤ顔だ。

「そういえばそうかも」
「うわ、マジかよきたねぇ!」

「ちなみに、今日来てないけどKもグルだったんだよ」
よく一緒につるんでいたK、彼も一味だったとNは白状した。

「バレなきゃイカサマはイカサマじゃないんだよ」
Nはいたずらをした子供のように笑った。

——時間も深くなった頃。
Nがボクを含めた数人に唐突に言った。

「おまえらさ、仮想通貨やってる?」

「お遊びくらいなら少しやってるよ」
「がっつりやってるよ」
「全然やってないけど興味はある」
みなそれぞれだった。

「ドバイに住んでる知り合いがさ……」

どうやら海外に住むNの友人が新しい仮想通貨を作り、知己のコミュニティ内で大量に買って注目を集めた後、コミュニティ外からの購入が増えた頃を見計らって一気に売って利益を得る。という話のようだった。

「資金提供って形で投資してくれれば、今ならまだスタート前だから準備段階からいっちょ噛みできるのよ……」
「スタートしてから安いうちに買ってもらってもいいし……」
「売るタイミングはこっちで教えるから絶対損はさせない」
「おまえらどう?」

Nの幸運が増えた。

「ボクは遠慮しとく、それ大丈夫なやつ?」
ボクは傍観者でいたいのだ。

「おまえが心配するのもわかるから無理強いはしないよ」
「でも、前にもその人に言われたやつ買って俺は結構儲かってるんだよ」
「おまえらにもいい夢見させたいからさ」

数人が手を挙げた。
Nの幸運がまた増えた。

「じゃあ仮想通貨の詳しい話はまた後日連絡するわ」
Nは購入希望の数人にそう告げた。


——現在。

昼ご飯のラーメンを啜りながらスマートフォンでニュースをチェックしていたボクは、思わず麺を吹き出した。

『投資詐欺グループの実行犯1名を逮捕、主犯格は海外に逃亡か』

どこかのビルから連行される実行犯は、紛れもなくNだった。
やっぱりという思いと共に、残念で悲しい気持ちが押し寄せてくる。
しかし……。

「あれ?」
ボクは一つの違和感に気付いた。

スマートフォン越しに観るNの幸運は容量いっぱいに満たされている。

「どういうこと?」
あいつは捕まって幸せなの?

まさか……あれは幸運の量じゃなかったってこと?
疑問を抱えたまま会計を済ませ、営業先へ行くため駅に向かう。

そこで一枚の張り紙が目についた。

『スリに注意!!』
この付近でスリ事件が増えているらしい。
注意喚起の文言と共に、防犯カメラの映像を切り取った一枚の写真が大きく載せられていた。

「この人……」
その写真に映っていたのは、先日転んだ男性を助け起こした人物だった。


電車のつり革に掴まりながら、ボクは思考を巡らせる。

良い行いをすれば幸運は増え、悪い行いをすれば幸運は減る。
でも実際はそうじゃなかった?
……じゃあ、あれは一体何の量?

「キャーーーー!!!」

突然近くにいた女性が悲鳴を上げた。
隣にいたサラリーマンの男性が倒れる。
腹にはサバイバルナイフが深々と突き刺さっていた。
周りにいた人々が一斉に輪のようになって距離を取る。

輪の中心には見知らぬ男。
手には包丁を持っていた。
男に最も距離が近いのはボクだ。

その見知らぬ男の幸運量……いや、何かの量は容量いっぱいだった。

ボクは状況の整理が追い付かず動けないでいた。
男は奇声を上げてボクの鎖骨の辺りに包丁を突き立てた。

「え……?」
ボクは何が起きたのか理解できず、尻もちをつくように倒れた。
痛みを感じる間もなく、胸の辺りに湿った感触が伝わる。
唇や指先が少し冷たくなっていく中でボクは思った。

ひょっとしてあれは……業?
ボクは意識を失った。