文系の私がAI基礎の資料を作るとき#15:蝉は、こわい
蝉が苦手です。この1週間も平気な顔をして過ごしてはいますが、実は、ジジッと声がすれば心の中で肩をすくめ、おとなしくとまっている姿が目に入れば心のなかで冷や汗をかいています。蝉が室内に入り込み、あちらこちらにぶつかりながら飛んでいれば、心の中はすっかりパニック、生きた心地はしません。幸い、今年の夏はまだそんなことは起こっていませんけれど。
子供の頃、父が私に触らせてくれた蝉が大音響で鳴いたこと、慌てて振り払ってもギザギザした足で私の服にくっついていたこと、そのうち、ものすごい勢いで飛び立ち、部屋の中のあっちこちにぶつかりながら、飛び回っていたこと。そして、そのまま室内に潜んでいたのか、夜になってまた大騒ぎをしながら飛び始めたこと。何度も繰り返された恐怖の体験です、私にとっては。
鳴き声と姿という別々に入ってくる情報を、私はいつのまにか「蝉」という一つの対象に結びつけ、さらに「飛んでくるかもしれない」という予測にまでつなげてしまう。考えてみれば、これは人間が昔から行ってきた情報処理なのでしょう。私が今でも、蝉の声や姿に恐怖で身をすくめてしまうのは、知覚が行動や感情と結びつく、人間である私の、厄介な癖と言えそうです。
私は長い間、「私は蝉がこわいだけ」なのだと思っていました。でも、「AI基礎」第14回の資料を作っていて、ふと気づきました。これは、人間が複数の情報を結びつけながら世界を認識している例なのではないか、と。
今回の授業のテーマは「ことばと画像と音声を統合する」。第1回から積み上げてきた「ことば」「データ」「AI」「表現」を横断し、AIが統合された表現を生成するとき、どこまでを人間が決め、どこからをAIに委ねているのかを学生に意識してもらうために用意した回です。
資料を作りながら、人間とAIがそれぞれ何のために複数の情報を扱うのかを、あらためて図と表にしてみました。人間は、環境を理解し、判断し、行動するために複数の情報を扱います。私自身も例外ではありません。私も、蝉の鳴き声や姿から「近くにいる」と気づき、過去の経験と結び付けて、思わず身構えてしまいます。一方AIは、入力された情報を処理し、目的に応じた出力を生成するために、複数の情報を扱います。並べてみると当たり前のようでいて、学生にこの図や表を見せながら話すと、「AIが人間のように世界を理解しているわけではない」という一文の重みを伝えられるような気がしました。
私たち人間は、もともと、視覚や聴覚など複数の情報を結び付けて世界を理解する、いわばマルチモーダルな存在です。商品名だけでも、画像だけでも、商品の魅力をそれなりに想像できてしまいます。今回の活動では、これまでの授業でGeminiが生成した画像、NotebookLMが書いた商品説明原稿、Wordが読み上げたナレーションをスライドにまとめ、もう一度NotebookLMに読み込ませて、紹介動画を生成します。文字と画像という、ばらばらだった生成物が、動きと音のある動画になっていく。だからこそ、今日の問いを、こう置いてみました。
・AIは動画を作っているのか。それとも組み立てているのか。
マルチモーダルになったからといって、AIが私たちと同じように、その商品を思い描いているわけではありません。人間が何を伝えたいかを考え、素材を用意し、その組み合わせを工夫して初めて、AIは力を発揮する。「組み合わせを設計する」という役割は、人間にしかできない大切な仕事なのだと、この問いを通して、学生に感じてほしいと思っています。
私の父は蝉が大好きです。そもそも蝉のことを「セミ」などとは呼びません。ミンミンゼミ、アブラゼミ、ツクツクボウシ、ヒグラシ。父にとって蝉たちは、それぞれにちゃんと名前がある、個性豊かな魅力的な存在なのです。私が子供の頃は、明け方のまだ暗いうちに、妹と私を庭に連れ出し、父自身は神秘的で美しいと感じているに違いない羽化を見せてくれることもありました。
私には、それもこわいものでした。(妹は楽しそうでしたし、抜け殻を集めて、遊んでいました。信じられない!)
同じ視覚情報や聴覚情報なのに、父と私とでは、それに結びついている経験がまったく違うのです。父の世界では、蝉は美しく、愛おしい存在なのでしょう。でも、私の世界では、蝉は、けたたましく、恐ろしい存在でしかありません。世界そのものが違って見えているようです。
蝉からは父や私はどう見えていたのでしょう?美しさ故に人間に捕まえられるのも、怖がってふりはらわれるのも、そんなところにあるから紛れ込んでしまった家も、蝉が見るべき世界には関係のない迷惑なものかもしれません。ユクスキュルの『生物から見た世界』(ユクスキュル、クリサート著、日高敏隆・羽田節子訳、岩波文庫、2005年)を思い出します。私もまた、自分なりの世界を見ながら生きている生き物の一人なのでしょう。
いい年をして、まだ蝉がこわい。それでも、それが私なのかもしれません。
第14回の授業計画については、以下の記事で紹介しています。よろしければご覧ください。
