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​きみの軌跡が、ここに留まる【BL小説】第16章

 第16章:夜明け前の温度と、動じない男


    離れに戻った理久は、心臓を激しく脈打たせながら布団に滑り込んでいた。シーツをぎゅっと握りしめ、目を閉じる。
脳裏から離れないのは、先ほど工房で目撃したあの凄まじい光景だ。
天窓から降り注ぐ満月の光をその身で引き寄せ、灼熱のガラスの中に押し込んでいく恒の背中。あの圧倒的な力強さと、命がけの業。

(恒さんは……ずっと一人で、あんな凄まじいことをやってきたんだ……)

    あれだけの熱気と集中力を使う作業だ。自分なら立っていることすらできないかもしれない。そんな畏怖と心配で胸を痛めていた、まさにその時だった。
カサリ、と勝手口が開く静かな音が聞こえた。理久は咄嗟に息を殺し、寝たフリをして目を固く瞑った。
足音が居間へと近づいてくる。
聞こえてきたのは、力強く迷いのない足取りだ。水で濡らした手ぬぐいでサッと汗を拭ったらしく、着替えたばかりの薄いタンクトップから覗く肌からは、夜中の作業を終えたばかりの熱気と、恒特有の男らしい匂いがふわりと広がった。

    恒は「……あちぃな」と低く呟くと、豪快に隣の新しい布団へ倒れ込んできた。息一つ乱れておらず、相変わらずのタフさ。
その男らしさに、理久は心の中で圧倒されるしかなかった。

    隣から伝わってくる、熱い体温。

    理久は寝たフリを続けようと必死で息を殺していたが、暗闇の中で恒がゴロリとこちらへ寝返りを打つ気配がした。

 「……なぁ」

    突然、低く地響きのような声が聞こえた。心臓が跳ね上がる。けれど、息を整えて必死に狸寝入りを決め込もうとした。

 「……目ぇ、ピクピク動いてんぞ。起きてんだろ」

 「……っ」

    呆れたような恒の声に、理久は誤魔化しきれないと悟り、そっと目を開けた。
暗闇の中、すぐ目と鼻の先で、恒の黒い瞳が自分をじっと見つめていた。

 「……すみません、起こしちゃいましたか」

 「いや。お前が息殺して固まってるから、すぐ分かった」

    恒はそう言うと、自然な動作で腕を伸ばし、理久の掛け布団を少しだけ上へ引き上げてくれた。

 「肩、出てたぞ。クーラー効いてんだから冷やすな」

 「……ありがとうございます」

    声が震えないように答えるのが精一杯だった。
恒は過酷な作業の疲れも見せず、ただいつものぶっきらぼうで優しい顔で理久を見つめている。

 「なんか、うなさてるみたいだったけど……変な夢でも見たか?」

    そう言って、恒の大きな手がポンポンと理久の頭を雑に撫でた。その手は、さっき工房で満月の光をその身で手繰り寄せていた、あの強靭で美しい手だった。

(この人は……こんなにも強くて、こんなにも温かいんだ)

    星の光を手繰り寄せる業の恐ろしさも自分の不安も、恒の圧倒的なタフさと無自覚な優しさの前に、すべて綺麗に溶けていくようだった。

    理久は、頭に残る恒の手の温もりを感じながら、そっと胸の奥で誓っていた。
恒さんが自分から話してくれるその日まで、自分はこの秘密を抱えたまま、この人の一番近くで寄り添い続けよう、と。

 「……大丈夫です。恒さんが隣にいてくれるので」

    理久がそう呟くと、恒は「……そうか」と短く呟き、照れくさそうに耳を少し赤くして「じゃあ、早く寝ろ」とそっぽを向いた。

    秘密を知ってしまった夜。
けれど二人の距離は、以前よりもずっと深く、確かな温度で結びついていた。


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