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経営学を学んだ僕が、井上尚弥選手 vs 中谷潤人選手の東京ドーム興行を会計で読む



東京ドーム完売。
これは普通に強いです。かなり強いです。

ただ、ここで一個だけ冷静に言いたい。
完売 = 大儲け確定 ではありません。

この興行は、会場を埋めた時点でかなり
勝ちに近づいた。
でも最後の利益を決めるのは、
結局 PPVの純収入
井上尚弥選手・中谷潤人選手の
ファイトマネー設計
です。

「東京ドームを満員にすれば、儲かる」は本当か?
答えは No
でも、その理由を数字で説明できる人だけが、正しい問いを立てられます。


はじめに:なぜ今、格闘技を「会計」で読むのか

2026年、日本ボクシング界でも
最大級の興行が実現しようとしています。
WBC・WBA・IBF・WBO スーパーバンタム級4
団体統一王者の 井上尚弥選手 と、
複数階級を渡ってきた 中谷潤人選手
場所は 東京ドーム。規模は 約5万5,000席

格闘技ファンとして見れば、
これは夢の試合です。
でも、MBA的に見ると問いは少し変わります。

・この興行は、
プロモーターにとってどれだけ儲かるのか
・井上尚弥選手の超高額ファイトマネーは、
どこから回収されるのか
・東京ドームという箱を使うことに、
経済合理性はあるのか

本稿では、アカウンティングと
ファイナンスのフレームで、
このカードを「感動」ではなく「構造」
で見ます。
損益計算書、損益分岐点、PPV感度分析、
費用構造。
夢の試合を、あえて数字で解剖してみます。

最初に一つだけ言っておくと、
途中で P/L B/S FCF BEP みたいな略語が
出てきます。
でも、意味はそこまで難しくありません。

・P/L: いくら稼いで、いくら使って、最後にいくら残ったかを見る表
・B/S: その時点で、何を持っていて、何を支払う予定かを見る表
・FCF: 最終的にどれだけ自由に使える現金が残るかを見る指標
・BEP: どこを超えたら赤字ではなくなるか、の境目

要するに、この記事は
売上」「利益」「お金の残り方
赤字ライン」を順番に見ていく話です。

⚠️ 注記: 本稿の数値はすべて筆者による推定モデルです。正式な数値は各団体・プロモーター発表をご確認ください。


この記事の目次

  1. 自己紹介と、アカウンティング・ファイナンスの超ざっくり説明

  2. まず結論

  3. Chapter 1: 東京ドーム興行の「収益構造」を解剖する

  4. Chapter 2: P/Lで「本当の利益」を見る

  5. ハイブリッドで読む前提

  6. その費用51.4億円はどこに消えるのか

  7. 完売で赤字リスクは大きく下がった

  8. それでも本当の勝負はPPVとファイトマネー

  9. 損益分岐点で見ると「客入り」だけが本丸ではない

  10. 天心選手 vs 武尊選手と比べると、50万件想定はどこに立つか

  11. この興行がかなり強いと言える理由

  12. 反対意見もちゃんとある

  13. noteで使う一文結論

  14. 有料特典

  15. エビデンスとして見ておきたいリンク

  16. 専門用語を超ざっくり整理


1.自己紹介と、アカウンティング・ファイナンスの超ざっくり説明

先に軽く自己紹介すると、僕は
以前グロービス経営大学院でアカウンティングや
ファイナンスを学んでいました。
なので格闘技も、もちろん感情で観るんですが、同時に「この興行って、数字で見るとどうなってるんだろう」と考える癖があります。

