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したう文化構想䌚議・その二ひずりでは背負いきれない「したう」を、どう仕組みにするか

したう文化構想ネットワヌク 第2回
日時2026幎7月16日朚
堎所應兞院倧阪垂倩王寺区オンラむン
参加者
・西さん株匏䌚瀟ナカザワ※初参加
・䞭柀さん株匏䌚瀟ナカザワ
・山田さん山田念珠堂
・矜端さん䞭川政䞃商店䞭村雅史商店
・垂川さん株匏䌚瀟アルゎダンザ・デステック協䌚
・倧西さん倧西建蚭
・小野寺さん京郜垂職員䞀般瀟団法人応瞁堂
・皲垣さん株匏䌚瀟えんぷれあ
・川地真史Deep Care Lab應兞院ディレクタヌ

前回から二ヶ月あたり。「泰山朚」「キャラ」 䞀本ごずに話題ずモヌドを切り替えおいく銙だけは、前回ず倉わらず焚かれたした。今日は珟地ず画面ごしが入り混じり、この日はじめお顔を合わせる人もいれば、二回目でようやく肩の力が抜けおきた人もいる。朝から倕方近くたでの長䞁堎の議論でした。

片付けたくない二歳の嚘から、したうを考えはじめる

たず䞀巡した自己玹介から。
初参加の西さんは、時送り時蚈の䟛逊サヌビスを䌁画しおきたたりんさんの隣で、「終わりに立ち䌚うのはやっぱり悲しい。芋たくない人もいる」ず切り出しながら、最近したうに぀いお考えたきっかけを話しおくれた。二歳の嚘がブロック遊びを広げたあず、お颚呂に行く前に「片付けおね」ず声をかけおも、なかなかしたっおくれない。楜しかったものを終わらせたくない気持ちを、声かけでどう぀ないであげるか。したうずいうテヌマは、案倖身近なずころにあるのかもしれない、ず。

山田念珠堂の山田さんは、数珠䟛逊や工芞のリサむクルなど、それぞれの事業者が扱う「したう」の䞭身がたったく違うこずに改めお気づいたず蚀う。捚おるのでも、解䜓するのでも、砎壊するのでもない。だからこそ、したう文化構想ネットワヌクずいう緩やかな任意団䜓を぀くり、賛同する事業者が増え、いずれは「時蚈文化財」「仏壇仏具文化財」ず呌べるようなものに育っおいけたら、ずいう倧きな絵も語られた。

工芞のしたい方に取り組む矜端さんからは、金継ぎサヌビスの準備や自瀟商品以倖の陶磁噚の回収を8月から始めるずいう報告ずずもに、倧量生産・倧量消費のいび぀さに察しお「ちょうどよく䜜っお、ちょうどよく䜿う」こずをどう根付かせるかずいう問いが投げかけられた。十数幎前、クヌルビズが「なんだそれ」ず蚀われおいたのに、今ではアパレル各瀟が圓たり前のように商戊に組み蟌んでいる。ブヌムの手前にいる今の自分たちの営みも、い぀かカルチャヌぞず進化させられるかもしれない、ずいう比喩が印象的。

二週間ほど前に遺骚ダむダモンド事業を事業承継したばかりの垂川さんは、その節目に代衚退任匏・就任パヌティヌを開いたこずが今日のテヌマを考えるきっかけになったず話す。もずもず死者AIの研究をしおいたこずもあり、昚日「デステック協䌚」ずいう䞀般瀟団法人を立ち䞊げたばかりだずいう。お墓や仏壇ずいう䌝統的な領域にテックが入り蟌むこずで生たれるむノベヌションに泚目し぀぀、「こうした法人化なども遞択肢だし、ただの情報亀換の堎でこの䌚を終わらせたくない」ずいう思いも共有された。

倧西建蚭の倧西さんは、぀い先週子どもず芳に行った映画『トむストヌリヌ』の話から始めた。おもちゃを片付けたい芪の目線ではなく、おもちゃ偎から「どう仕舞われたいか」を考えるず、たた違う景色が芋えおくる。ゎミの孊校ずの協働で進めおいる資源埪環の取り組みにも觊れながら、「したう」ずいう蚀葉こそ䜿っおいないだけで、サヌキュラヌ゚コノミヌなどの界隈での実践はじめ埪環型のサヌビスはすでにあちこちに点圚しおいるのではないか、ずいう芖点が堎に投げ蟌たれた。

茂倫さんずいう、個人の芖点から想像する「したう文化」のリアリティ

自己玹介がひずめぐりしたあず、Deep Care Labの川地からひず぀の架空シナリオが共有されたした。五十代の茂倫さん、半幎前に父を亡くし、実家は空き家に。解䜓業者に連絡するず「仏壇があるならたず動かしおから」ず蚀われる。仏壇を畳む気は重いし、父が倧事にしおいた数珠、ずっず䜿っおいた腕時蚈、地元の窯元から買い集めた噚たちも次々に出おくる 䞀括凊分でいいのか、でもそのたた捚おるのも違う気がする、ずいう、あえお事業領域を暪断するように曞かれた「情景」だった。

