度数たちの夜咄(よばなし)|後編

こちらは後編です。
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第二夜:深夜2時15分のハレーション
深夜2時15分。
先ほど入ってきた不器用な客が、静かに酔い潰れて眠りについた。
バーテンダーがそっとカスク(樽)の蓋を閉めると、カウンターの上では再び、数字に囚われた彼らの「夜咄」が再開された。
今夜のテーマは、彼らが背負う宿命の数字
「アルコール度数」について。
客の一人が言った。
「……全く、40度を超えたあたりから、世界は少々雑に回り始める」
(ウィスキー・43度)が、仕立ての良いスーツのボタンを外しながら、やれやれと首を振った。
「私の43度という数字は、いわば『紳士の教養』だ。これ以上高ければ理性が焼け、これより低ければ深みが足りん。人間が人生の機微を語るのに、これほど完璧な数字はないと思わんかね?」
「数字、数字って、本当に頭の硬いおじ様ね」
(ワイン・13度)が、美しい曲線を描くグラスを傾け、13度の液体を揺らす。
「お聞きなさい、13度というのはね、この世で最も『優雅に人を狂わせる』魔法の数字なのよ。40度なんて暴力的な数字で殴られたら、人間はただ眠るだけ。でも13度なら、秘密を打ち明けたり、普段言えない愛を囁いたり……。夜を一番お洒落に引き延ばせるのは、私くらいの度数よ」
「はは、二人とも気取りすぎ!」
(ビール・5度)が、軽い体を弾ませて、カウンターを叩いた。
「13度だの43度だの、そんなの『覚悟』がいるじゃない。俺を見てよ。この圧倒的な安心感! 人間が、あー疲れたって時に、何も考えずに喉に流し込めるのは、この5度という優しさがあるからなんだよ。スピードと量なら、俺がダントツでナンバーワン!」
「ふん、量でしか勝負できんとは浅ましい......」とウィスキーが鼻で笑う。
「あらあら、ただの炭酸水と大差ないわね」とワインが扇子を仰ぐように手を振る。
「おいおい、ひどいな」
ビールがムキになって言い返そうとしたその時、カウンターの一番端、氷点下の結露に包まれた男が、静かにグラスを置いた。
「……黙れ、低度数ども」
(スピリッツ・96度)である。
彼は、ポーランド生まれの『スピリタス』の衣服を纏っていた。
96度。もはや可燃物である。
3人が一斉にゴクリと息を呑む。
96度の前では、43度のウィスキーさえ「マイルドな坊や」に成り下がってしまう。
「96度……」無色な男は、自分の透明な指先を見つめながら、冷徹な声で呟いた。
「私をそのまま味わえる人間は、この街に数人もいない。私は、一滴で世界をハレーションさせる。水で薄められ、ジュースにまみれ、そうやって『お前たちのレベル』までわざわざ降りていってやって、初めて人間は私を扱えるのだ。……数字の大きさは、孤独の大きさだ」
静まり返る店内。
あまりの熱量(と度数)に、ビールの炭酸が一瞬でシュワッと引いた。
「......本当に、極端な男だ。」
ウィスキーがそっとチェイサーの水をスピリッツの前に差し出す。
「でも、あなたみたいな危険な数字があるから、夜のスパイスになるのよね」
ワインがクスリと笑い、自分のグラスを13度に傾け、スピリッツの無色透明なグラスにそっと触れ合わせた。
チリン、と繊細な音が響く。
時計の針が3時を指す。
度数の高い者も、低い者も、それぞれの数字とプライドを胸に、静かにグラスの底で微笑み合う。
彼らの夜咄は、夜が明けるまで、もう少しだけ続く。
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あとがき
喧嘩ばかりしているようで、実はお互いの個性を一番認め合っている4人。
12年耐えたスコッチのプライドも、開けたら数日でへそを曲げるワインの繊細さも、すべては「誰かを酔わせ、心地よい時間を作るため」という一つの目的に向かっています。
もし今夜、あなたのグラスの中で「シュワ」と音がしたり、琥珀色の波が揺れたりしたら、それは彼らが「今夜も乾杯しよう」とあなたに囁きかけている合図かもしれません。
飲みすぎにはくれぐれもご注意を。
特に、あの冷徹な90度超えの一撃には。
