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#ルロウの社界録|悪魔が逃げ出したブラック企業の話。

毎年どこかのタイミングで、俺の左手、人差し指の指先の皮が、
うすーく捲れてくる。
痛くもかゆくもないけど、うすーく捲れて、剥けて、終わる。
爬虫類の脱皮みたいになる。

剥けたあとはツルンとキレイになるが、よく見ると、白っぽい傷跡がある。

あ、今年も完了(?)したな。と見届けたところで、あれ、こんなになりはじめたのっていつからだっけ?と思った。

……そうだ。
俺が魔界から人間界に出て、初めて就いた仕事で負傷してからだ。

今回は、俺が昔就いてしまったブラック企業のお話である。
昔の俺を成仏させるために書いているようなものだし、今となっては笑い話になりつつあるので、軽く読み流してください。笑
昔話なので、ちょっと長いぞ。

※俺がケガするので、ちょっと痛いシーンが出てくるぞ。お気をつけ!
※大丈夫とは思うが…特定を避けるため、一部フィクションが含まれている 
 ぞ。信じるか信じないかは、あなた次第だ。まあ9割実体験だが。




人間界で初めての仕事

当時の俺は、人間の学生に化けるのも飽き、そろそろ社会経験するか、と思っていた。
元々美術が好きだったので、「好き」を仕事にできたなら素敵だなと思い、その方向で仕事を探しはじめた。

魔界とは勝手が違うので、勇気のいることだったが、一度は経験!と思って、やるだけやってみることにした。

極小のデザイン事務所

しばらくして、ここいいかも?と思えるところが見つかった。
町の小さなデザイン事務所だった。
面接のため連絡すると、即OKが出た。

事務所は小さな繁華街のそばにあり、雑居ビルの中にひっそりと入っていた。事務所内は小さいが明るく、整ってるなーと思った。
ただ、社員は3人しかいなかった。

・社長♀
 小柄でチャーミングな女社長。表裏が激しい。なんかわからんが、直感で
 「ヤマネコみたいだ」と思った覚えがある。ヘビースモーカー。
・部長♂
 大柄で松崎し〇るさんのように黒々としている。例えるならゴリラ。
 パワハラ、モラハラ、ノンデリの3拍子。ヘビースモーカー。
・先輩♂
 ロン毛で暗い。常に疲れている。蚊の鳴くような声で話す。
 基本的な挨拶のみでしか声を聞かない。猫好きらしい。

面接したその場で採用が決まり、翌日から勤務した。
俺が担当したのは自社製品の雑貨のデザインだった。
はじめのうちこそまだ優しかったものの、勤務数か月で本性が見え始める。

日・祝休みだと聞いていたが、自社製品の物販のため地域のイベントに参加するので、開催日が日・祝に被ると休日返上することになる。なお振替で休みを取ることはない。(ひどいときは月に休みが2日ほどしかなかった)
残業も、どれだけやっても上限5,000円(なぜだろう…)。
キレるとヒステリックになり、まさにネコのように喚き散らす社長。
それに呼応するように大声で吠える部長(ドラミング)。
慣れ切ってしまっているのか、石のように動かない先輩。

あとなんか知らんけど、毎月給料日には、給与明細を社長から直々に受け取り、一人ずつ「ありがとうございます!!」と深々と頭を下げ、社長からありがたいお言葉を頂戴するという謎の儀式があった。
この時の社長の満足そうな笑顔が気色悪くて忘れられない。

社内の空気が、実は地獄だったことをひしひしと感じていた。

俺が在籍していたのは1年と少しだったが、
その間にも入れ替わり立ち代わり新入社員が来たものの、
全員辞めていった。8人くらいだったかな。

ゴリラ部長とコンビを組んだ(ゴリラ部長しかいないのだから組まざるを得ない)営業の男性は、3日で来なくなった。
案件取らなきゃ!と社長が意気込んで人手を増やすため、どこから来たのか
テレアポ要員として加わったマダムは1日でとんだ。

社員が少なかったのはこういうことか…と妙に納得した。

労働条件も空気も悪く、人が続かないのである。
(なんなら詐欺求人かも。)