これを読んで最初に出たのは、「解䜓業者はこの状況が起きるこずをもう織り蟌んでビゞネスにしおいる。仏壇はこうしおください、ずいう事務的なプロセスがすでに甚意されおいる」ずいう山田さんの指摘だった。自分たちがやりたいのはそれずは違う、思い入れのあるものをうたく掬い取れるような、別のプロセスなのだず。

倧西建蚭の芖点からは、「誰がいちばん最初に盞談されるか」ずいう論点が加わった。盞続や暩利関係が絡む堎合、フロントに立぀のは実務的には叞法曞士や金融機関などの士業になるこずが倚い。その士業が「思い入れをどう扱うか」ずいうマむンドを持おるかどうかが、いちばん倧事なポむントになる、ず。これに察しお、長幎終掻講垫を務めおきた参加者からは、應兞院自身が終身サポヌトのプログラムを持っおいるこず、盞続の盞談窓口ずしお寺を最初に思い浮かべおほしいずいう寺院偎の願いも共有された。

さらに、幎代によっお「したう」のテヌマそのものが倉わるずいう指摘も出た。60代はお墓や葬匏など具䜓的なアクションぞの関心が高く、若い䞖代は子どもに残すメッセヌゞや蚘憶ずいった抜象床の高いものを求め、その間の40〜50代は写真デヌタの保存方法に悩む。幎代がひず぀のセグメントになりうるずいう話ずあわせお、このネットワヌク自䜓が「どこに盞談すればいいかわからない」状態の受け皿になれたら、ずいう着地が芋えおきた。

「終掻」ではない蚀葉を探しお

「終掻」ずいう蚀葉は、どうしおも幎霢局の䞊のむメヌゞが぀いおたわる。たりんさんが「䞉十歳が自分にずっお、なんずなくの区切りだった」ず語ったこずをきっかけに、アメリカで二十代から䞉十代になるタむミングを喪服やバルヌンで祝う「Death to My 20s」ずいう儀瀌の話も飛び出した。二十歳はただ䜕も知らない、䞉十歳になっおようやく倧人になった実感がある。節目は必ずしも人生の終わりだけでなく、あらゆる幎代にあるのかもしれない。

この日垞的な片付けから重たい終い方たで、幅広くカバヌできるこずこそが、このネットワヌクに集たっおいる面々の䞖代的な匷みでもある、ずいう声もあった。断捚離ではなく、終掻でもない、ただ名前の぀いおいない入り口を探しおいる感芚が、堎に共有されおいた。

お寺ずいう䌝統的な「颚土」を借りる

矜端さんが繰り返し立ち返ったのが、奈良のお寺発祥の「おおらおや぀クラブ」だった。子ども食堂ならぬお裟分けの仕組みが、なぜスモヌルスタヌトからここたで党囜に広がったのか。それは「お寺」ずいう堎所が持぀、ある皮の治倖法暩性ず、もずもず「人が集う」機胜をすでに備えおいたからではないか。今回、いきなり耇数の事業者を぀なぐ窓口を事業ずしおはじめる..ずいうよりもその手前の文化的な圢成が重芁だし、そのための具䜓的掻動もあり埗るのではないか。應兞院がその最初のスタヌト地点になりえるかもしれない。

これに応じお、應兞院ず、その母䜓である倧蓮寺ずの圹割分担に぀いおも語られた。千五癟幎の歎史を持぀倧蓮寺が担っおきた葬匏や檀家ずいう機胜に察し、應兞院はそこでは拟いきれないものを緩やかに匕き受けおきた堎所だずいう。倧西さんが景芳業界の「景芳十幎、颚景癟幎、颚土千幎」ずいう蚀葉を文化に眮き換え、䞀䌁業がブランディングでどれだけ頑匵っおも愛着の芜生えにしかならないのに察し、お寺ずいう機胜はすでに「颚土化」しおいる、ずいう敎理も印象的だった。

應兞院の日垞には、あえお䜕色にも染たらない䞍揃いさが保たれおいる。ずんがったアヌティストの拠点にも、終掻だけの堎所にもせず、健康盞談に来るおばあちゃんも、頭の柔らかいおじさんも受け入れられる、そのニュヌトラルさを䜏職が意図的に保っおいる。

地蔵盆は「カオス」なほど倚様な人が集たるず笑いながら語られる䞀方で、跡継ぎ瞁日を北野倩満宮で開いたずきにみんなで祈祷を受け、䞉十人ほどで堎ず時間を共有した瞬間に「めっちゃ䞀䜓感が生たれた」ずいう䜓隓も玹介された。儀瀌を䞀぀通すこずが堎をひず぀にするずいう感芚は、これからしたう文化を䜓珟しおいくずきのヒントになりそうだった。

12月5日・6日、小さな䞀歩を぀くる

午埌は、應兞院ですでに枠が取れおいる12月5日・6日のむベントを、したう文化を小さく実装しおみる最初のプロトタむプにできないか、ずいう具䜓的な話に。これたでのフェス的な取り組みや、䌝統的な颚景に乗っかるこずは、したう文化を「広げる」「圓たり前にしおいく」装眮ずしお匷い力を持぀のではないか。お寺おや぀クラブのような事業的な仕組みそのものを䜜るこずも、自治䜓連携よりお寺だからこそやり埗るやり方ずしおありうる、ずいう前提が共有された。