で、アカウンティングファイナンスって
何かというと、ざっくりこうです。


アカウンティング

: この商売で、いくら入って、いくら出て、最後にいくら残るのかを見るもの

ファイナンス

: その商売のお金が、いつ入って、いつ出て、
どこにリスクがあるのかを見るもの

格闘技興行に置き換えると、

・アカウンティングは
「この試合、結局いくら儲かるのか」
・ファイナンスは「その儲けに行くまでに、
どこで資金繰りや契約のリスクが出るのか」

を見るイメージです。

要するに、今回は「夢のカード」を冷たく見る話ではなくて、夢のカードが、どういう収益構造で成立しているのか を見に行く記事です。


2.まず結論

結論から言います。

東京ドーム完売を踏まえると、この興行はかなり強いです。
ただし「完売 = 大儲け確定」ではなく、最終利益はPPV販売数と
ファイトマネー設計で決まります。

僕のベース試算では、完売前提なら
プロモーター側の税抜ベースでこう見ています。

この数字だけ見ると、かなり優秀です。
でも、ここで気を抜くと危ない。

なぜなら、この 15.6億円 は「東京ドーム完売に加えて、PPVがそこそこ売れて、しかもファイトマネーが想定内で着地したら」の利益だからです。


3.Chapter 1: 東京ドーム興行の「収益構造」を解剖する

格闘技興行の売上は「7本の柱」で成り立つ

多くの人は、格闘技興行の売上を「チケット代」だと思いがちです。
でも実際は、現代の大型興行はもっと多層です。

まず、収益構造の全体像を直感でつかむための
説明モデルを置きます。

ここで大事なのは、もう「チケットだけの商売」ではないということです。

・入場料は最大の土台
・PPVは利益を大きく左右する第2の柱
・スポンサーと放映権は固定収入に近い
・物販や場内広告は満員時の熱量を
売上化する装置

つまり、この興行は「東京ドームで客を入れるイベント」であると同時に、PPV、広告、権利販売を束ねた複合収益ビジネスでもあります。

ただし、これはあくまで説明モデルです。
後半の防御モデルでは、PPVを「消費者売上」ではなく主催者の純受取額へ引き直し、ゲート収入も公開価格帯に沿って再計算します。

☝️ここに「知的な壁打ち」として一つ反論を入れておく

「PPV収入が46%? 多すぎでは?」
という疑問は正当です。

実際、PPV視聴者数80万人という推定は、
かなり楽観的かもしれません。
2022年の天心選手 vs 武尊選手は国内格闘技PPVの巨大な先行事例ですが、それでも東京ドーム
規模のボクシング興行で、
同水準がそのまま再現されるとは限りません。

逆に言えば、PPVが「読めない変数」であることこそがこのビジネスのリスクの核心です。
この点は、後半の感度分析で扱います。

チケット価格設計:価格差別化の教科書

チケット価格設計を見ると、経済学でいう
価格差別化の考え方がはっきり見えます

難しく聞こえますが、要は
「払える人には高く、広く来てほしい層には安く売る」価格の分け方
です。

以下は、価格差別化の構造を見せるための説明用の簡易モデルです。

リングサイドVIPと最安席の価格差は25倍です。
これは、消費者余剰を最大限回収しにいく典型的な3次価格差別戦略です。

なお、防御モデルでは、実際に公開されているより細かな価格帯を反映し、ゲート収入は 25.63億円 まで引き上げて見ています。
ここでも、説明のしやすさ数値の防御力を分けています。


4.Chapter 2: P/Lで「本当の利益」を見る

さっきの収益構造を、今度はちゃんと損益計算書の形に落としてみます。
どこで粗利が生まれて、
どこで利益が削られていくか

見える形にします。

なお、このP/Lは防御モデルベース
記述しています。

ここで使う用語も、先に一言だけ
整理しておきます。

売上原価(COGS): この試合を成立させるために、試合そのものへ直接ひもづくコスト
売上総利益(Gross Profit): 売上から、まず直接コストを引いた残り
販売管理費(SG&A): 会場運営、宣伝、警備みたいな「試合を回すための経費」
営業利益(Operating Profit): 本業としてこの興行がどれだけ儲かったか
当期純利益(Net Profit): 税金まで引いたあとに、最終的に残る利益

| このP/L、順番に読むとかなりわかりやすいです。

なお、ここでの 他選手 という表現には、
実際には注目度の高いカードも含まれます。
この記事では会計構造をわかりやすくするため、メイン2選手とそれ以外で簡略化して整理しています。

4-1. このP/Lはどこを見ればいいか

まず売上高 66.95億円 の時点で、
やはりこの興行は日本ボクシングとしてかなり
大きいです。
ただし、その大きな売上の上に、
すぐに選手報酬 33.0億円 が乗ってくる。
ここで半分近くが削られます。