なんかもう退職したら勝ちみたいになっていた。

しかも、社長と部長はこんな状況を改善する気がないらしかった。
1人辞めると、退職者が使っていた机を片付けながら、ぼそっと
いうのである。

「まあ、しょせん駒だし。次よ次」

…社長なりに、前を向こうとされていたのかもしれないが、
言葉は選ぶべきだろうし…ましてや口に出して言うことではないだろうと
内心ギョッとしたものである。


案の定、在籍して1年が経とうとする頃には、俺の脳内にも
「退職」の文字が浮かび始めていた。

人間に、悪魔の魔力が吸い取られていく………。


パワハラ部長の地獄オペ

退職を決意する後押しになった出来事がある。

事務所で作業をしていた時である。
カッターを使っていたのだが、うっかり左手の人差し指を切ってしまった。

これが結構勢いよくやってしまい、指先の皮膚がぱっと飛んだ。
5mmほどの塊がぴょーんと飛んでったのが見えた。
やばい!やってしまった!と思った。

「いッて」

あちゃー久しぶりにやっちまったわ、と思って傷口を見ると、
想像以上に血があふれ出た。

いかん!!手元の資料が汚れる!!と思って、反射的に血の出る指先を咥えた。わりと血が飲めるほど出てきてビビったのを覚えている。

口元と服に少し血がついてしまっていた。
しかし口から指を出すと、血でさらに周りが汚れる。
これじゃ自分から出る血を飲み続ける永久機関じゃないかと思っていると、異変を察知した先輩がやってきて、俺のありさまを見た途端ン~~~!!と声にならない声を上げて社長を呼びに行った。先輩が大声を上げた貴重な瞬間である。

社長も来て、わー!!救急箱!!とすぐデスクに飛んで行った。
俺は指を咥えて見ているしかできない。物理的に。

「大丈夫か!今すぐ止血してやるからな」

騒ぎを聞きつけ、奥の部屋から部長がやってきた。
傷口を見せろというので、口から指を出す。
ぼたぼた垂れる血を見て、おお!?と驚いたが、すぐに手を上に上げとけ、手当したるからちょっと待てよ、と言葉をかけてくれた。
結構頼もしかった。


これが地獄のオペのはじまりである。


部長は自分のデスクに座り、社長から救急箱を受け取って中をガサゴソと漁る。包帯、絆創膏…とおなじみのアイテムを出して、並べていく。
と、それに加えてなぜか自分のスーツの胸ポケットからタバコを取り出す。

え?なんで?と思いながら見ていると、タバコの1本を、ティッシュの上でほぐしだした。タバコの葉を取り出しているようだ。

「よっしゃ、止血するぞ。おいで」

部長に言われ、デスクのところまで歩み寄る。
まさか、と思ったときには、部長は俺の手をがっしりと掴み、血がしたたる傷口へと、まるでお焼香のようにタバコの葉を振りかけた。

痛ッッッッッッッてえ~~~~!!!!!


なんかわからんけどしみる!!メッチャしみる!!!


「ッああああ…!!」

気づいたら声が漏れていた。
反射的に手を振りほどこうとしてしまうが、部長の手は俺の手首をしっかりと捕まえており、抵抗できない。

そばで見ている社長は、悶絶する俺を見て笑っている。
先輩は、ドン引きして固まっていた。

痛みが最高潮に達すると、自然と声って出るものなんだなあ。
ドン引きしていた先輩の顔が忘れられない。
もしかしたら、痛みのあまり変化が解けてしまい、オオカミの耳だか尻尾だかが出てしまってたのを、見られたのかもしれない。

タバコの葉と、絆創膏と、ガーゼと…その上から指サックと輪ゴム。
部長オリジナルの治療を施された俺の指は、無事止血された。
ただきつく縛られすぎて、指先の色が変わってきていた。
部長は、満足げに鼻息を荒くして、嬉しそうに俺の指を見ていた。

帰り道、駅のトイレで、部長に縛られた指を解放して、
まとわりつくタバコの葉を洗い流した。

タバコの葉は確かに俺の血を吸って、少なからず止血の役割は果たしていたようだが、大方除去してもしばらくジャリジャリしていたし、かさぶたにまで混じっていたので、非常に不快だった。


…後にわかったことだが、タバコの葉で止血するというのは
確かに効果があり、止血・消毒効果があるらしい。
ただし、加工前のタバコの葉に限るとのことだ。

あの真っ黒ゴリラ、まだ許してねえからな。



…え、今更ですけどこれって労災いけたパターンですか?



ヤマネコ社長の圧迫面接

地獄オペのあともなんとか勤務していたが、ひどい風邪を引いたり、目に見えて体調を崩すことが増えた。先輩も同様である。

デザイン部署(笑)は俺と先輩の2人のみ。交代で体調を崩し、休んだ。

社長と部長からは、俺の自己管理がなっていない、休んでないで早く来いと言われたので出勤し、病み上がりで少し咳をすると「完治してから来い!ちやほやされたくて来てんのか!」(いやお前らが来いって言ったんだろ!?ダブルバインドすぎる)などと、色々厳しいお言葉をいただいてしまった。先輩は相変わらず石のように静かで、社長と部長に何か言われても押し黙っていた。それがつまらなかったのか、矛先は俺に向き始めた。


もう限界だった。


退職について揉めることはなかったが、その旨を切り出したときに実施された、謎の圧迫面接(?)が忘れられない。

時間にしては30分ないくらいだったかと思う。
お話したいことがありますと社長に伝え、来客が終わった後くらいに
奥の部屋へ呼び出された。なぜか部長もついてきた。

倉庫兼休憩所兼喫煙所になっている、薄暗い部屋。
部屋の真ん中に少し大きめのテーブルと、それを挟むように椅子が置かれている。向かい合わせに社長と俺が座る。
まるで刑事ドラマの取り調べのような構図だ。

