見出し画像

「0」に近づくだけで世界は変わった。「極限」の不思議

走っても走っても
100m先の壁にあなたは一生たどり着けません。

そう言われたら、
「どういうこと?」と思いますよね。

でも2500年前のギリシャでは、
この主張を本気で信じる哲学者がいました。

そしてこの矛盾を解決したのが、
今日のテーマ「極限」です。

 極限って概念はなんとなくわかるけど、
これこそ実生活に関係なさそう…

とかくそう思われがちですが、
この極限こそが、
現代のテクノロジーを裏で支える
超重要パーツだったりします。

今日はその極限のロマンを見ていきたいと思います。

極限とは「たどり着けないゴール」を見る目

数学的に「極限」を一言で言うなら、

「限りなく近づいていく様子を考える考え方」

 です。

有名な「アキレスと亀のパラドックス」を考えてみましょう。
過去の記事でも掘り下げています。

先ほどの「一生たどり着けない壁」の話も
このパラドックスと同じ構造です。

足の速い英雄アキレスが、少し前を走るカメを追いかけます。
・アキレスが「カメのいたスタート地点」にたどり着いたとき、
 カメは少し先に進んでいます。
・次にアキレスが「その進んだ地点」にたどり着いたとき、
 カメはさらに少し先に進んでいます。
・その次も、その次も……。

あれ?アキレスは永遠にカメに追いつけないのでは?

直感的には追いつくはずなのに、
このロジックで考えると追いつけない。

この不思議なロジックを解決したのが「極限」です。
この無限に続くステップを極限を使って足し合わせると、
「ある一定の時間(有限の値)」に限りなく近づいていきます。

つまり一定の時間を超えた時に
アキレスは亀に追いつけることになります。

繰り返しになりますが
つまり極限とは、
「無限に繰り返したその先にある、限りなく近づくゴール」
を見つけるための道具というわけです。

美しさと、血の滲む厳密さ

極限が生まれたことで、数学界には革命が起きました。

①微分積分への扉を開いた「0分の0」の壁

極限は、高校数学のラスボスである
「微分・積分」の土台です。

昔の数学者は、
「0で割ってはいけない」
という大原則に頭を悩ませていました。

物事の変化の割合、
つまり瞬間を求めるとき、
時間を「0秒」にしてしまうと、
計算式の中の分母が「0」になり、
計算が破綻してしまいます。

そこで現れた救世主が極限でした。

0にする(割る)のではなく限りなく0に近づける

この発想の転換によって、
数学者は「一瞬の動き」を計算できるようになり、
微分積分が一気に花開いたのです。

この壁を乗り越えるまで、
人類は何百年も悩み続けました。

極限は、ただ新しい計算方法ではなく、
「動きを数学で扱う」
という新しい世界への扉でもありました。

② 大学生を絶望させる「数学界の洗礼」

「限りなく近づく」という言葉は、
直感的にはわかりやすくても数学的には少し曖昧でした。

そこで19世紀、
数学者コーシーらが
「$${\epsilon-\delta}$$(イプシロン・デルタ)論法」という、
厳密な定義を編み出します。

簡単に言うと、
「あなたがどれだけ小さな隙間($${\epsilon}$$)を指定してきたとしても、
 私はそれよりさらに狭い幅($${\delta}$$)を用意して、
 ゴールに近づけてみせますよ」という、
数学的な「絶対に逃げられない包囲網」のような論理です。