なので、最初に見るべきなのは営業利益ではなく、実は売上総利益 33.95億円 です。
ここは「この大会は、スター選手に大金を払ったうえで、まだどれだけ残せるのか」を見る
ラインです。

粗利率 50.7% は一見かなり良く見えます。
でも、ここで安心すると早い。東京ドーム興行は、このあとも会場、演出、宣伝、警備、保険で普通に削られます。

4-2. 営業利益15.55億円は
「かなり良い」が、「雑に安心できる」数字ではない

販管費 18.40億円 を引いたあとの営業利益 15.55億円 は、興行ビジネスとしてはかなり優秀です。
ただ、この利益は、

・東京ドーム完売
・PPV純収入が想定どおり入る
・選手報酬が想定レンジに収まる

という前提の上に乗っています。

だから、数字としては強い。
でも、構造としては繊細です。

特に大事なのは、
営業利益率 23.2% は高いけれど、絶対安全圏を意味しないということです。
PPVの純取り分が想定より低い、
あるいはメイン2選手の報酬がさらに
上振れするだけで、この率は普通に縮みます。

4-3. 純利益まで落とすと、手元に残るのは10.89億円

税引前で大きく見えても、法人税等をざっくり 30% で置くと、当期純利益は 10.89億円 まで下がります。ここまで見ると、「67億円も売ってるのに、最後に残るのは11億円弱なんだな」という感覚が出てくるはずです。

このギャップこそ、興行ビジネスの面白いところです。

・売上は巨大
・夢も大きい
・でも、コストと税金を抜けたあとに残る利益は、意外と繊細

つまり、東京ドームを満員にしても「勝手に儲かる」わけではありません。
収益の多角化が効いて、はじめてこのP/Lが成立するということです。

4-4. B/Sで見ると、この興行はどう見えるか

P/Lだけを見ると「いくら儲かったか」は見えます。でも、興行の怖さはB/Sにも出ます。

B/S は Balance Sheet(貸借対照表) のことです。ざっくり言うと、その時点で何を持っていて、何を支払う約束が残っているか
を見る表です。

ここで載せるのは、プロモーター会社全体のB/Sではなく、この興行単体を切り出した簡易スナップショットです。
なので、試合前日の 純資産 0.0億円 は「会社に資本がない」という意味ではなく、この案件単体では損益がまだほぼ確定していない状態
表しています。

たとえば、試合前と試合後では、B/Sの表情がかなり変わります。
以下は概念をつかむための簡易B/Sスナップショットです。

試合前日イメージ

この時点では、チケットやPPVの前売りで現金は入っています。
でも、それはまだ「完全に稼いだ金」ではなく、
会計上は契約負債の性格を持ちます。

ここも言葉が難しいので、超ざっくり訳すとこうです。

契約負債: 先にお金は受け取ったが、まだ試合や配信というサービス
提供が終わっていない状態
前払費用: 先に払った会場費や制作費など、まだ効果が残っている支出
未払費用: すでに発生しているが、まだ支払っていない費用

