見出し画像

感情の残業

 残業とは、会社に居残ることだと思っている人は幸せである。
 本当の残業は、退勤後に始まる。
 布団の中で今日の会議を再生し、あの一言を言い返せなかった自分を責め、明日の相手の機嫌を先回りして予測する——タイムカードはとっくに切られているのに、感情だけがオフィスに居残って働き続けている。しかもこの残業、一円も支払われない。

 心理学はこの現象に、ちゃんと名前をつけている。
 リトアニアの心理学者ブルーマ・ツァイガルニクは一九二七年、人は完了した課題よりも中断された課題のほうをよく覚えていることを実験で示した。
 ツァイガルニク効果である。脳は「未完了」に印をつけ、勝手に処理を続けようとする。解決しなかった口論、返しそびれた謝罪、宙に浮いたままの人間関係。それらはすべて「中断された課題」として脳内の作業台に置かれっぱなしになり、夜中でも勝手に電源が入るのだ。

 この夜間稼働が体を蝕むことも、すでに実証されている。
 ドイツの産業心理学者ザビーネ・ゾンネンタークは、勤務後に仕事から心理的に離れられるかどうか——「心理的ディタッチメント」——が、翌日の活力や長期的な健康を左右することを一連の研究で示した。
 興味深いのは、労働時間の長さそのものより、頭の中で仕事を反芻し続けることのほうが疲労と強く結びつくという点である。
 つまり定時で帰っても、感情が残業していれば長時間労働と変わらない。倒れる人はしばしば「あんなに休んでいたのに」と言われるが、休んでいたのは体だけだったのだろう。

 では、誰がいちばん感情の残業をさせられているのか。

 ここに構造がある。人類学者ミカエラ・ディ・レオナルドは、親族の誕生日を覚え、贈り物を手配し、親戚づきあいの摩擦を調停する見えない仕事を「キン・ワーク(親族労働)」と名づけた。近年の研究では、家庭内の段取りと気配りの総量は「メンタル・ロード」と呼ばれ、その配分が著しく偏っていることが繰り返し報告されている。厄介なのは、この仕事に終業時刻が存在しないことだ。義母の機嫌も、子どもの友人関係も、夫婦の空気も「完了」の判定が永遠に出ない。
 ツァイガルニク効果の観点から言えば、これは中断され続ける課題を無限に抱え込む設計であり、脳は永久に残業を命じられる。
 担当者が疲れ果てるのは、能力の問題ではなく勤務体系の問題なのだ。

 処方箋は、根性ではなく事務処理である。
 第一に、未完了を紙の上で「仮完了」させること。
 心理学者ロイ・バウマイスターらの実験では、やり残した課題について具体的な実行計画を書き出すだけで、ツァイガルニク効果による侵入思考が減ることが示された。
 脳は「解決」ではなく「引き継ぎ書」があれば作業台から下ろしてくれる。今夜考えても答えの出ない案件は「いつ・何をするか」を一行書いて店じまいすればいい。
 第二に、他人の感情という案件を、そもそも自分の作業台に載せないこと。相手の機嫌は相手の業務である。それを先回りして引き取るのは、親切ではなく無断の業務代行だ。代行料は請求できず、感謝もされず、しかも一度引き受ければ恒久的に自分の担当にされる。

 感情の残業は、美徳の顔をしてやってくる。
 「気がつく人」「よく見ている人」と褒められながら、あなたの夜は削られていく。
 だが褒め言葉は賃金ではない。
 誰の心配を今夜の作業台に載せるかは、あなたが決めていい経費項目である。

 サービス残業を断れない会社は辞めろと言われる時代に、自分の頭の中でだけ、それを続ける理由はないだろう。


帰って来た #逆説から考える生きることシリーズ
#人生はだから面白いシリーズ
#オーディオブック #聞く読書 #音読 #朗読 #耳活
#仕事での気づき

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集