猫が教えてくれたこと(note206)
※見る人によっては少し重ための記事になるかもしれません。
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4/17。
今日は、愛猫ブルボンの一周忌だ。
愛称は「ブル」。
いなくなった今でも大好きで大切な家族の一員。

この子がいない毎日を過ごし、もう1年経つのだと思うと、
本当にあっという間だった。
いまだに涙が出る日はある。
多分、死ぬまでいつでもブルを思い出して泣けると思う。
でも、たしかにブルがいないことに慣れてきている自分がいる。
慣れるしかない。
玄関のドアを開けると、迎えにきてくれた。
たまにだけど。
ご飯の戸棚を開けると、飛んできた。
これはいつも。
私がベッドに入ると、すこし経ってから布団に潜り込みにくる。
ツンデレ代表だ。
───
その日が訪れる何週間も前から、固い床で寝ることが多くなった。
もふもふの座布団やブランケットの上に抱っこして乗せてあげても、
ヨタヨタしながら起き上がり、わざわざ床に寝直すのだ。
これは、あえてそこを選んでいるのだなと察し、
途中から見守ることにした。
きっと、暖かくて気持ちのいい場所が、
かえって居心地が悪かったのだと思う。
それだけしんどかったのだろう。
私も体調が悪いときや、どこかが痛いときは、
あえて自分の体を苦境におくことをするタイプなので、よくわかるのだ。
ブルと似ている気がして、嬉しかった。
自分の娘のようだと思ってきたから。
───
腎臓が悪くなってきていた。
そこから、ご飯をすこしずつ療養食に変えていった。
療養食の中には美味しいものもあったみたいで、飽きずに食べてくれるものもあったけど、
でもやっぱり、今まで食べてたお気に入りのご飯をあげられないのは辛かった。
結局、ブルは腎臓以外の病気で亡くなった。
それならばブルが大好きだったご飯やおやつを、
そのままあげていれば良かったと、
激しい後悔だけが残った。
───
私は、食に対してわりとこだわりを持つことがある。
ダイエット中はもちろん、
それ以外の時も体のことを考えて、
タンパク質を多めにし、体を動かして、
小麦は控えて───言い出したらキリがない。
なぜなら、
体が資本だと知っているから。
そのほうが体調が良かったりするから。
でも、それを親や友達に熱弁しがちなのが、
きっと鬱陶しがられていると思っていた。
それでも、やめられなかった。
ところが最近では、
─食べたいものは食べよう。
─そして、皆も食べてくれ。
そんな価値観に変わった。
いつ死ぬかわからないから。
それぞれが好きに生きてほしい、と。
まさか、猫に生き方を教えられるとは
思いもよらなかった。
───
きっと、来世でも逢える。
そう信じている。
予約したよ。
ずっと大好き。