試合後・主要精算後イメージ

ここで初めて、前売りで入っていた現金が「売上」になり、
残ったものが純資産に積み上がります。

要するに、B/Sで見るとこの興行は、

・試合前は前受金が膨らむビジネス
・試合後は純資産が一気に増えるか、逆に痩せるかが決まるビジネス

だと言えます。

4-5. 簡易フリーキャッシュフロー計算書(税前概算)まで見る

さらに一段踏み込むと、興行単体ではフリーキャッシュフローもかなり重要です。

フリーキャッシュフロー(FCF) は、ざっくり言えば
「必要な支払いを一通り終えたあとで、最終的にどれだけ手元に残る現金があるか」 を見る考え方です。

格闘技興行は、工場を建てる製造業と違って大型CAPEXが小さい。
なので、単発興行ではFCFは営業キャッシュフローにかなり近いです。

ちなみに CAPEX は設備投資のことです。
工場や大型機械のような重い投資が少ないので、 この興行では 利益 と 現金 の距離が
比較的近いわけです。

以下は、興行単体の簡易フリーキャッシュフロー計算書(税前概算)です。

ただ、ここにはもう一つ論点があります。
チケット前売りやスポンサー前受金が大きいので、
期中のキャッシュはP/L以上に太く見えることがあるんです。

なお、ここでの 15.35億円 は税前概算です。
法人税等までざっくり織り込むと、税引後FCFのイメージは約 10.7億円 まで下がります。

だからこのビジネスは、

・P/Lで見ると「利益が出ているか
・B/Sで見ると
前受金と未払の構造がどうなっているか
・FCFで見ると「最終的にどれだけ現金が残るか

この3つをセットで見ないと、本当の強さは判断しにくいです。


5.ハイブリッドで読む前提

今回の原稿は、説明モデル防御モデル を重ねて読む形にします。

理由はシンプルで、格闘技興行の記事は

読者に直感で伝わる強い言い方
・公開情報ベースで反論に耐える堅い言い方

の両方が必要だからです。

ざっくり整理するとこうです。

今回の結論はこのハイブリッドです。

主張は説明モデルで前に出す。
でも、数値の防御は防御モデルで支える。

これで「読みやすいのに、数字の足腰は弱くない」状態を狙います。


6.その費用51.4億円はどこに消えるのか

ここ、前回よりちゃんと開きます。
費用合計 51.4億円 とだけ書くと、読者からすると完全にブラックボックスだからです。

まず、ハイブリッドで見ると費用構造はこう整理できます。

ここで 35億円 と 29億円 の差が気になると思います。

説明モデル: 井上尚弥選手 28億円、中谷潤人選手 7億円 、費用の7割がファイトマネー」という本質を最短で伝えるモデル
防御モデル: メイン2選手の保証額を合計 29億円 まで一段保守的に下げ、そのぶん他選手報酬や周辺費用を厚めに置くモデル

要するに、防御モデルの 29億円 は「報道レンジの下限寄りにメイン報酬を寄せ、未公表部分は周辺コスト側へ逃がした数字」です。
差額の 6億円 は、結論を盛るための魔法ではなく、メイン報酬に乗せるか、周辺費用と他選手報酬へ逃がすかの置き方の違い です。

で、ここから見えることはかなりはっきりしています。

・説明モデルでは、費用の7割が人に払う金
・防御モデルでも、費用の6割超が人に払う金

つまり、どちらの見方を採っても、

この興行の費用構造は、やはり「人に払う金」で決まる。

だからこそ、PPVとファイトマネー設計が全部に効いてきます。
この因果を出さないと、「PPVが大事です」で終わってしまうんですよね。

図で見るともっとわかりやすいです。
説明モデルでは「費用の7割がファイトマネー」
という主張がそのまま見える。
防御モデルでも、「多少保守的に置いても選手報酬が最大論点
という本質は崩れません。

説明モデルで見る「44億円のコスト構造」

ここでは、読者に構造を一発で伝えるための説明モデルも置いておきます。

このモデルで見ると、
ファイトマネーだけで約31億円、コスト全体の70%超です。

これを経営学っぽく言えば、これは
ヒューマンキャピタル依存型コスト構造です。
要するに、このビジネスは「人がいなければ、何も生まれない」。

マッキンゼー流に言えば、

"The asset walks out the door every evening."
資産は毎晩、自分の足で帰っていく。

これがスポーツビジネスの本質的リスクです。

井上尚弥選手が試合前日に負傷した場合、
収益は吹き飛ぶのに、コストの一部は残ります。
だからこそ保険、とくに興行中止保険の意味が大きいわけです。

東京ドーム使用料「2億円」は高いのか、安いのか

東京ドームの一般的な使用料は、公表ベースでも
1日あたり数千万〜数億円のレンジで語られます。
イベント内容によって変わるので断定はできませんが、2億円という数字自体は「全席利用・複数日・大型興行」と考えれば、
そこまで不自然ではありません。

ただし、本当のコストは「使用料」だけではありません。

・設営・撤去費
・電力・設備費
・リング設営
・警備員増員
・導線整理と運営要員

を足すと、実質的な会場コストは4億円近いと考える方が実務に近いです。

つまり、「東京ドーム使用料が高い」よりも正確な言い方は、

東京ドームを使うと、会場関連の周辺コストまで含めて一気に重くなる

です。


7.完売で「赤字リスク」は大きく下がった

まずここは素直に評価していいです。

2026年5月2日の井上尚弥選手 vs 中谷潤人選手東京ドーム興行は、
約5万5000席規模でチケット完売と報じられています。
しかも大橋会長も「追加発売予定はない」と説明しています。

