『ザ・マジックアワー』の中国版がぶっ飛んでたけど嫌いになれなかった話

一番好きな喜劇映画は?と聞かれたら間違いなく、三谷幸喜監督の映画『ザ・マジックアワー』と答えるだろう。

中学校に上がり演劇部に入部し、お芝居にのめり込んでいた私にとって、当時公開された『ザ・マジックアワー』は衝撃的だった。

この映画は、ギャングのボスの愛人に手を出して命の危機に陥った男(妻夫木聡)が、売れない三流役者(佐藤浩市)を「伝説の殺し屋」と思い込ませて難局を乗り切ろうとするドタバタを描いた三谷幸喜監督のコメディだ。沢山笑える喜劇である一方、作品全体に映画やお芝居を愛する人の切実な想いが散りばめられている。芝居好きの私からすると時々ほろっと泣いてしまう、心の琴線に触れる作品だった。

とにかく佐藤浩市さんのお芝居が素晴らしい。有名な、「殺し屋がナイフを舐めるシーン」のコミカルな演技も、売れない役者が例え嘘の映画であってもスクリーンに映し出された自分の映像を見て涙する演技も、心を揺さぶるものがあった。

あまりに感動した私は、『ザ・マジックアワー』のような物語を作りたい!と、演劇部の同期と脚本を書き始めた。マフィアの組織のボスと、殺し屋、スパイが登場する物語だ。仲間内で古典の授業中にこっそりノートを回してストーリーを組み立てて脚本を完成させ、翌年の学園祭で上演した。想像以上にウケが良く、一瞬学内で有名になったのはいい思い出だ。

先日、映画の企画の仕事をしている友人とランチをする機会があった。入社2年目にも関わらず鋭い視点でズバッとモノを言う彼に、私は「令和世代にもこんなトガってる頼もしい子がいるんだ、映画の未来は明るいな」と思っていた。

彼は2週間に一度、映画の企画書をプレゼンしまくる厳しい会議に出席しなければならないらしい。そのため寝る間を惜しんで、大量の本を速読しているという話をしてくれた。

「漫画や小説について企画を上げる時、映画化するにあたってこのキャラクターは不要とか、結末はこうした方がいいとか発表するんですけど、原作者はキャラクターも結末も、考えた上で最適だと思うものを作ってるわけで、それを僕が変えようとするとかおこがましい。どの立場で言ってるんだって思います。でも言わなきゃいけないんです。好きな作品ほど本当は手を加えたくない。」

いつも物怖じしない彼が、その瞬間はちょっと寂しそうにも見えた。私は「そうだよね〜。わたしも大好きな映画には何も手を加えたくない。」的な返しをしたと思う。あまり気の利いた返事ができなかった。

そういえば…。私は仕事の帰り道にふと、『ザ・マジックアワー』が中国でリメイクされて、大ヒットしたことを思い出した。タイトルは『トゥー・クール・トゥー・キル〜殺さない殺し屋〜』全然違う物語になっていそうだけれど、怖いもの見たさで興味が湧いてきた。Amazon prime videoで440円課金して、レンタルで観ることにした。

『トゥー・クール・トゥー・キル』は売れない役者が殺し屋を演じるという構造は同じだが、殺し屋がナイフを舐めるシーン以外は殆どが『ザ・マジックアワー』とは別物だった。私の好きなシーンがなくなっていたり、そこは違うだろ!とツッコミたくなるシーンが多々あったり、感情が忙しかった。終盤、主演俳優が大雨に打たれながら映画『雨に唄えば』のシーンを再現しだした時には「カオス!」と叫びながら頭を抱えた。

なんやかんや面白かったので最後まで見てしまった。「三谷さん、流石に怒るやろな。」なんて思いながらエンドロールを見ていると、主演俳優(殺し屋を演じる売れない役者役)のクランクアップの映像が流れた。大きな花束を抱えた彼は、目を真っ赤にして泣きながら、「僕にとって初めての主演映画です。」と本物の嬉し涙を流していた。原作ではベテランの有名どころ佐藤浩市が演じた「売れない役者」の役を、本当の新人俳優が演じていたのだ。


「…くっ……。嫌いじゃない。」


あんなに文句を言っていたのに、彼の晴々した泣き笑い顔を見ると、素直に「よかったな」と思った。

全然違う物語になってしまっていたし、『ザ・マジックアワー』の良さである「哀愁」が排除されてしまっていて、原作ファンとしては心を痛めたけど「お芝居が好き、映画が好き、面白いものを作りたい!」と言う気持ちだけは、海と文化を超えて伝わってきた。

私だって、中学時代『ザ・マジックアワー』に触発されて脚本を書いた1人であるが、気づけば「ダークファルコン」という殺し屋に「闇は俺の全てだった」から始まる長台詞を言わせるくらいトンデモ厨二病ストーリーを完成させてしまった。(でもこの劇は結構面白かった、ほんまやで)そもそも『ザ・マジックアワー』原案でもない全く違うストーリーだったけれど、『ザ・マジックアワー』を観て、「お芝居面白い!書きたい!」と思ってペンを走らせたのだ。

「誰かが作品を観て共感し、アクションを起こす」と言うことは素晴らしいことだ。

世に出す以上、原作者を傷つけてはいけないけれど、他の人が作った作品を翻案する(アレンジして別の作品を作ること。さすがビジネス著作権検定上級取得者!w)ということは、ファンアートやアンサーソングみたいなものなのかもしれない。つまり作品を観て受け取るメッセージも感じることも千差万別なわけで、翻案しているとはいえ、他人が作る作品は別物なのだから、いい意味でファンアートみたいなものでいいのではないかと思う。

翻案権(小説を映画化するなどの権利、著作権の一種)はあくまで、文化芸術の発展のために生まれた。沢山の人が新しい芸術を生み出すために、そして多くの人に届くように。そのために、最初に創作した人が傷つかないように、みんなが芸術をもっと楽しむために。

かの有名なシェイクスピアが書いた『ロミオとジュリエット』だって、実は原作者は別にいるのだ。

ただし忘れてはいけないのは、大事なのはあくまで、原作者が不快に感じていない、ということだ。モノマネ芸人が本人に公認されるみたいに認めてくれるかどうかだ。

私は『トゥー・クール・トゥー・キル』についての三谷さんのコメントを探した。

三谷幸喜さん「爆笑した。」

あ!OKなんや‼︎‼︎よかった‼︎‼︎心の広い方であることは間違いない。彼は楽しんでいた。いいじゃんいいじゃん。本当に良かった。

と、いうわけでオチはないのだが、『ザ・マジックアワー』は台湾でも舞台化が決まったわけだし、そろそろ日本でもやりたいところだ…

と、思ったけれど、我が演劇部の3学年下の後輩たちが10年以上前に舞台化していた。日本初演は彼女たちではないか?さすが我が母校演劇部。燃やせ!演劇魂。

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