一見、意地悪で回りくどさしかない考え方ですが、
このおかげで「限りなく近づく」が
誰にでも同じ意味で使えるようになります。

理系大学生の多くが、
「え?これが俺たちの知っている数学……?」
と頭を抱える洗礼。

私も数学科に進んだのですが、
高校までは数学得意!と思っていた私の自信は、
この概念で粉々になりました。

それほどまでに、
数学者たちが「曖昧さを許さない!」
と血の滲むような努力をして、
極限という概念を研ぎ澄ませていったのです。

実はすぐそばにある、極限の活用例

 「で、結局何に役に立っているの?」

 あなたのすぐ近くで極限は大活躍しています。

① 新幹線の線路と、高速道路のカーブ

新幹線が急カーブに入るとき、
もし直線から急に円状のカーブに切り替わったら、
乗客は激しい横揺れ(遠心力)に襲われて立っていられません。

そうならないために、
直線からカーブへと
「徐々に、滑らかに曲がり具合(曲率)を変化させる」
設計がされています。

これがクロソイド曲線と呼ばれるもので、
高速道路の設計図には必ずこの曲線が使われています。
その設計には、極限を土台とする微分の考え方が使われています。

新幹線だけではありません。
ジェットコースターも。
リニア中央新幹線も。
道路の高速インターチェンジも。

「急に曲がると危険だから、曲率を少しずつ変える」

この安全で滑らかな乗り心地の裏には、
極限の計算が隠れているのです。

息子と何度も乗っている大好きな江ノ電も例外ではありません。
江ノ島〜腰越間には半径28メートルの急カーブを走ります。
私たち親子はそこに痺れます。

② CG映画の「もちもちした肌」

ピクサーなどの3Dアニメ映画を観ていると、
キャラクターの肌や衣服がとても滑らかですよね。

パソコンの中の3Dモデルはもともと、
カクカクした「ポリゴン(多角形)」の集まりです。

円は「角が無限個ある多角形」ではありません。
でも、角を増やしていくと見分けがつかなくなります。

これも極限の考え方です。 

スマホで写真を拡大するとカクカクしますよね。
逆にCGは細かく細かくして滑らかにしています。 

だから映画のキャラクターは、
まるで本当に存在するかのような滑らかな表情や肌になるのです。

③ 銀行の「複利」は、無限に増やせるか?

お金の「金利」にも極限が潜んでいます。

もし、「1年で2倍(100%)になる夢のような金利」があったとします。
これを、期間を細かくして「複利」にしたらどうなるでしょう?
半年ごと(50%が2回:1.5倍 × 1.5倍 = 2.25倍)
1日ごと……
1秒ごと……

利息を細かく分けると、
途中で増えた分にも、後半でさらに利息が乗っかる(複利効果)ため、

年1回で2倍にするよりも、半年ごとに分けたほうが「2.25倍」と、
ちょっと多くなります。

じゃあ、これを
1日ごと(金利を約0.27%ずつにして365回かける)」にしたり、
「1秒ごと」に細かくしていけば、この複利パワーで無限に増えるのでは?
と思ってしまいますよね。

しかし、回数を増やす(極限に近づける)ということは、
「1回あたりにもらえる金利が、信じられないくらい小さくなる」
ということでもあります。

「回数は増えるけれど、1回の増え幅は極小になる」

この2つの綱引きの結果、
どれだけ細かくしても約2.718倍という天井にぶつかってしまい、
それ以上は増えなくなるのです。

この天井の値、約2.718はネイピア数eと呼ばれる数で、
円周率πと並んで数学界で最も重要な定数の一つです。

現実は甘くありませんね。

どれだけ細分化の極限をとっても、
金利の増え方は一定のラインに「収束」する。

金融の世界のルールも、極限が握っているのです。

おわりに:数学は「過程」も愛している

 一見すると、
現実には存在しないように思える
「無限」や「極限」という概念。

しかし、それをあえて考えることで、
現実世界は驚くほど正確に表現できるようになります。

 極限とは、
「そこへ向かって近づいていく様子」を考える数学です。

この考えによって数学は「答え」だけでなく、
そこへ向かう「過程」まで扱えるようになったのです。

だからこそ、「動き続ける世界」として
新幹線やCG、金融の世界を表現できるようになりました。

「0」に近づくだけ。
たったそれだけの発想が、
数学を変え、
科学を変え、
そして私たちが当たり前に使っている世界を支えています。

それが、極限という数学のロマンなのです。

いいなと思ったら応援しよう!

あつし 応援してもらえるととても嬉しいです。