前回の井上尚弥選手 vs ネリ選手の東京ドーム興行が 4万3000人規模 だったことを考えると、今回はゲート収入の安定性がかなり高いです。

ここは会計的にかなり大きいです。
なぜなら、興行ビジネスで一番しんどいのは
「固定費は重いのに、客が入らない」パターンだからです。

でも今回は、少なくともチケットについてはその怖さがかなり薄い。
だから僕は、完売によって興行の下振れリスクはかなり小さくなった
と見ています。

完売前提のベース試算

ぶっちゃけ、ここまで来ると「失敗しにくい興行」には入っています。
少なくとも、空席だらけで終わるタイプの大型興行ではありません。


8.それでも本当の勝負はPPVとファイトマネー

ここがいちばん大事です。

Lemino公式の案内では、PPVは 事前 6,050円、当日 7,150円。
販売は Lemino チケットぴあ ローソンチケット イープラス DAZN など複数経路で行われています。
さらに ドコモ MAX ドコモ ポイ活 MAX の利用者は、追加料金なしで視聴できる導線もあります。

つまり、PPVは単純に

価格 × 視聴者数 = 主催者売上

ではありません。

ここに

・販売手数料
・配信プラットフォーム取り分
・ドコモ会員向け無料視聴
・スポンサー契約との抱き合わせ

が入ってくるので、
見えているPPV売上総額と、主催者の純取り分は別物
です。

さらに、ファイトマネーもかなりブレます。

大橋会長が「過去最高額」になる趣旨を明かしたと報じられていますが、
正確な金額は公表されていません。
なので、ここは会計上いちばんブレる項目です。

感度分析はこうなる

ここは正直に書いておくと、2026年5月1日時点でPPV販売件数そのものを
公式に確認できる記事は見当たりません

なので、以下は「実績値」ではなく、完売前提でPPVがどれだけ売れたら
利益がどう動くか
のシナリオです。

高額ファイトマネー想定は、通常ケースよりメイン報酬が合計 6億円
ほど上振れしたケースです。


この表が何を意味しているか。
めちゃくちゃシンプルです。

完売していても、PPVが弱いと利益は薄くなる
・完売していても、ファイトマネーが跳ねると利益は薄くなる
・逆に、PPVが強く伸びれば、この興行は一気に「かなりうまい興行」に
なる


つまり、会場は儲かっている。
最後にP/Lを決めるのは画面の向こう側
ということです。


9.損益分岐点で見ると「客入り」だけが
本丸ではない

ここが今回いちばん面白いところです。

「東京ドームだから、満員じゃないと厳しいんでしょ?」
感覚的にはそう見えます。

でも、会計で分けると、実はBEPは1つではありません。
前提の置き方で、かなり表情が変わります。

BEP は Break-Even Point(損益分岐点) のことです。
これも難しく聞こえますが、意味はシンプルで、
赤字でも黒字でもない境目 です。
つまり、「ここを超えたら黒字、届かなければ赤字」というラインですね。