単刀直入に切り出した。


「今月末で退職させていただきます」


言うと同時に、書いてきた退職届を机の上に出し、社長の方へ差し出す。

社長は一瞥した後、退職届を机に置いたまま、静かにタバコに火をつけた。

え、このタイミングで吸うんかい。(一瞬燃やされるのかと思った)

ふー…と一息、煙を吐いて、俺をまっすぐ見て言った。

「……へえ、辞めるんだ。」

はい、そうですけど。(…と思っていた。)
…正直、どんな会話をしたか、もうあんまり覚えがない。

ぼんやりとした記憶だが、
・きつい言葉をかけたのは発破をかけるため
・あなたのことを思って言っている
・ここで辞めたら他ではやっていけない
…などと
途中から後ろに立っていた部長も合いの手を入れるように
同じくタバコを吸いながら会話に入ってきたのを覚えている。

決して激しくまくしたてられているわけじゃない。
淡々と、静かな口調だが、社長と部長が、タバコをふかしながら社員の1人に滾々と何かを説いている。
ってかこのタイミングでタバコ吸うな!吸ってもいいから後にしてくれ!

唯一しっかり覚えている社長の一言が、
「仕事とプライベートを分ける人とはやっていけない」
だった。

え、なにそれ。
俺は仕事とプライベートを分けないとやっていけないタイプ
だと自覚したので、ほな無理ですね。…と、一気に冷めたのを覚えている。

確かに…
デザイン業は、どうしてもプライベートや休日を犠牲・返上して
仕事をしなければならない面が、結構あると思う。
社長の言うことは、あながち間違っていないかもしれない。

プライベートでも、休日でも…日常の中で、アンテナを張って、
デザインをする上で使えそうな情報は、常に仕入れていてほしい。
そんなことを、言っていた気もする。

わかるけど…なんだかなぁ。
俺には合わないやり方だった。常に仕事のことを考えていられるタイプではなかった。そりゃ、日常生活の中で「仕事に使えそう!」と思ったものがあれば、覚えておいたりするけどさ…

自分のすべてを仕事に捧げることは、”ここでは”無理だと思った。

社長はまだ何か話している。部長も合いの手を入れてくる。
なんだか疲れてしまって、俺はそれを聞き流してなんとか相槌を打ちながら、今までのことを回想していた。

そうだな…いつからか、社長の信条とやり方に、俺はついていけなくなっていたんだと思った。


退職当日。
5月末だったと記憶している。
有休消化(笑)もあったので、午前中で最後の勤務が終わった。
社長は猫なで声で今までありがとう~と握手まで求めてきて、
なんとか笑顔で対応した覚えがある。
部長は出張かなんかでいなくて、先輩は相変わらず石のようにパソコンに向かっていた。
帰りは社長に姿が見えなくなるまで見送られ、
最後まで見張られているみたいでキッショ!気持ち悪かった。

いつもより世界の空気がキレイで、青空もはっきり見えた。
空気のにおいも感じるし、五感が戻ったようだった。


おわりとその後。

このブラック企業は現存する。
なんなら移転して、店舗も増やしている。
なんで増えてんだよ。虫かな?

在籍中、もちろん色々なことを学ばせてもらったし、楽しいこともあったり辛いことだけではなかった。社長、部長、先輩にはお世話になった面もあるし…恩義を感じている部分もある。だけど…無理だった。
本当はもっとボロカスに書いてやりたいことが山ほどあるが、俺は優しい悪魔なので、このへんで勘弁しておいてやるぞ。

俺は経営のことは全くわからない。
社長や部長も、俺の足りない頭では想像もできない、大変なご苦労があるものと思うが、それ以前に人に対する扱いがひどすぎるだろ。
俺は…この会社の空気感も苦手だったけど、最低限の礼節すら欠いている感じが…受け付けなかったのだと、今になって思う。

オオカミの群れの良きリーダーは、群れの中のどの個体に対しても礼節を欠かないと聞く。群れを構成する個体は、ゆえにリーダーを慕い、群れに尽くし、その姿勢を学び、群れを旅立って自分がリーダーになったとき、学んだことを活かしてゆくのだそうだ。

獣にそれができて、偉ぶっている人間様ができないとは滑稽だな。
この会社にはぜひ、オオカミの社会性を見習っていただきたい。

あと先輩はどうしちゃったんだ。感情をなくしてしまったのか。
これもブラック企業の弊害か。それかサイボーグだったのだろう

やっぱり元気に働くためには、身体と精神の健康は欠かせないものだ。
この鉄のルールは、魔界も人間界も、すべての世界において大切だと思う。
人も会社もそれぞれだから、合う合わないはあると思うけど…

ブラック企業がこの世から絶滅することを願ってやまない。

悪魔の昔話に、長々とお付き合いありがとう。
ここまで読んでくれた、あなたの心身の健康を心から祈っているよ。


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