ハンカチを持つ人
今の舞台現場に仲の良い俳優がいます。
出会った頃の出来事に、
そろそろ西暦を付けたくなるくらい
長い付き合い。
笠原織人さんです。
とあるシーンで、彼は涙を流しています。
そして、そのシーンを終えて
舞台袖に戻ってくると、
ハンカチでそっと涙を拭う。
その仕草が、なんだかとても素敵なんです。
別に特別なことをしているわけではありません。
涙が出た。
だから拭く。
以上。
人類が長年やってきたことです。
なのに
「なんか、いいなぁ」
と思ってしまう。
タオルではなく
ハンカチだからでしょうか。
ハンカチで涙を拭う。
文字にしただけで、ちょっと品があります。
「涙を拭く」より
「涙を拭う」
と書きたくなる。
不思議です。
道具をハンカチに変えただけで
動詞まで育ちが良くなる。
そんなことを考えながら
ある日、現場まで歩いていました。
そして、ふと気付きました。
「あれ?」
彼がタオルを使っているところ
見たことないかもしれない。
もちろん、僕が見ていないだけかもしれません。
毎日ずっと彼を監視しているわけではないので。
そんなことをしていたら、この記事のジャンルがエッセイからサスペンスに変わってしまいます。
でも、少なくとも僕の記憶にはない。
汗をかいた彼なら見たことがあります。
舞台ですから、当然汗はかきます。
でも彼が使っていたのは
汗拭きシート。
なるほど。
タオルじゃない。
さらに彼は、香水も常備しています。
香りにもかなり気を遣っている。
そして、彼自身「潔癖症です」と公言しているだけあって、衛生面のセキュリティは国際空港並み。
……ん?待てよ。
汗拭きシート。
香水。
ハンカチ。
タオルだけ、いない。
ここから僕の中で、
勝手に捜査が始まりました。
もしかすると彼は
「一枚のタオルですべてを解決する」
という思想ではないのかもしれない。
考えてみれば
僕たちはタオルに働かせすぎです。
汗を拭いて。
手も拭いて。
顔もよろしく。
ちょっと濡れたからここもお願い。
あ、涙も出たからついでに。
タオル、現場で一人だけ四役くらいやってる。
しかも全部、
身体から出た水分担当。
なかなかの激務です。
一方、彼は違う。
汗には、汗拭きシート。
香りには、香水。
涙には、ハンカチ。
もしこれが彼なりの使い分けなのだとしたら
めちゃくちゃ役割分担がしっかりしている。
タオルに全部やらせない男です。
持ち物に兼役をさせない……。
舞台人だからでしょうか。
キャスティングが細かい。
「今回、汗役は汗拭きシートさんでいきます」
「香り役、香水さんお願いします」
「ハンカチさんは?」
「涙のシーンだけお願いします」
贅沢な座組です。
タオルさん、
オーディションにすら呼ばれていません。
でも、ここまで考えて
最初に僕が「素敵だな」と思った理由が
少しだけ分かった気がしました。
ハンカチそのものが
素敵だったわけではないのかもしれません。
その人の普段のこだわりが
何気ない仕草として出ていたから
目に留まったのかもしれない。
汗を拭く。
香りを整える。
涙を拭う。
誰かに見せるためではなく
自分なりの心地よさのために
それぞれを使い分けているのだとしたら。
舞台上なら、
一つひとつの動きに演出があります。
立つ場所も、
視線も、
手の動きも、
観客にどう見えるかを考える。
でも、僕が見たのは舞台袖でした。
客席からは見えない場所。
そこで彼は誰に見せるでもなくハンカチを取り出して、涙を拭っていた。だからこそ「素敵だな」と思ったのかもしれません。
人の品って
「品よく見せよう」としている瞬間より、
誰にも見せるつもりのない仕草に
出るのかもしれない。
服装だったり。
言葉遣いだったり。
物の扱い方だったり。
そして、
涙を拭う一枚のハンカチだったり。
本人にとっては
いつものことなのでしょう。
でも、その「いつものこと」には
その人が今まで積み重ねてきた生活が出る。
そう考えると、
何気ない持ち物って、
意外とその人のことを
喋っているのかもしれません。
……とはいえ。
ここまで一枚のハンカチから
勝手に人物像を考察しておいて、
明日、彼が楽屋で普通に
タオルを使っていたらどうしよう。
その瞬間、
僕がここまで積み上げてきた推理は、
一枚のタオルによって、すべて拭い去られます。
【追記】ご本人に読んでもらいました。
この記事を投稿する前に、
念のため笠原織人さんご本人に
下書きを読んでもらいました。
ここまで勝手に人のハンカチ事情を考察しているので、一応、確認しておこうと思いまして……。
すると、返ってきた言葉がこちら。
「いかなる時も365日、24時間持ってるよ」
台詞の後ろにキラキラのSEでも聞こえてきそうな顔でそう言うと、本当にすぐポケットからハンカチを取り出しました。
……出てきた。
記事タイトル、
「ハンカチを持つ人」
で間違いありませんでした。
しかも、話には続きがあります。
「部屋でも常に持ってるよ」
えっ。
家でも?
「寝る時も持ってる」
寝る時も!?
いや、意味が分からん。
百歩譲って外出中は分かります。
舞台現場も分かる。
部屋も……まあ、分からなくはない。
でも寝る時?
何に備えてるの?
すると彼は、
「もし万が一、よだれが出たとしてもすぐに拭える」
と言いました。
爆笑。
寝ている間まで、
衛生面のセキュリティが解除されない。
国際空港、24時間営業でした。
しかも本編で僕は
汗には、汗拭きシート。
香りには、香水。
涙には、ハンカチ。
なんて勝手に役割分担を考えていましたが
どうやらハンカチには、
「万が一のよだれ」
という深夜帯の仕事まであったようです。
すみません!
兼役してました。
そして何より
「ハンカチを持つ人」
なんてタイトルを付けましたが
僕が思っていた以上に
ハンカチを持つ人でした。
本当におもしれぇー男だなぁ。
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