捕食者が与えられた誓約書 #1 血の接吻と、甘美な罠
「捕食者が与えられた誓約書・あらすじ」
三百年前から現代へタイムスリップしたバンパイアのユリウスと、冷徹な司法書士・比嘉琉生のダーク・ロマンス。
不動産屋の都合でタダで住める「事故物件」へ案内されたユリウス。
同行した比嘉と向かった部屋で、押し入れの異音に怯え、思わず比嘉に抱きつく。
「可愛いですね」
見下ろす比嘉に突然キスを奪われ、驚いたユリウスの牙が比嘉の唇を裂いてしまう。血の匂いに吸血鬼の本能を呼び覚まされ、激しく震えるユリウス。
しかし比嘉は微塵も動じず、血のにじむ唇で嗤った。
「僕の血が飲みたい? それともキスの続きがしたい?」
かくして比嘉の家に住むことになったユリウス。
互いの心の闇と傷を抉り合う歪な主従関係の果てに、孤独な二人の心が通い合う日は来るのか──。
俺はユリウス・コルヴィヌス。
三百年という果てしない時を生きる、誇り高き夜の貴族……だったはずなのだが。
どうしてこうなった……っ!
薄暗くジメジメとした、いかにも日本の「安アパート」といった風情の四畳半。
俺は今、その部屋の真ん中で、隣に立つ男の仕立ての良いスーツの袖を、シワになるほど力いっぱい握りしめて震えていた。威厳など見る影もない。ただの怯えたチワワ状態だ。
──事の発端は一週間前。
気がつくと、俺は中世ヨーロッパから見知らぬ極東の島国──現代日本へとタイムスリップしていた。
その過程で身体に奇妙な変異が起き、容姿はなぜか日本人と西洋人のハーフのように変わり、さらには週にたった200ccの血をすすれば生きていける「省エネ仕様」になってしまった。
それ自体は好都合だったが、現代日本はバケモノにとってあまりにも過酷すぎた。
夜明け前、身を隠すために潜り込んだ廃墟ビル。棺桶のように静かに眠れるかと思いきや、
『ヤバいヤバい! ガチで心霊スポットじゃん! みんなスクショして!』
などと叫びながら、眩しいライトとスマホを構えた若者たちがズカズカと上がり込んできたのだ。
おかげで俺は安眠を奪われ、文字通りホームレスとして現代の街を彷徨う羽目になった。
そして今日、限界を迎えてフラフラと立ち寄った、繁華街外れの小さな不動産屋。金はないが宿が欲しいと事情を話すと、人の良さそうな社長はあっさりと笑いながらこう言った。
『外人さん、訳ありか〜。あ、そうだ。この前買った心理的瑕疵物件に一ヶ月住んでレポートしてくれたら、タダで貸してあげる! 管理物件のメンテナンスも手伝ってくれたら給料も出すよ!』
渡りに船だった。
幽霊? 事故?
俺は300年を生きた本物のバケモノだぞ。何を恐れることがある。
そう思っていたのに──。
部屋の奥にある、押し入れと呼ばれる物置から、陰湿で湿り気を帯びた得体の知れない音が鳴った。
……やばい。完全に無理だ。
中世の狼男やフランケンシュタインのような「物理攻撃」には慣れているが、この日本のジメッとした見えない怪異はジャンルが違いすぎる!
俺は恐怖のあまり情けない悲鳴を上げ、案内役として社長にあてがわれたこの男──比嘉 琉生という司法書士の腕に、思わずしがみついてしまったのだ。
「幽霊が怖いんですか?」
頭上から、面白がるような、底知れない落ち着きを払った低い声が降ってきた。
見上げると、比嘉が完璧な笑顔で俺を見下ろしている。普通、大の大人がすがりついてきたら驚くか引くはずなのに、この男の瞳には動揺の欠片もない。
「可愛いですね」
え? と俺が瞬きをした次の瞬間。
比嘉の端正な顔が目前に迫り、俺の唇は、有無を言わさぬ強引さで塞がれていた。
不意打ちのキス。
思考が停止する。だが、本能的な防衛機能が働き、俺はビクッと身体をよじって後ずさった。
「っ……!」
ガリッ。
その拍子に、俺の大きめの犬歯が比嘉の唇を掠めた。
ツー、と比嘉の端正な唇から、赤い滴が流れる。
途端に。俺の脳髄を、強烈な【鉄の匂い】が殴りつけた。
血だ……血の匂い……っ!
週200ccの省エネボディとはいえ、タイムスリップしてからの7日間、俺は一滴の血も口にしていなかった。
飢餓状態だった身体の細胞が、比嘉の血の匂いに一斉に歓喜の悲鳴を上げる。
「あ、あっ……」
隠していた犬歯が疼き、喉が焼け焦げるように渇く。俺は自分の身体を抱きしめるようにして、その場にうずくまり、ガタガタと激しく震え出した。
終わった…………。血を見て異常な震え方をする俺を見て、この男は間違いなく俺が「ただの人間ではない」と気づいたはずだ。化け物だと罵られ、警察か研究機関に突き出される…………。
そう覚悟して目を閉じた俺の耳に届いたのは、信じられないほど穏やかな、そして一切の逃げ道を塞ぐ冷酷な「正論」だった。
「ここはまだインフラも通ってないから、今日は僕のうちに泊まりに来ますか?」
「は……?」
俺は弾かれたように顔を上げる。
比嘉は、自分の唇から流れる血を拭おうともせず、俺の大きな犬歯と震える身体を、まるで極上のおもちゃを見つけたような、ゾクッとするほど熱を帯びた瞳で見つめていた。
「事情があるならゆっくり聞きます。あなたが望むなら……」
比嘉は、血に濡れた己の唇を薄く舐め上げ、にっこりと微笑んだ。
「……【続き】をしても良いですけど」
──キスの続きがしたい? それとも、僕の血が欲しい?
その甘く、残酷で、絶対的な強者の誘惑に。
俺はもう、自分の運命がこの怪異よりも恐ろしい男の手の中に落ちたのだと、本能で悟るしかなかった。
-To be continued-

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