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元日はカネを使うな!?

年始といえば、初詣。初詣にハマっていた頃もあったなぁとしみじみ。かつては0時ジャストに並んでたこともあったけど、さすがにもうやろうと思わない。

私が小さい頃、初詣は1月2日と決まっていた。詳細は不明だが、少なくとも親の若い頃には多くの店が開いていなかったということもあってだろうか、1月1日にカネを使うのは宜しくない、という謎の習慣があったようだ。

従って、1日は特に何もすること無くダラダラ過ごす。2日になって初詣をして、そこから親の実家へご挨拶の掛け持ちというのが恒例行事となっていた。

私が小学生の頃、まだ茅葺き屋根で年季の入った家だった父方の祖母の家は山奥にあり、今でこそ「ポツンと一軒家」なんていうテレビ番組があるが、そこに出るんじゃないかレベルのところに存在していた。

当時から運動が苦手だった私が、道なき道を進み(少々大袈裟)、徒歩でえっちらえっちら山を登っていくようなところにある祖母の家に行くのはとても嫌だった。

周囲が山に囲まれているから夜間は薄暗く、正月だから夜も早いし空気が澄んでとしている。お手洗いが屋外にあるような、そんな自然豊かな場所にある祖母の家だから、まあビックリするほどテレビが映らない。

今ではとても考えられないが、NHKしかられないような場所が存在していた。当時は読書習慣もなく、テレビっ子私が、まだまだ地味なNHKの番組に耐えられなかった、というのも理由のひとつだろう。

周囲には商店はおろか人家すらも無かったから、何もする事が無い。まだインターネットの無い頃のお話。上述のとおりテレビもNHKだけだし、テレビゲームも無い。小学生の私には退屈なんてもんじゃないほどの退屈。

子どもが遊ぶモノすらもないような場所だったこともあって、私は時々火をしては怒られ、なんで年始早々、わざわざ退屈すぎるほどのところに行かなければならないのだ、と思ったものである。

※「わすら」=茨城弁で「いたずら」のこと

そんな習慣が劇的に変わったのは、私が都会に出てから。初売りと称して普通に正月から開いてる店もあるから、正月の静けさとともに、元日にカネを使わない習慣など、すっかり遙か彼方へ行ってしまった。

決して田舎暮らしをしたいとは思わないが、時は過ぎ、派手さを追求することは無くなった。「まわるまわるよ 時代はまわる」…否、私が年を重ねた証拠だろうか。

賽銭すらも使わない謎ルールは一体何だったのだろうか。お恥ずかしいことではあるのだが、まあ恐らくは根っからの博打打ちで家を潰した、道楽を戒めるためのウチのローカルルール、だったのだろうと私は思っている。

追記。コメント欄に書きのたね@ブルボンヌ💫さんから、

一年の起点となる日にやったことはその行為が拡大して行くというか、フラクタル現象※になると昔の方たちはよくご存じだったんですよ。だから、元旦にあくせく働いたりとか浪費とかはしないでゆったり過ごしたんだと思います

コメント欄より引用しました

と頂きました。どうやらローカルルールでは無かったようです。だがしかし!たねさんへのコメント欄にも書きましたが、血を争えない私の父は、酒とパチンコに財産を溶かしてしまいました。おあとがよろしいようで。

※フラクタル現象=「全体と一部が相似な形(自己相似性)を繰り返す構造のこと」。つまり、同じことが繰り返されるという意味のようです

ヘッダは茨城県鹿嶋市にある鹿島神宮の参道。2025年1月上旬撮影。

#紅白記事合戦2025
#年始のエッセイ
#期間外なのでカウントしないでね
#罪滅ぼしでんふふ

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