ドラゴンクエスト ー街道をゆくー ザクソン村の厳しい冬
ほんとうになにもない、ということ
おお ザクソン!
わたしは久しぶりにザクソンの詩的情景を味わいたいと、思いついたように旅の計画をはじめた。
以前訪れたのはいつだっただろうか。
書斎で旅の記録を見返しても、無精者はなかなか見つけられない。
そこで地下の埃っぽい書庫に降りて、丸一日、自分の記憶とも格闘しながらようやく見つけたのだった。
アレフガルド歴で数えて219年目 じつにラルスⅣ世の治世であった。
初めて訪れたとき、ザクソンはその鉱山の存在で、業界では知られていた。ザクソン鉱山自体はとても小さいのだが、ほかにない最高品位の鉄鉱石が取れるというのだ。ブルーメタルでさえ、稀に採れたかもしれない。
レイドックから2日かけてゲントへ。ザクソンはそこから山を越えるため、さらに4日は掛かる。
ゲントで宿を借りていた間、宿屋の主人にある話を聞いた。
ゲントでもザクソンとは若干の交流はあるとは言うものの、お互いによく知られた人嫌い同士。前回ザクソンから来た人が泊まったのは、6年は前だったという。
わたしは宿屋の庭先で、頑固なゲントの人々の顔を眺めながら、ザクソンのさらに偏屈な村民の顔を想像していた。
時を現在に戻す。
いま、ザクソンと聞いてどの村のことか分かる者はそう多くないだろう。その後ザクソン小鉱山は閉山し、ゲントとも交流が絶えて久しいと聞く。
私は今回は、モンストル山からのアプローチを考えていた。
それはゲントから山を越えるよりも時間はかかるのだが、起伏が少ないため、膝の悪くなった私にはちょうどいいと思ったのだ。
騒々しいモンストルの町を出て8日。
早朝から忘れ去られた森の中を歩いていて、はぐれメタルを見たとき、わたしはザクソンが近いとわかりほっとした。
午後をまわり、ザクソンについたときに思った。
ここには、なにもない。

絶望とはなにか
むかしばなしに戻る。
かつてのザクソン鋼を使えば、ほかにない防具を作ることができたという。
西のレイドック、東のアークボルト。
どちらの強国でもザクソン鋼で作られた防具の需要は非常に多く、しかしながらその土地柄なかなか手に入らないため、戦士たちのあこがれの存在だった。
ザクソン鋼とはおそらく、転炉によって独自の合金に仕上げられた物だろう。
そのころクラーク・エンデというひとりの防具職人がいた。
かれの工房には入門を希望する若者が幾人か集まり、鉱山と鍛冶の村は小さいなりに賑わっていた。
エンデがいなくなったのは突然だったという。
ある朝に弟子の一人が水を汲みにいったとき、村内を歩くエンデを見たという。
そのあと、村では大騒ぎになって昼夜を問わず捜索が続いた。
その5日目。エンデの愛犬シルバーが村外れの森のほうから、エンデの使っていたエプロンを咥えて帰ってきた。森のまものに襲われたに違いないと、村人はみなすすり泣いたらしい。
また、自分の目の前で消えたのだと証言する農民の男もいたそうだ。思うに彼はたぶん、村のみなが絶望し切ってしまわないよう、優しい嘘をつきたかったのではないだろうか。
しばらくして、ザクソン鉱山も枯渇して、閉山となった。

(写真提供:レイドック軍北方師団・山岳連隊)
クラーク・エンデと友人たち
エンデは高名で聞こえたので、彼の友人を当たって昔話を聞くことは難しいことではない。
テパのドン・モハメ氏は、若かりし頃からエンデと腕を競い合った仲だ。
まものから身を守るためには屈強な鎧が一番だというエンデに対して、モハメは当時既にみずのはごろもを構想しており、ブレスや呪文対策が将来より重要になってゆくと主張していたという。
鎧 vs ローブ論争それ自体は、現代の防具職人たちの間でも大きなテーマとして日々議論が交わされている。私はその嚆矢がエンデとモハメだと思っている。

(写真:個人蔵)

