キニーネはいずこ?あるいはマラリアの薬を巡るドラマ(大航海時代IVと現実)
ゲーム「大航海時代IV」におけるキニーネ
またしても大航海時代IVから現実のアレコレを探って行きたいと思います。今回のお題はキニーネ。マラリアの治療薬/予防薬(現在は予防薬としての使用はほとんどないようです)として、西欧列強諸国の熱帯地域進出に大きな影響のあった薬品です。
かつて僕がハマっていたゲーム「大航海時代IV(PS版)」に同じようにハマっている上の子。ヴェルデに辿りつきアフリカ初上陸となった時、現地ではマラリアが発生していたのか、キニーネが流行(不謹慎に聞こえるでしょうが、ゲーム的に需要が高まり価格が高騰するイベントを「流行」と称しているので)していたそうです。
「キニーネってどこで手に入る?」と聞かれ、僕もまだ攻略サイトを見ながら懐かしむ事を始める前でしたので「南米原産だから新大陸のどこかじゃない?」と答えました。
それから現実の時間もゲーム内の時間も経った頃、上の子から「キニーネ、東南アジアだったよ」と聞かされました。その頃には上の子とゲームの話をするうちに、攻略サイトなど見るようになっていましたので確認しますと、確かにキニーネを入手できる港はバタヴィアのみとなっています。南米原産は記憶違いだったかとWikipediaを確認すると、確かに南米の植物で間違いありません。
この背景には何があるのか気になってきました。
Wikipediaのキニーネの項目には薬としての内容しかありません。リンクを辿ってアカキナノキの項目を見ても、キニーネの原料になること、世界の侵略的外来種100に選ばれていることはわかりますが、栽培についての記述はほとんどなし。
キニーネにインドネシア、栽培、歴史などの検索語をつけて検索していくと、だんだん全体像が見えてきました。
まずキナ樹皮の薬効成分が単離され、キニーネと命名されたのが1820年、ジャワ島で栽培が始まったのは1850年代のことです。
大航海時代じゃないじゃないか!オーパーツになってるじゃないか!
気を取り直して、以下、キニーネの歴史を纏めます。
西洋人によるキナ皮の「発見」から、アジアへの移入まで
西洋人が南米にやって来た時には、キナノキの樹皮は既にインカ帝国などで解熱剤として利用されていました。ジャングルで迷い、更に高熱を出してしまった先住民が水溜りの水を飲んだところ、周囲のキナノキの成分でとても苦かった。毒を飲んでしまったかと思っていると、たちどころに熱が引き生還できた、という伝承が現地に残されているそうです。
キナノキの樹皮は日本薬局方にも昭和51年まで「キナ皮」として掲載されていたとのこと。ゲーム内の「キニーネ」も現代人にわかりやすい表現であって、扱われているのはキナ皮なのでしょう。
キナ皮がヨーロッパで知られるようになったきっかけとして、17世紀にペルー副王だったチンチョン伯爵の夫人が熱病に罹患したもののキナ皮を服用することで回復し、夫人は領民にキナ皮を配り、侍医はヨーロッパにキナ皮の薬効を広めた、というエピソードが残されています。これは実話ではないようですが、キナノキ属の学名Cinchonaはチンチョン伯爵に因んで命名されました。記載したのはリンネその人です。キナ皮はマラリアの特効薬と認識されるようになりました。
1820年にキナ皮の薬効成分が単離され、キニーネと名付けられます。恐ろしいマラリアから人々を救う治療薬は、同時に西洋人がアジアアフリカの熱帯地域に進出し支配するための武器にもなりました。
増加するキニーネの需要により、南米のキナノキが枯渇するようになると、熱帯地域に進出していた諸国は自国の植民地でキナノキの栽培を試みるようになります。キナノキの大規模な栽培に成功したのはオランダでした。1850年代からジャワ島でキナ皮の生産が開始されます。
1865年、ジョージ・レッジャーというイギリス人が、従来のキナノキ(アカキナノキ)よりも薬効成分の多いボリビアキナノキの種子を入手。レッジャーは最初母国であるイギリスに売り込もうとしますが拒否され、ボリビアキナノキの種子はオランダの手に渡ります。ジャンプに拒否されてマガジンで連載になった「進撃の巨人」を連想しました。
