「霜葉」の歌詞について
以前にもnoteに書きましたが、私はSillaugh(シラフ)という名前のバンドを組んでいます。そのバンドではインスト除く全ての曲でベースを弾いていて、半分くらいの曲では歌詞も書いています。ファーストシングル「遠花火」の歌詞も私が書きました。以前書いた歌詞解説はこちら↓
そして2ヶ月ほど前に、我々SillaughはEPをリリースしました。『白譜』という題で、6曲入りの作品です。正直言ってかなりの自信作ですので、まだ聴いていない方はぜひご一聴ください。↓
さてこのEPでは、3曲目「春より」と4曲目「霜葉」の歌詞を私が書いております。リリースから少し間が空いてしまいましたが、せっかく曲を出したので、今回は「霜葉」の歌詞について少し想いを書こうと思います。「春より」の方もまたいずれ。(以降文体変わります。)
雲が去って澄み切った空
僕らは歩いてきたんだ
揃えた歩幅を想った 言葉が染まった
雨は止んだから 傘は置いてきた
靴紐を結んで 遠くまで来たんだ
遥かに見上げたあの雲だけ 霞み
ゆくまで このままでいよう
往く径に夕陽が照って
僕らは歩いていくんだ
ちゃんと憶えてるから
霜つきの言葉は紅く
二月の花より紅く 散った
風は凪いだまま 僕は秋を見た
夕暮れなずんで 影を追ってきたんだ
いつかに追い越してた背の丈 かれた
日は果て、ひとり野に憩う
散る葉々に夕陽が照って
僕らは明日を見るんだ
そぞろにあの日を想った
立ち上った煙は高く
四月の山より高く
僕ら、言葉を雪ぐ季節は
夜の隙間にのみ息を吸う
花は散れども葉々は紅く
春を待たず僕ら、木陰に育ち
舞った
題にある「霜葉」(そうよう、と読む)は、読んで字のごとく、霜が降りた晩秋の葉のことである。その時期の葉は赤く染まり、霜の白色との強烈なコントラストは鮮やかに映る。厳しい冬を前にした晩秋の風物詩であり、昔から詩歌に多く詠まれてきた。そしてそれは、晩唐の詩人、杜牧の詩においても。以下に引用しよう。
遠上寒山石徑斜 遠く寒山に上れば石径斜めなり
白雲生處有人家 白雲生ずる処人家有り
停車坐愛楓林晩 車を停めて坐ろに愛す楓林の晩
霜葉紅於二月花 霜葉は二月の花よりも紅なり
「霜葉」というモチーフは結句にて登場する。結句の内容は非常にシンプルで、「霜が降りた晩秋の紅葉は二月の花(=桃の花)より赤い」ということだ。旧暦において二月は春の盛りであり、そんな時期に咲く花よりも寒さの厳しい秋の終わりに散りかけた紅葉の方が鮮やかだということは、一種の逆説である。それでも自分としては、この一節にひどく惹かれてしまう。散りかけの葉に、どうしても自分を重ねてしまうからだ。
私は今年度で大学院修士2回生で、順調にいけば今年度に卒業する。就活の方は順調とはいえないけれど、内定自体は既に持っているし、どの企業に就職したとしても関東に行くことは決まっている。つまり、学生生活は、京都での暮らしは、あと一年で終わりを迎える。愛すべきモラトリアムは、もう私の中で散りかけている。
そんな私に、杜牧のメッセージは力強いものに見えた。終わりかけだからこそ色濃く染まる、そんな霜葉のあり方は、私の背中を押してくれるものだった。杜牧の詩を手がかりにして、過ぎた過去を想いながら前を向く、そんな歌詞を書こうと思った。
歌詞の中には、随所に「山行」のフレーズを引用している。そして、一番と二番のサビでは「二月の花」と「四月の山」を対比させているが、後者にも一応モチーフはある。尾崎放哉の俳句、「春の山のうしろから烟が出たした」である。これは放哉の辞世の句であり、詠まれたのは四月。生命感あふれる春の山と、自身の死の象徴たる(火葬の)煙を対比させたものだと言われている。この煙を、四月の山より「高く」と表現することで、「山行」のメッセージ性との一貫性とシナジーを持たせようとした。
この歌詞はなかなか難産だったが、その分個人的には納得できるものが書けたと思う。これからもこのバンドで、時間が尽きる最後まで自己表現を極めていきたい。霜葉が春の花より紅く染まるように。
(ちなみに、2曲目「ヘスティアの微睡」についても作詞者のDr. 鮎が面白い記事を書いています。ぜひこちらもご一読ください↓)