堅牢性を極限まで高めることに成功している。
半面、昨今の若手戦士が重要視する「かっこよさ」は、当時は顧みられることはなかった。
昨今では、堅牢性と呪文耐性を兼ね備えた「まほうの鎧」シリーズ、ブレス耐性を高めることに成功した「ドラゴン」シリーズも発売されている。
エンデとモハメに端を発した装備品の理想論は、これからもより高度な防具の開発のきっかけとなるであろう。
モハメは言う。己の置かれた自然環境が発明の父だったのだと。
エンデが目指したのは絶対的で不動の安心感ということだった。それは、彼の故郷であるザクソンの山々の雄大で厳しい環境が、彼に囁いていたのだろう。
海や川を見て育ったわたしが目指したのは、移ろい流れゆく自然をいかに装備品として表現するかだった。炎や氷などは、受け止めるのではなく受け流す、という発想もそこから得られた。

装備品にマジックパワーの概念をはじめて導入した。
彼以降、特殊効果付きの装備品の開発が世界中で始まった。
エンデの弟子の一人が南の海域にいる。
今回唯一聞けたこの情報を頼りに寒村を後にした私は、西ザクソンの小さな波止場に泊まっていた遠洋漁船に乗せてもらい、彼を訪ねてみた。
南の孤島に彼はいた。
聞けばエンデ亡き後、弟子たちはロンガデセオやライフコッドなどの地域に散りじりになったという。
親方がいなくなって、兄弟子の一人がロンガデセオに行こうと言い出しました。どうも旅の商人から仕事があると聞いたようでした。わたしはもとはアモールの出身なので、ああいう町は性に合わないと感じ、べつの数人で船で別の町を目指しました。
途中、ひとりはライフコッドに親戚がいるんだと言って、行ってしまいました。別の一人は、マウントスノーに伝説の剣を見に行くと言っていました。
いくつか立ち寄った町の防具屋は、どこもわたしにとっては物足りなかったので、仕立て屋をやることにしました。
時間も忘れて懸命に働いていたあるとき、変わったお客が来たことを今でも覚えています。青髪の若者で、ときどき装備品を持ってくるので、まあ少し顔なじみでした。
なにやらトルッカのイベントで使うんだとかいう話でした。
ある時その青髪の若者がまた来て、仕立てられるかと言って見せられたのは、盾でした。
紛れもなく、わたしはすぐに、親方の作ったものだと思いました。
私の頭は混乱しました。何が起こっているのか前後不覚になりました。
もちろん親方の作った盾はこの世にいくつかあります。でもあれは明らかに、作られたばかりのモノだったからです。
仕立て屋は盗品のようなものも扱うため、お客に出所を聞くのはご法度です。
普段は何も聞かないのですが、どうしても聞きたくなり「またトルッカですか?」と聞いたのですが、彼は「今度は違う」とだけ言っていました。
普段は明るいお客なのですが、その時は、顔が沈んでいて、なにか絶望したような雰囲気だったのを覚えています。
仕立て屋は怪しい仕事だと思われています。
未経験者が町の武器屋に就職すると、たいてい月500Gくらいは貰えますが、仕立て屋なら2000Gです。
うちは経験者しか採用しませんが、最近は未経験者の多い仕立て屋も増えて、粗悪な改造をする業者もあると聞きます。
ではなぜ続けるか。
わたしは、仕立て屋という仕事を通して、偉大な親方の過去の作品に出会えることを楽しみにしているのです。

おお!ザクソンよ!
エンデ亡きあと、老犬が佇むのみ。笑い声さえ忘れ、見放された寒村。
しかし子弟たちの物語は、いまも紡がれる。
彼らの魂は、師との記憶の炎で、なお鍛えられる。
寄稿者紹介

メルキド出身の冒険家
アレフガルド各地を歴訪して綴った紀行文『アレフガルド歴程』で
第1回ルビス・ノンフィクション大賞を受賞しデビュー
現在に至るまで精力的に執筆活動を続けている
ルビス賞選考委員会選考委員長 ラダトーム王国参与 メルキド市名誉市民
本誌の顧問でもある