ボリビアキナノキは栽培の条件が厳しいため、アカキナノキに接ぎ木して栽培されるとのこと。
こうしてジャワ島は世界のキナ皮の9割以上を生産する大産地になります。時代はズレてますが、ゲーム内でキニーネを買い付けられる港がバタヴィアだけなのは、このあたりの事情が反映しているようですね。
インドなどのイギリス植民地では、マラリア予防のため炭酸水にキニーネを加えたトニックウォーターが飲まれるようになりましたが、キニーネの強烈な苦味が緩和されかえって嗜好品としての人気が生まれ、ジンとトニックウォーターのカクテルであるジントニックが生まれたそうです。ジントニックにライムが入るのは、壊血病予防のためイギリスの水兵さんたちにライムが支給されていたため、自然と飲み物に絞るのが習慣になったのだとか。
20世紀以降、現代まで
さて時計の針を更に進めて、太平洋戦争。日本は石油資源確保のため、ジャワ島を含むオランダ領東インドを占領。同時に世界の9割を超えるキニーネの大産地を手にしました。キニーネは同盟国との外交や占領地政策に活用されましたが、補給の途絶したソロモン諸島やニューギニア戦線では、せっかくのキニーネも戦場に届かず、多数のマラリアによる戦病死者を出しました。
一方、キニーネの原料を入手できなくなった連合国側では再び南米の産地にキナ皮を求めるとともに、合成マラリア薬の研究を進めました。戦後には世界中でこの合成マラリア薬を用いてマラリア対策が取られますが、耐性を持ったマラリア原虫の出現を呼び、再びキニーネがマラリア薬として使われるようになります。
現代ではヨモギ属のアルテミシア(クソニンジンという凄い和名がついています)から抽出されたアルテミシニンの効果が認められ、アルテミシニン誘導体であるアルテミスネートがマラリアの第1選択薬となっています。しかしこのアルテミスネートへの耐性を持ったマラリア原虫も既に確認されています。キニーネは副作用や、治療薬としては投与に厳密さが求められるなどの短所がありながらも、安価で入手しやすい薬剤として、またアルテミスネートの有効性が確認できない場合の代替として、今もマラリアから人々を救い続けています。
最後に
ゲーム「大航海時代IV」に登場する港や交易品を深掘りしていくシリーズも5記事めとなります。ご興味があれば「#大航海時代IVと周辺の知識」で辿っていただければ嬉しいです。
今回はお手軽に利用できる参考サイトがなく、アレコレ検索しただけでなく、AIも使ってみました。と言ってもAIが出力した文章をそのまま自分の記事に組み込むほど割り切ることはできてません。検索した時のAIによる概要や、Geminiに質問した時に参考サイトが表示されるので、そちらを辿る方が単純に検索するより効率が良い、という使い方です。
ただこのやり方だと、ピックアップされるサイトが多く、かつ専門的なサイトも多くて読み込むのに時間がかかります。この1週間は元々僅かな空き時間のほとんどをキニーネに費やし、寝ても覚めてもキニーネのことを考えている、という状態でした。一部は参考サイトとしてリンクを貼りましたが、他に読んだけど記事に反映されなかったサイトも多数。薬学とは独立した「薬史学」なんてジャンルにちゃんと学会があるのも初めて知りました。
下調べに従って文章量も増え、僕の記事としては珍しく小見出しがつきました。労力に見合うだけ、楽しんでいただける文章になっていることを願っています。
落ち着いたら図書館の本でも色々調べて、更にブラッシュアップできたらいいなと思っています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。本業のサイトもご覧いただければ幸いです。
主な参考サイト
建設進む南方の産業(NHKアーカイブス、昭和17年のニュース)
チンチョン伯爵夫人とキナ渡来伝説 pdf
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