グローバリズムとバーテンダー。
少し前にキューバリブレについて書いた。
そこに載せた自店レシピを眺めていたらもう一つ皮肉が入るということに気がついた。
マイヤーズ原産国であるジャマイカはイングランドが旧宗主国。それをコーラと合わせる。
アメリカだって元はイングランドが旧宗主国だった。つまり、自由を謳歌する国、またそれを象徴する飲み物であるコーラもまた、かつての植民地で生まれたものだったのだ。
歴史とは弱肉強食、勝者のもの。
「勝てば官軍負ければ賊軍」を地でいく"ストーリー"だ。
アメリカは自らが植民地であったことなど都合よく忘れ-また時に都合よく思い出し-ている。
しかし、こういう視点からバックバーを眺めて見ると何とも言えない、やや暗澹とした気持ちになる。
各国で作られたスピリッツやウイスキー、リキュールは海を越えて各国のBARに並ぶ。
なら、その原料や労働力及び輸送はどうなっているのか?と、これを考え始めると穏やかな話ではなくなってくる。
まさに帝国主義を根底に敷いたグローバリズムの縮図と見えてくるからだ。
我ながらめんどくさい発見だと思うし、「これはまた意識高いことお話しされるんですね」と揶揄されそうではあるけど、思ってしまったものは仕方ない。
そして悲しいかな、BARはこの恩恵がなければ成り立たないし、バーテンダーはこれら無くして成り立たない職業である。
世界中で作られたボトルが世界中に流通し、世界中のBARに並ぶ。フルーツも、ミキサー(割材)も同様。果ては使っている器具でさえそうだ。
レシピに至っては過去約1世紀の間に世界各地のBARで生まれたものを基に作る。より原型を辿るならさらに1~2世紀くらい遡る事もある。
しかしこれらレシピをして「搾取だ!」などと言う気は毛頭ない。
けど、原型はともかく、いま知られているレシピもまた国境を越えて伝わっている。
誰が伝えたのか?
大多数は作る当人たち、つまりバーテンダーだろう。
ということは、もしかしたらバーテンダーも「輸出入品」に近いものだったのかも知れない。
禁酒法によってアメリカのバーテンダーたちは海を渡り、ヨーロッパでカクテルを広めた。
そして解禁され帰国した人間もいればその国に居続けたり他の国へ赴いた人間もいる。
こう考えるとバーテンダーは帝国主義…もとい、"グローバリズムの落とし子"という見立てができないだろうか。
材料と同時にヒトもまた交易的に世界を横断した。もちろんそこには皆、個人的な意志と意図があったはずだ。
まあ古くから交易をする人々はそうあったはずで、古くからこれを生業とした人々(=交易商人)なんてその典型だろう。
自国の文化やそれを帯びたモノを他国に売り込み、そしてその国の文化やモノを自国に持ち帰り往復することを商いとしていた。
そして、現代はそのスピードが比較にならないレベルで加速している。
インターネットのおかげでストーリーはもちろん、文脈も理論もレシピもさながらキメラのようだ。
あらゆる国で作られたあらゆるボトルやフルーツ、ミキサーが常備され、それらを元にカクテルを、スピリッツをグラスに注ぐ。
もし、これらをBARに届けるための手段が失われたら僕らバーテンダーはどうするのか。
今ならクラフトという錦の御旗の下、似たようなリキュールやウイスキーを作りサーブするのかも知れない。そしてそれは間違いなく可能だ。
でも、それも過去の知見があってこそ。
そして、それはグローバリズム無くしては存在し得ないモノだ。
ある本の帯に「この世界のありようは欲望の帰結だ」というコピーがあったが、まさにその通りだと思う。
できるだけ安価に、できるだけ質の良いものを、できるだけ早く、できるだけ多く欲しい。
帝国主義もグローバリズムも搾取の上に成り立っているように見える。名が変わっただけで思想は同じなんじゃないか?
そう考えると、その上に立ってしか仕事ができないバーテンダーという職業はなんとも業が深いものだと思うのだ。
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