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雷神トールの武器を追ったら、Bluetoothの名にたどり着いた。

雷神が朝起きたら、手が空っぽだった

北欧神話の雷神トールと聞けば、まず浮かぶのはハンマーだろう。名前はミョルニル。空を裂く雷と、巨人を打ち倒す腕力。いかにも「持っているだけで話が早い」道具である。

ただ、北欧神話は一冊の設定集ではない。中世に書き留められた詩や散文がいくつもあり、同じ神でも場面や細部がずれる。だから今回は「トールとはこういう神だ」と一枚絵を作るより、資料の中でミョルニルがどこへ運ばれ、何のそばに置かれるのかを追ってみたい。

すると最初から、こちらの予想が外れる。

『スリュムの歌』は、その最強武器が寝ているあいだに盗まれるところから始まる。朝、目を覚ましたトールの手元にミョルニルがない。探しに出たロキが突き止めると、隠したのは巨人スリュム。返す条件は、女神フレイヤを花嫁として連れてくることだった。

もちろんフレイヤは拒む。そこで神々が考えた策が妙に大胆だ。トール自身を花嫁の姿にして、ロキを侍女役として巨人の館へ送り込む。

計画は服装までは整っていた。問題は中身である。宴席に着いた「花嫁」は、牛一頭と鮭八匹を食べ、酒も驚くほど飲む。スリュムが不審がるたび、ロキが「フレイヤは巨人の国へ来るのが楽しみで、八日も食べていなかった」と取り繕う。顔をのぞこうとすれば、今度はトールの目が燃えるように見える。するとロキは「八日も眠っていなかったから」と、またその場で話を縫い合わせる。

腕力の神が、ロキの話術にかなり助けられている。 ここで既に、いつもの「強いトール」から少しずれてくる。

そして、もっと妙なことが起きる。

最強武器は「振る」前に、膝へ置かれる

宴の終盤、スリュムは婚礼を成立させるためにミョルニルを持ってこさせる。『スリュムの歌』では、ハンマーを花嫁の膝に置き、祝福するよう命じる。

トールが最強武器を取り戻す決定的な瞬間は、戦場ではない。ミョルニルが花嫁の膝に静かに置かれた瞬間なのだ。

もちろん、この詩の一場面だけから「当時の北欧の婚礼では、誰もが同じようにハンマーを使った」とまでは言えない。神話の物語と、実際の社会の儀礼は分けて考えたほうが安全だ。

それでも、詩の中での役目は見逃せない。敵を殴るはずのハンマーが、ここでは婚礼を祝福する位置に運ばれる。そして膝に来た途端、トールの手へ戻り、物語は一気に反転する。

ここで気になった。ミョルニルは、振り下ろされる時より「置かれる時」のほうが、正体を増やしていないだろうか。

別の資料を見ると、その違和感はさらに大きくなる。

葬送では、ハンマーが火のそばで静かになる

スノッリ・ストゥルルソンがまとめた『散文のエッダ』には、光の神バルドルの葬送が描かれる。遺体を船に載せて火葬の場が整えられたとき、トールはミョルニルでその場を清める。

婚礼では膝の上。葬送では火のそば。

この二つは別の作品の場面であり、同じ儀礼の証拠として一本につなぐことはできない。けれど、少なくとも物語の中のミョルニルは、戦闘の外へ何度も出てくる。 「破壊する道具」という一枚絵だけでは収まりが悪くなる。

しかも、次の場面はもっと不思議だ。火葬の場から、今度は夕食の後片づけへ移る。

雷神のハンマーが、食べ終えた骨のそばに置かれるのである。

夕食の骨は、翌朝また歩き出す

『散文のエッダ』では、トールは旅の途中で自分の車を引く二頭の山羊を屠り、煮て食事にする。ただし家の者たちには、骨を割らず、皮の上へまとめておくように言う。

食卓を思い浮かべると、急に神話が台所へ近づく。肉を食べ終え、残った骨を一か所へ集める。ところが家の少年シャールヴィは、骨髄を食べるために腿の骨を割ってしまう。

翌朝、トールはミョルニルを取り、山羊の皮と骨を清める。すると二頭は立ち上がる。ここだけなら「さすが神話、完全復活」と言いたくなる。

でも、一頭は後ろ脚を引きずっていた。割られた腿骨の痕跡が残っている。

戻ったのに、元通りではない。

この小さな片脚の違和感が、妙に残る。この物語で起きる「戻る」は、傷をなかったことにはしない。朝になれば山羊はまた立つ。けれど、前夜に割られた一本の骨は、翌朝の歩き方まで変えている。

そしてトール自身も、ハンマー一本だけで完成しているわけではない。『散文のエッダ』は、ミョルニルに加えて、力を増す帯と鉄の手袋を大切な装備として挙げる。最強武器の話をしていたはずが、いつの間にか「握る手」や「支える身体」まで必要になってくる。

さらに『グリームニルの歌』では、トールの館ビルスキールニルは五百四十の部屋を持つと歌われる。雷鳴の向こう側に、ずいぶん部屋数の多い「帰る場所」まである。神話は、こちらが思っているより生活感を捨ててくれない。