まず、チケットだけで回収しようとすると不可能

満員時の入場料収入を 25.63億円、平均客単価をざっくり4.66万円 とすると、
総費用 51.4億円 をチケットだけで回収するには、

・必要観客数: 約 11万300人
・必要稼働率: 約 200%

になります。

当然、無理です。

この時点でわかるのは、

この興行は、チケットだけで成立する商売ではない

ということです。

強気に置いた「理論BEP」は約5,539人

一方で、以前の強気モデルでは、

・総費用 44.0億円
・PPV・スポンサー・放映権などその他収入 42.3億円
・1人あたり平均客単価 30,691円

という前提を置いていました。

この場合、チケットで残りを埋めればいいので、

必要追加売上: 1.7億円
・理論BEP観客数: 約 5,539人
・理論BEP稼働率: 約 10%

まで下がります。

この数字はかなり極端です。
でも、言いたいことはすごく大事です。

PPV・スポンサー・放映権が厚く立つなら、
東京ドーム完売は「絶対条件」ではない。

つまり、客席より先に、
画面の向こうと契約書の中身が損益を決めるんです。

いま採用している保守モデルだと、実務BEPは約37,800人

ただし、僕が今回の本文で採用している保守モデルでは、PPVと物販も大会全体の熱量に連動すると見ています。
その前提で置くと、損益分岐点は

・損益分岐観客数: 約 37,800人
・損益分岐稼働率: 68.7%

です。

要するに、BEPはこう整理するのがいちばん誠実です。

これでようやく、「完売 = 大儲け確定ではない」が数字で通ります。

この1枚で見ると、かなり整理しやすいです。

・チケット単独では成立しない
・ただし完売後は PPV約8万件 で赤字回避が見える
・でも、安全圏を守りで見るなら 観客約3.78万人 というラインもある

ここまで分けると、
「完売してるから余裕」と「PPVが全部」を雑に混同しなくて済みます。


10.天心選手 vs 武尊選手と比べると、
50万件想定はどこに立つか

ここも比較軸として入れておいた方が強いです。

2022年の天心選手 vs 武尊選手の THE MATCH は、
ABEMAのPPV販売が 50万件超 と発表されています。
これは日本格闘技史上でも突出した数字でした。

しかも、一部では「日本市場の規模を踏まえると、
欧米換算では100万件級のヒット」と評価する見方もありました。

ここから逆算すると、今回の

・30万件: 弱気
・50万件: ベース
・70万件: 強気

という置き方には意味があります。

50万件 は夢物語ではない。
でも、自動的に乗る数字でもない。

なぜなら今回は、天心選手 vs 武尊選手のときと違って、

・プラットフォームが違う
・価格設計が違う
・ドコモ会員向けの追加料金なし視聴がある
・主催者の純取り分構造も違う

からです。

つまり、比較として正しい言い方はこうです。

天心選手 vs 武尊選手の50万件超は、今回の50万件想定を
「十分ありうる数字」にしてくれる。
ただし、そのまま横に置いて同じ収益になるとは限らない。

このあたりを雑にやると、件数比較はできても利益比較が崩れます。


11.この興行がかなり強いと言える理由

僕は、この興行は日本ボクシング史上でも
かなり優良な大型興行だと思っています。
理由は3つです。

第一に、完売でゲート収入の不確実性がかなり消えた

東京ドーム5万5000席規模を完売させた時点で、
会場収入の土台はかなり固まりました。
大型興行でここがブレないのは本当に大きいです。

第二に、収益源が単線ではない

この興行は

・チケット
・PPV
・スポンサー
・物販
・ライブビューイング
・国際配信

が重なっています。

要するに「入場料だけの商売」ではない。
だから強いです。

第三に、このカード自体が広告資産になっている

井上尚弥選手と中谷潤人選手という「日本人無敗トップ同士」のカードは、ただの一試合ではありません。
これは単発のイベントというより、
日本のボクシング市場そのものを拡張する広告資産 です。

スポンサーから見ても、配信側から見ても、普通の興行より価値が高い。
ここはかなり大きいです。


12.反対意見もちゃんとある

ここもちゃんと書いておきたいです。

会計的には、完売してもファイトマネーとPPV取り分次第では利益率が急落します。
とくに、井上尚弥選手・中谷潤人選手の報酬が想定以上に高く、PPVの主催者純取り分が低い場合、売上規模のわりに利益は薄い という
結果は普通にありえます。

なので、

・完売したから大成功
・東京ドームだから絶対に大儲け

とまでは言い切れません。

むしろ会計で見ると、

この興行は「大きいから儲かる」のではなく、「大きい収益源を複数持ち、それをどう契約に落とすかで儲かる」興行

です。

ここを外すと、記事としても浅くなります。

もう一つだけ付け加えると、説明モデルだけに寄せすぎると
「言い切りは強いけど危うい記事」になります。
逆に防御モデルだけに寄せすぎると
「正しいけど刺さらない記事」になります。

だから今回は、その真ん中を狙っています。


13.一文結論

最後の一文は、こう書きます。

井上尚弥選手 vs 中谷潤人選手の東京ドーム興行は、
チケット完売によって「失敗しにくい興行」になった。
しかし、会計上の本当の勝敗は観客動員ではなく、
PPV純収入ファイトマネー設計にある。
説明モデルで見れば費用の
7割が選手報酬、防御モデルで見ても6割超が選手報酬。
これはスポーツイベントではなく、巨大な収益ポートフォリオである。

