東大生と親のかかわりから考えること「何もしてもらわなかった」という言葉の裏にある、見えない支え
「親に何もしてもらわなかった」と話す東大生が少なくない、という記事を読みました。
進路を親に決められたわけでもなく、毎日の勉強を細かく管理されたわけでもない。勉強を教えてもらった記憶もあまりなく、自分で考え、自分で学校や塾を選び、自分で受験に向かったというのです。
これだけを読むと、東大に合格する子どもは、親が何もしなくても自分の力だけで育っていくようにも見えます。しかし私は、本当に「何もしてもらわなかった」と言えるのだろうかと感じています。
親が勉強を教えなかったことと、親が何もしなかったことは、まったく違います。
親が前に出なかったからこそ
子どもには「自分でやった」という感覚が残るのです
子どもに任せるためには、任せられる環境を親がつくる必要があります。
東大を目指すには、本人の努力だけでなく、落ち着いて勉強できる場所や時間が必要です。
塾や教材にかかる費用、受験料、交通費、場合によっては私立中学や高校の学費も必要になります。毎日の食事や睡眠、体調管理も欠かせないでしょう。それに家庭内が不安定で、親の問題に子どもが巻き込まれていれば、勉強だけに集中することが難しくなります。
しかしこうした環境は、子どもから見れば日々の、いつもの、このことが当たり前に感じられるものです。
家に帰れば食事があり、学費の心配をせず、必要な参考書を買ってもらえる。テストに失敗したとしても、帰る場所がある。その一つひとつを、子どもはいちいち「親にしてもらったこと」として数えないのです。
なので、「親には何もしてもらわなかった」という言葉が出てくるのだと思います。
実際には、親が子どもの前を歩いて道を決めるのではなく、子どもが自分で歩けるように、見えないところで道を整えてるのです。
見えない支援ほど、受けている本人には見えにくい
同じ塾、同じ教材、同じ量を勉強すれば、全員が東大に入れるのか
難関大学の合格を目指す偏差値の高い指定校を中心とする生徒が集まる鉄緑会では、同じ授業を受け、同じ教材を使い、同じように宿題が出され、毎回復習テスト、毎月総復習テストを実施しています。レギュラークラス、オープンクラスで集まりの違いがあり、また掲載される成績優秀者一覧、主に100点満点の生徒は、その中でも限られてしまい、それぞれの生徒間に差が生まれています。
一度聞いただけで内容を理解できる生徒がいれば、何度も繰り返してようやく理解できる生徒もいます。解答を覚える生徒がいれば、なぜその解き方になるのかを考え、別の問題にも応用できる生徒もいます。記憶力、計算速度、読解力、集中力、粘り強さ、緊張への強さにもそれぞれ個人差があるのす。
それではその差は何なのか。
それは、
生まれ持った資質、育った環境、本人の努力
この三つが複雑に重なり合って、結果が決まるのだと思います
「努力すれば誰でも東大に入れる」と言えるわけではなさそうで、「頭の良い子に生まれれば、何もしなくても入れる」というわけでもなさそうです。高い能力があっても、努力を続けなければ伸びず、反対に努力をしても、勉強方法が合っていなかったり、心身の状態が崩れたりすれば、本来の力を発揮できないこともあります。
親ができることは、合格させることではなく、考える子に育てることです。
記事では、東大生の家庭では、教育費や親の仕事、収入、家庭内の問題なども、子どもに隠さず話していたと紹介されていました。
子どもを一人の人間として、また家庭の一員として現実を伝える。何でも親が決めるのではなく、自分で考え、自分で選ばせる。これは大切なことだと思います。
ただし、子どもに現実を伝えることと、親の負担を背負わせることは違います。
「あなたの受験にはこれだけのお金がかかるが、家族として応援している」と伝えることは、当事者意識につながります。しかし、「これだけお金をかけたのだから、必ず合格しなさい」と言えば、子どもにとって重いプレッシャーになります。
家庭内の問題を隠さないで話すことも必要です。しかし、親の愚痴や人間関係のもつれを、子どもに処理させてはいけないと思います。子どもを一人の人間として尊重することと、大人の責任まで負わせることは違うからです。
親が進路をすべて決めてしまえば、子どもは失敗したときに「親に決められた」と考えてしまうものです。
反対に、すべてを本人に放り投げてしまえば、それは信頼ではなく無関心になります。
必要な情報は渡す。相談には乗る。環境は整える。しかし、最後に考え、決める部分は本人に残す。この適度な距離感が、親子のかかわり方の中で最も大切で最も難しいところなのです。
東大に合格した子どもの親が、自分の子育てを成功法則として語る記事は数多くあります。しかし、同じ育て方をすれば、すべての子どもが同じ結果になるわけではないのです。
「何もしてもらわなかった」と子どもが語れる家庭は、本当に何もしなかった家庭だったのか。
それはいいえです。
親が目立たないところで子どもを支え、
子どもの人生を親の手柄にしなかった家庭なのです
親ができることは、子どもを東大に合格させることではなく、その子が持っている力を潰さず、自分で考え、自分で選び、自分の人生を歩けるように、必要な環境を静かに整えることです。
子どもが「自分の力でここまで来た」と思えること。
それこそが、親のかかわり方として最も理想的な姿なのです。
大学受験前、最後の夏休みですね。
ここまで来たら、あれこれ言うより普段どおりに支えるくらいで十分です。
「ここまでよく頑張ったね」と声を掛けてあげてください、
そして最後までそっと静かに見守ってあげてくださいね。