牛の頭を餌にすると、海から世界が釣れる

とはいえ、破壊のハンマーが消えたわけではない。むしろ次の話では、こちらの予想を盛大に取り戻してくる。

トールが巨人ヒュミルと海へ出る物語では、餌に使うのが牛の頭だ。釣り針に牛の頭をつけ、深い海へ沈める。そこへ食いつくのが、世界を取り巻く大蛇ヨルムンガンドである。

釣り針、船べり、餌。手つきだけ見れば漁の風景なのに、釣れてくる相手の尺度だけがおかしい。日常の釣りが、そのまま宇宙規模の怪物との対面へ開く。

散文の物語では、トールは脚を船底へ踏み抜くほど踏ん張り、大蛇を引き上げ、ミョルニルを構える。『ヒュミルの歌』と散文では細部や結末の語り方が同じではないので、一つの「公式映像」にまとめるのは避けたい。それでも、牛の頭を餌にして世界蛇を釣るという組み合わせだけで十分に強い。

ここまで来ると、ミョルニルは忙しい。花嫁の膝、葬送の火、山羊の骨、世界蛇の前。置かれる場所が変わるたび、同じハンマーの仕事が変わって見える。

では、この巨大な神話の武器は、人間の世界ではどのくらいの大きさになったのだろう。

巨大なハンマーは、胸元まで小さくなる

考古資料には、トールのハンマーをかたどった小さな装身具が残っている。神話では巨人が恐れる武器が、現実の出土品では人の身体の近くへ来る。首から下げられるほどの大きさまで縮む。

ここでは注意も必要だ。ハンマー形の品を身につけた人が、何を信じ、何に反発し、どんな気持ちで選んだのか。形だけから一人ひとりの心の中までは読めない。

それでも物そのものは残る。巨大な武器の形が、小さな金属になって胸元で揺れた。

さらにデンマークのトレンドで見つかった石鹸石の鋳型を見ると、話はもう一段おもしろくなる。その一つの型には、二つの十字架と、一つのトール・ハンマーを作れるくぼみがある。

一枚の石に、十字架二つとハンマー一つ。

デンマーク国立博物館が示すように、キリスト教の影響はハラルド・ブルートゥース王がキリスト教化を公式に示す以前から存在していた。だから、この鋳型を「古い信仰と新しい信仰が、ある朝きれいに交代した証拠」と読むのも乱暴だろう。まして「この職人は両方を信じていた」「客は反抗の印としてハンマーを選んだ」と、石だけから一人ひとりの気持ちまで決めることはできない。

石が確かに見せてくれるのは、もっと素朴なことだ。同じ鋳型の上に、異なる形が並んでいる。

そして、このあたりで千年前のデンマークから、突然スマートフォンへ一本だけ線が伸びる。

Bluetoothの印を見ると、千年前の王がいる

デンマークのキリスト教化を語るとき、ハラルド・ブルートゥース王の名が出てくる。国立博物館によれば、彼はおよそ965年にイェリングの大きなルーン石を建て、その銘文は彼がデンマークをまとめ、デンマーク人をキリスト教徒にしたことを記している。

この「Bluetooth」、聞き覚えがありすぎる。

スマートフォンやイヤホンをつなぐBluetoothという技術名は、実際にこのハラルド・ブルートゥース王から取られた。Bluetooth SIGの公式説明では、1996年に短距離無線技術の仮のコードネームとして提案され、そのまま定着した。しかも、あの青いロゴは、ハラルドの頭文字HとBに対応する、若いフサルクと呼ばれるルーン文字体系の二文字を組み合わせた図案である。

千年前の王の異名が、ポケットの中で今日も光っている。ここは、思わず誰かに言いたくなる。

ただし、Bluetooth技術がトールのハンマーから生まれたわけではないし、ハラルド王がトレンドの鋳型を作らせたと確認できるわけでもない。ここは一本の因果ではなく、同じ時代のデンマークを追っていたら、現代の身近な名前へ道が開いたという短い寄り道だ。

スマホから視線を戻すと、残っているのはやはり石の三つのくぼみだ。十字架、十字架、ハンマー。石は説明しすぎない。それでも、変化の途中に複数の形が置かれていたことだけは、静かに残している。

ハンマーを振る音より、置かれる重さ

最初は、トールの強さを知りたいだけだった。雷神の武器なら、どれほど強く殴れるのかを追えばいいと思っていた。

けれど、ミョルニルを追っていると、記憶に残ったのは打撃音だけではなかった。

花嫁の膝へ置かれる。火葬の場を清める。食べ終えた山羊の骨のそばで、翌朝もう一度命を立ち上がらせる。世界蛇の前では振り上げられ、現実の出土品では胸元に収まり、石の鋳型では十字架の隣の小さなくぼみになる。

同じ形が、置かれる場所によって急に違って見える。

だから次にトールのハンマーを見かけたら、雷より先に、ほんの少しだけ重さを想像してしまいそうだ。

戦場ではなく、花嫁の膝に置かれたときの重さを。



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