【請求書】が上がってこない。
タイル左官職人の、つかっちゃん。
17、18年の付き合いになる。
本名、塚田孝吉さん。
顔はビートたけしに似てた(笑)。
気が小さくて静かなタイプだけど、面倒見がよくて、若い職人には優しかった。
初めて現場に入ってもらったときのこと、今でも覚えてる。
段取りが甘くて材料の搬入が遅れたことがあった。普通ならブチ切れられてもおかしくない場面だったのに、つかっちゃんは「しゃあない、しゃあない、待ってる間に下地の掃除でもしとくわ。」って、黙々と別の作業を始めてくれた。
あのとき、この人とは長く付き合えるなって、なんとなく思ったんだよね。
生涯独身を謳歌してて、現場が終わったらさっと一人で帰っていく。
飲みに誘っても、「明日も現場だから」ってやんわり断る。
でも年に一回くらい、忘年会の場では珍しくちょっと饒舌になって、パチンコの話とか、若い頃にやんちゃしてた話とか、聞いたことがあった。
家族の話は、あまりしなかったな。聞かなかったし、聞くもんじゃない気もしてた。
俺がからかっても、いつもニコニコしてた。
「しょうがねぇなこのガキ」くらいは思ってたかもしれないけど、怒った顔を一度も見たことがなかった。
ウチの現場一本になっていた
ここ数年は、年齢と体力のこともあって、つかっちゃんの現場はウチ一本だった。
本人は引退を考えてたみたいだけど、俺が引き止めた。
ずっと現場仕事してた人が急に引退して楽になると、気が抜けて体調崩すことがある。
それが心配で、「自分のペースでいいから、ウチの現場に入ってよ」って言ったんだよね。
つかっちゃんも同意してくれてた。
「そうなんだよね〜ボケて身体壊しても困るからな。そう言ってもらえて、現場やらせてもらえるなら、ありがたくやらせてもらうよ」って。
工程もつかっちゃんに合わせて組んで、つかっちゃんが入る日は出来る限り俺も現場に顔を出して、細かいところをカバーしてあげながら一緒にやってきたんだよね。
タイルを張るスピードは若い頃より落ちてたけど、仕上がりの丁寧さは変わらなかったな。
タイルメジの通り方とか、コーナーの納まりとか、他の職人が見ても「さすがだな」って言うくらい。
一ヶ月ほど前に会ったのが、最後だった
最後に会ったのは、訃報を知るひと月ほど前だった。
その日のつかっちゃん、いつもより断然顔色が良かった。
遠慮がちだけど明るい、いつもの感じで。
最近パチンコ行ってるのか、みたいなバカ話をして別れた。
今思えば、あのとき少し安心したんだよね。
ああ、元気そうだな、って。
それが最後だった。
請求書が、上がってこない
現場が終わっても、請求書が上がってこなかった。
締めに間に合わなかったのかな、と最初は思った。でも次の月になっても、来ない。
几帳面とは言えない人だったけど、請求書だけは毎回ちゃんと上げてきてた。それがつかっちゃんなりの、仕事に対するけじめだったんだと思う。それが上がってこない。
これは何かあったか?…と思って、電話した。
呼び出し音は鳴ってる。でも出ない。
病院かな。
タイミングが悪かっただけかな。
そう自分に言い聞かせた。
なぜ、その日 電話したか
正直に言うと、その日朝イチで電話したのには理由があってね。
夢に、つかっちゃんが出てきたんだよ。
布団に、眠るように安らかに寝てる姿。俺がその傍らで、黙って見守ってる。
目が覚めて、なんとも言えない気持ちになった。夢だから、と片付けようとしたけど、どうしても気になって。
迷わず、朝イチで電話してみた。
呼び出しは鳴った。
でも、出なかった。
そして…
折り返し電話が来た
昼前頃かな。
電話が鳴った。
着信を見ると、つかっちゃん。
ホッとした。
よかった、生きてた。
でもなぜか、出るのが怖かった。
気持ちを落ち着かせて、出た。
「塚田ですけど…、電話…もらいました?」
声が、違う。
つかっちゃんじゃない。
少し戸惑いながら確認すると、つかっちゃんのお兄さんだった。
その瞬間、悪い予感が的中したと悟った。
「孝吉は……弟は、亡くなりました…。」
一人で逝ってしまった
少し詳しく聞くと、孤独死だったらしい。
一人暮らしだったつかっちゃん、自宅で亡くなってた。
警察が入ったけど、亡くなった日付がはっきりとは分からないくらいだったって。
お兄さんもご遺体を見ていない。
警察が見せてくれなかったと。
すぐに火葬になったと。
それを聞いて、言葉が出なかった。
請求書を上げないまま、逝ってしまった。
今思えば、あのときが…顔色が良かったあの日が、最後になった。
ふと、気づいたこと
後からふと思ったんだけどね。
つかっちゃんが逝ったのはひと月ほど前くらいじゃないか…と、お兄さんが言っていた。
俺が胸騒ぎを覚えて朝イチで電話したあの日から逆算すると、ちょうど四十九日くらい経った頃に、お兄さんから折り返しが来たことになる。
四十九日って、あの世とこの世の境目がなくなる日、みたいな話を聞いたことがある。
つかっちゃんが、ちょうどそのタイミングで知らせに来てくれたんじゃないか。
夢の話も、あの朝の胸騒ぎも、全部繋がってくる気がして。
信じるかどうかは、知らないけど。
俺は、勝手に信じることにした。
生涯独身の職人が、遺したもの
つかっちゃんには、妻も子もいなかった。
だから、家族に囲まれて送られる人生ではなかったし、遺影の前で孫が泣くみたいな景色もなかった。
お兄さんが淡々と、事務的に知らせてくれただけ。
それが、正直言って寂しかった。
でもさ。つかっちゃんが遺したものが、ないわけじゃないんだよ。
俺が今まで見てきた現場のタイル、あの通った目地、あの丁寧なコーナーの納まり。
あれは全部、つかっちゃんの手が作ったもの。
何年経っても、あの家に住んでる人たちは気づかないかもしれないけど、そこにちゃんと残ってる。
毎回きっちり上げてきた請求書も、そう。
あれは、つかっちゃんが「俺はちゃんと仕事した」っていう、静かな証明だったんだと思う。
今回だけそれが上がってこなかった、その一点だけが、なんというか、痛い。
家族はいなかったかもしれないけど、17、18年、現場で一緒に仕事した俺がいる。
つかっちゃんのことを覚えてる若い職人もいる。それも、つかっちゃんが生きた証のひとつだと、俺は思うことにしてる。
気づけば、いなくなっている
つかっちゃんだけじゃない。
振り返ると、長く一緒にやってきた職人が、気づけばいなくなっている。
引退した人、廃業した人、体を壊した人。
そして、つかっちゃんみたいに、突然逝ってしまった人。
ビートたけし似の、静かな、ニコニコした職人が、一人減る。
それが、高齢化する建築現場の現実だと思う。
でもそれ以上に、つかっちゃんという一人の人間が、俺の記憶からはいなくならない。
それだけは、確かだと思う。
📖今日の現場用語
「四十九日(しじゅうくにち)」故人が亡くなってから49日目に行う仏教の法要。この日を境に、故人の魂があの世に旅立つとされる。現場ではあまり意識することはないが、職人の訃報に接するとふと思い出す節目。
💬今日の一言
請求書だけは、いつもちゃんと上げてくれてたんだよな。それが今回だけ、なかった。それが、一番胸に刺さってる。