これが今回の数字から見える、いちばん本質的な結論です。


14.有料特典

有料部分では、本文で使った推定をそのまま再現した
編集可能な収益シミュレーションシートを付けます。

この特典でできることは、かなりシンプルです。

・PPV販売件数を動かして、利益がどこで薄くなるかを見る
・メイン2選手報酬を動かして、利益率がどこまで落ちるかを見る
・東京ドーム完売でも「自動的に大儲けではない」ことを、
自分の手で確認する
・他の大型興行に横展開するたたき台として使う

つまり、読み物として終わらず、
格闘技興行を数字で読む実践教材として使えるようにしています。


15.エビデンスとして見ておきたいリンク

チケット完売やPPVの根拠として、記事末にリンクを置いておきます。

・チケット完売報道 日刊スポーツ
https://www.nikkansports.com/battle/news/202604010000324.html

・チケット完売報道 Boxing News
https://boxingnews.jp/news/115415/

・PPV販売開始と価格、販売チャネル、ドコモ会員向け無料視聴条件 NTTドコモ公式リリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001006.000113690.html

・PPV販売開始の記事 Boxing News
https://boxingnews.jp/feature/115100/

・前回の井上尚弥選手 vs ネリ選手 東京ドーム興行 4万3000人 の比較材料 スポニチ
https://www.sponichi.co.jp/battle/news/2024/05/07/kiji/20240507s00021000115000c.html

・ファイトマネーが過去最高額の見通しという報道 THE ANSWER
https://the-ans.jp/news/672703/

・天心選手 vs 武尊選手のPPV 50万件超 スポニチ
https://www.sponichi.co.jp/battle/news/2022/06/20/kiji/20220620s00003000316000c.html

・天心選手 vs 武尊選手を 市場規模換算で100万件級 とみる論評 RONSPO
https://www.ronspo.com/articles/2022/天心vs武尊のppv売り上げが約27億円格闘技ビジネス/2/

・東京ドームのイベント席に関するFAQ 東京ドーム公式
https://www.tokyo-dome.co.jp/faq/facility/dome/


16.専門用語を超ざっくり整理

最後に、この記事で出てきた用語を一言ずつだけまとめておきます。

P/L: いくら売って、いくら使って、最後にいくら残ったかを見る表
B/S: その時点で、何を持ち、何を支払う予定かを見る表
FCF: 必要な支払いを終えたあと、自由に使える現金がどれだけ残るか
BEP: 赤字と黒字の境目
売上原価(COGS): 試合そのものに直接ひもづくコスト
売上総利益(粗利): 売上から直接コストを引いた残り
販売管理費(SG&A): 宣伝、会場運営、警備などの経費
営業利益: 本業としてこの興行がどれだけ儲かったか
純利益: 税金まで引いたあとに残る最終利益
価格差別化: 払える人には高く、広く来てほしい層には安く売る価格設計
消費者余剰: 本当はもっと払ってもいい人が得している分を、価格設計でどこまで取りにいくかという考え方


注記

・本稿は公開情報をもとにした推定モデルであり、
公式発表値ではありません
・正式なファイトマネー、放映権料、スポンサー総額、
国際配信契約の詳細は不明または要確認です
・PPV販売件数の公表値は2026年5月1日時点で確認できず、
本稿の 30万件 / 50万件 / 70万件 はシナリオ分析です
・5,539人 は強気の旧モデルで置いた理論BEPであり、
今回本文の保守モデルで採用している実務BEPは 約37,800人 です


ここまでで、この記事の結論と全体像は読めるようにしました。
ここから先は、「面白かった」で終わらせず、
自分の手で数字を動かして確かめたい人向けです。

たとえば、

  • PPVが50万件ではなく35万件だったら利益はどこまで薄くなるのか

  • メイン2選手報酬が上振れしたら、営業利益率はどこまで落ちるのか

  • このモデルは、他のボクシング興行や格闘技大会にも転用できるのか

こういうところまで踏み込みたい人のために、特典をまとめました。
有料部分では、
300円で本文の推定モデルを自分で検証できるようにしました。
PPV件数とファイトマネーを動かしながら、
この興行の損益構造をより立体的に読めます。

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