やる気のある無能は凶悪
雀荘というのは、本当にいろいろな人間が来ては去っていく場所だ。
その中でも、ひときわ印象に残っている男がいる。
「僕が来たからには、この店の売上ドカッと上げますよ」
入店してわずか3日目で、そう豪語した。
やる気があるのはいいことだが、まずは一通りの業務を覚えてから言うべきだろう、と思ったのが正直なところだった。
入って1ヶ月ほどすると、今度はイベントの提案を出すようになってきた。
提案自体はありがたい。しかし、その内容がことごとくズレていた。
うちでは、イベントに使える経費は月ごとに上限を決めている。
だが彼の案は、そんなことはお構いなしと言わんばかりに費用をかけるものばかりだった。
本人いわく
「売上をちゃんとお客さんに還元すれば、絶対に人は増える」
とのことだった。
確かに一理あるようにも聞こえる。だが、現実はそんな単純な話ではない。
彼の出してくる案は、例えば
「打数を競わせて、トップに10万円を渡す」
といった類のものばかりだった。
一見すると魅力的だが、麻雀を打つ人間すべてが毎日来られるわけではない。
多くの人は、空いた時間に少し遊びに来る程度だ。
毎日通う常連には効果があっても、限られた時間と予算で来る人にはほとんど関係がない。
仮に平均打数が5半荘なら、「どうすれば6半荘に伸ばせるか」を考える方が現実的だ。
そもそも当時は、そこまでイベントに費用をかけられる状況でもなかった。
そんな中、彼はお客さんにこう言い回っていた。
「近いうちに、自分の考えたイベントが始まるからまた来てくださいよ」
当然、そんな話は店側では一切決まっていない。
こちらにとっては寝耳に水であり、現場では「いつ始まるんですか?」と聞かれる始末だった。
理由を聞くと、彼は開き直ってこう言った。
「お客さんもやるって言ってますよ。ここまで言ってるのに、なんでやらないんですか?」
結局、店としてはお客さんに謝ることになった。
しばらくして、今度は突然「店舗を引っ越しましょう」と言い出した。
良い物件を見つけたらしく、そこに移ればフリーの稼働は倍になるという。
話だけは一応聞いた。
上階に部屋があり、メンバーを常駐させて、いつでも卓を立てられるようにするという構想だった。
(当時はまだ24時間営業ではなかった)
本人も「自分が常駐して回します」と言っていた。
だが、現実はこうだ。
家賃は今の倍以上、駐車場は少ない。
しかも現在地から1.5kmしか離れていない。
これで爆発的に客が増えるとは到底思えないし、増えた家賃を回収するのも難しい。
何より、人を使い潰す前提の発想そのものが間違っている。
今の店の強みは、圧倒的な家賃の安さにあるのだ。
その場では話は終わったが、彼はまたしてもお客さんに
「近いうちに引っ越すかもしれない」
と吹聴して回った。
店の方針は正式にこちらから発表するので、勝手に話さないようにと伝えると、彼は不貞腐れて言った。
「自分はこの店の救世主なのに、なんで話を聞かないんですか!」
——救世主て。
話自体は散々聞いた。
だが彼の考えはすべて感覚ベースで、数字の裏付けがない。
説明しても理解できる様子もなかった。
このとき、はっきりと思った。
「やる気のある無能は、きつい」 と。
そもそもこちらが求めていたのは、打ち子・清掃・配膳ができる人間であって、ブレーンではない。
入店時には「アウトはあまり作ったことがない」と言っていたのに、
気づけばアウトだらけ。
むしろ給料以上に負けている始末だった。
それなら、やる気がなくても淡々と場を回してくれる人の方が、よほどありがたい。
そしてその男は、半年後に飛んだ。
——まあ、予想通りだった。
やる気のある無能の、極端な一例である。
