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八月的故事(八月の物語)香港のひと夏の淡い恋物語

 2006年10月、東京国際映画祭へ。ばったり映画人の松江さんに逢う(この年の東京国際映画祭~アジアの風は松江さんが審査員に抜てきされていた)。この時に「アジアの風にスゴい可愛い女優が出てる、冒頭からやられた。相手役の藤岡竜雄もなかなかいい」といっていたが、いま思えばそれがヤンヤン・マク監督の「八月的故事」だったんだ。この日は別の中国作品「青春期」を観る。主演の田原(ティエン・ユエン)は何者だ?、とにかくむちゃくちゃ可愛かった。

 日をあらためて再度ギロッポン、ヤンヤン・マク監督「八月的故事」。冒頭はティエン・ユエンが、王菲の「紅豆」を口ずさむところからはじまる、確かにやられた。摂氏40℃はあるだろう亜熱帯の都市、香港の仕立て屋が舞台。気だるくてガチの8月だが、どこか甘美で女性監督の感性で描かれている(ガールズラブの要素もある)。「私だけが覚えていればいいわね」、「僕だけが覚えていればいい」とお互い思い合っていたのがせつない、ほんとにイノセンスなひと夏の淡い恋物語。配役は玉意にティエン・ユエン、平安に藤岡さん。

 ティーチ・イン終了後は混乱をさけるため、スタッフの誘導でティエン・ユエンはそそくさと消えてしまった。ああ…、ボクの映画祭はここで終った。しばし知り合いのはまおさんと立ちすくんでいたが、このひとがミラクルをもっていた。なんと監督のヤンヤン・マク一派に接近、監督がケータイでティエン・ユエンを呼び戻したのである。はまおさんスゲー。で、ヤンヤン・マク一派+ティエン・ユエン+はまおさんをボクは遠目で感激して観ていたのだが、はまおさん「キミもティエン・ユエンにサイン貰いなよ」うぎゃー、なにいってるんだよ、「いえ、ボク用意してきてないですから…」、「なんだっていいんだよ、ハイ、ペン」わわわ、ちょっと、えーっ、ティエン・ユエンがスタンバってるよ。あわててカバンの中に何かないか手をつっこむ、出てきたのが当時、中国語の勉強で使っていたミニサイズの辞書だった。これがティエン・ユエンにウケた。サラサラとサインしてもらい、恥ずかしいので遠目に戻ろうとしたら、ヤンヤン・マク一派+はまおさんが何やらはなれて話しこんでいる。うわーっ、何やってるんだよ、一瞬、二人になってしまった。ティエン・ユエンが何か中国語で話しかけてくれたが、「あ、わかんない」とさえぎってしまった。あとで知ったが、ティエン・ユエンは翌日の朝の飛行機で北京に帰ったという。

 この時、ヤンヤン・マク一派に相手役の藤岡さんはいなかった。名刺を配りまくってたそうだが、ボクは見かけなかった。藤岡さんは、この日も会場に来ていた妹の麻美さんが応募した「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」をきっかけにファースト・ステップを踏んだ。芸能事務所あずかりとなり、当時、日本で活躍していた徐若瑄のちょっとした誕生日パーティーに小松拓也さん(後に上海で活躍)と共に参加している。アメリカ留学後、香港に渡りこの時の縁からモデル業もしていたところ、香港の映画人ヤンヤン・マクに見い出された。その後、台湾に渡り藤岡靛(diàn)の名義で台湾ドラマに出演したり、台湾とインドネシアを行ったり来たりしながら音楽制作または映画制作をしていた。その頃、日本でもやってみたいという話から、ボクは友人から「藤岡くんが今後、DEAN FUJIOKAというアルファベット表記でやっていきたいといっている、どう思う?」と相談され、「そんなのダメだよ、新聞のラテ欄に載せられないよ」と返答した。しかし、のちにディーン・フジオカという当時、全く予想だにしてなかった、なんとカタカナ表記での日本での大ブレイクにたいへん驚いた。

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