未来疲れの正体
疲れの原因を探すとき、人は過去を振り返る。
今週は忙しかった、あの案件が大変だった、と。だが、その疲労の請求元は過去ではないかもしれない。まだ起きていないこと——来月の面談、老後の資金、起こるかもしれない破局——のために、あなたの体はすでに今日、働かされている。
人間は未来からも疲れさせられる、地球上でほぼ唯一の動物なのだ。
神経科学者ロバート・サポルスキーの名著のタイトルが、すべてを言い当てている。
『なぜシマウマは胃潰瘍にならないか』
シマウマはライオンに追われる瞬間だけストレス反応を起こし、逃げ切れば即座に平常へ戻る。ところが人間は、まだ現れてもいないライオンを想像するだけで、実物に襲われたときとほぼ同じストレスホルモンを分泌できてしまう。
想像力という進化の傑作は、同時に、体に架空の請求書を回し続ける装置でもある。
神経内分泌学者ブルース・マキューアンは、この慢性的な先取りストレスが体を静かに削っていく蓄積を「アロスタティック負荷」と呼んだ。
心配は無料に見えて、血管と免疫で分割払いされているのである。
しかも、この前払いのほとんどは払い損に終わる。
ペンシルベニア州立大学のラフレニエとニューマンは二〇二〇年、不安症の人々に心配事を逐一記録させ、その後の現実と照合するという身も蓋もない研究を行った。
結果、心配したことの九割以上は実際には起こらなかった。
さらに心理学者トマス・ボルコヴェックの一連の研究は、より意地の悪い事実を明らかにしている。
心配とは準備ではなく回避なのだ。言葉でぐるぐる考えている間、感情を伴う生々しいイメージは遠ざけられるため、一時的に楽になる。この小さな安堵が報酬となって、心配はやめられなくなる。
つまり心配性とは「効かない薬を、飲むと少し落ち着くという理由で飲み続けている状態」に近い。
では、誰がこの未来の前払いを多く払わされているのか。
考えてみてほしい。
夜道で帰宅ルートを二本ほど頭に入れておく人。
キャリアの計画に、昇進だけでなく妊娠と介護のタイムリミットを同時に組み込まなければならない人。
「もしものとき」の段取りを、家族の中で一人だけ常時シミュレーションしている人。
未来への警戒は個人の性格である前に、置かれた環境が要求する常駐アプリである。危険や責任が偏って配分されていれば、先取りストレスも偏って配分される。
「心配しすぎだよ」と笑う人は、たいてい心配を外注できている側なのだね。しかも厄介なことに、この警戒は的中しないことで「ほら、大丈夫だったじゃないか」と事後に無能扱いされる。保険料を払った人が、事故が起きなかったことを責められる筋合いはないのだが。
対策は、未来を考えないことではない。考え方の帳簿を変えることだ。
第一に、心配と計画を仕分けする。ボルコヴェックらが用いた「心配時間」の技法は単純で、心配は一日のうち決めた三十分に集約し、それ以外の時間に浮かんだら書き留めて先送りする。
脳は意外なほど素直に、この営業時間に従う。
第二に、心配が浮かんだら「今日できる行動は一つでもあるか」と問う。
あるなら小さく実行し、ないならその案件は今日の管轄外である。管轄外の業務に残業代なしで対応する義務はない。
未来は必ず来るが、あなたが想像した形ではまず来ない。
九割空振りの予測に体力を前払いするのは、投資としては最低の部類だろう。備えは掛け捨て保険くらいでちょうどいい。
保険料を払いすぎて今日が破産するなら、守っているのは未来ではなく、心配という習慣そのものである。
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