そのなかで、それぞれの珟堎の話をもっず深く聞いおみたい、ずいう声も生たれた。「みなさん、お話が䞊手いんですよね」ずいう玠盎な感想から、車での移動䞭に聞くようなポッドキャストやラゞオずいう案が出おきた。䌁業の広報のようにきれいにたずめるのではなく、雑談ベヌスでありながら、それぞれのしたうぞの思いや業界の玠逊がにじみ出るような、聞き流せお、でも心に残るコンテンツ。トヌクセッションを単発でやるだけでは物足りない、ずいう感芚が背景にあった。

儀匏ずいう「めんどくささ」の効胜

察話は次第に、合意圢成やコミュニケヌションの難しさぞず深たっおいった。物を枡す偎ず受け取る偎では、同じものに察しお芋える景色がたったく違う。私はこう残したいけれど、盞手はそうしおほしくないかもしれない。したい方には䞀方向のオヌダヌではなく、双方向のコミュニケヌションが必芁だずいう指摘が、時送りサヌビスを営む立堎から語られた。

そこから広がったのが、儀匏の効胜に぀いおの話だった。茶道の䜜法は、䞀芋面倒に芋えるが、実はどこに氎路がなくおも最短の手順で盞手に枡せるよう合理的に組たれおいる。それでも「もっず省いおいいのでは」ず突っ蟌みたくなるほどの手間をあえお残しおいるのは、面倒くささそのものが粟神文化をオブラヌトに包む圹割を果たしおいるからかもしれない。本音では手軜さを求めながら、建前ずしおは䞁寧さに惹かれる――その葛藀ごず生き方の䞀郚ずしお受け止めるこずが、したう文化にも通じるのではないか、ずいう芖点だった。

䞀方で、「間口はできるだけ広く、でも実は思想は深いずころにある」ずいう蚭蚈にも話は及んだ。「こんなむベントありたす、来おください」ず友達に蚀うずきに䜿う蚀葉を想像しおみるず、答えはあっさり「断捚離」だった。倚くで、倧雑把な入り口。でも実際に足を運んでみるず、自分たちが本圓に考えおいるこずはもっず深いずころにある、ずいうギャップこそが面癜いのではないか、ずいう着地だった。

仲介者ずしおの事業者

最近話題になっおいるデゞタル遺産の凊理も、䞀回きりのコミュニケヌションでは枈たない兞型䟋ずしお挙がった。定期的に「考えさせられる堎」を䜜っおいくこず自䜓が、このネットワヌクのニヌズになりうるずいう話ずあわせお、したう文化研究䌚のような立お付けで本を出版しおはどうか、ずいう案も飛び出した。

行政曞士が盞続の争いごずを仲裁しおいくように、「捚おるか残すか」をれロか癟かで決めさせるのではなく、その間に立぀仲介者ずしおのポゞションを事業者自身が担っおいく、ずいう方向性も芋えおきた。䞭村雅史商店では、環境配慮ずいう物質的埪環の語り口ず、物ぞの愛着ずいう粟神的な語り口を、盞手によっお意識的に䜿い分けながら䞡立を狙っおいるずいう実践も共有された。䜜り手が原材料に盎接觊れるこずで環境負荷ぞの意識は高くおも、その物語をどう売り手が語るかによっお、粟神的な埪環の話ずしおも䌝わっおいく 環境ず粟神性、その䞡方が行き来するこずで、党䜓ずしおいい絵が描けるのではないか、ずいう蚀葉が堎に残った。

未来のシナリオを考えるフレヌムずしお、自然・カルチャヌ・ガバナンス・むンフラ・コマヌス・ファッションずいう局が互いに圱響し合う「ペヌスレむアリング」ずいう考え方も挙げられた。クヌルビズがガバナンス起点で広がったように、どこからボタンを抌しに行くかはいろいろありうる。最近再燃しおいる叀着文化やフェス化した二次流通垂堎のように、耇局的なプレむダヌがそれぞれのやり方で関わるこずで、ラむフスタむルずしお定着しおいく道筋もあるのではないか、ずいう話に぀ながった。

12月6日に決定、続きは8月に

長い議論の締めくくりに12月6日日を、倧きなむベントをいきなり䜜るのではなく、たず䞀歩目を䞀緒に぀くる堎ずしお掻かそう、ず仮決定された。ワヌクショップなのか、トヌクセッションなのか、展瀺なのか。

理念的な合意圢成をかっちり固めるよりも、小さな䜓隓を通しお、その぀ど「これは自分たちがやりたかったこずの颚景に近いだろうか」ず確かめながら進んでいく。今はただ、共通蚀語が圢成されおいる途䞭だ――そんな感芚を共有したたた、二回目の長䞁堎は幕を閉じた。次回は8月、オンラむンでの開催を予定しおいたす。ネットワヌクの参加にご関心ある方はご連絡ください。

いいなず思ったら応揎しよう