「ブチャ」再び、の声 ウクライナ市民 犠牲とまらず トランプ停戦仲介は失敗10月の民間人の死傷者、1398人
ロシアの攻撃で死傷したウクライナ民間人は、10月の一カ月で1,398人だった。トランプ大統領は停戦を目指しロシアに働きかけたが、プーチン政権は応じる姿勢を見せない。逆にロシア軍は東部ドネツク州・ポクロフスク市への攻勢を強める。そこでも複数のウクライナ市民が犠牲になり、ブチャを思い起こさせる、との声があがっている。ウクライナでは停戦を望む声が強いが、その実現の見通しはたっていない。
◇10月のウクライナの民間人死傷者
ロシアの攻撃によるウクライナの民間人の死傷者は計1,398人で、そのうち死者が196人だった。地域別の死傷者は、ロシア軍がドローン攻撃を強め、占領地拡大を狙っている南部ヘルソン州が323人と最も多く、次いで、プーチンがドンバス全体の占拠を狙って攻撃を強める、東部のドネツク州が、302人だった。
※亡命ロシア人からなるオシント組織「紛争インテリジェンス・チーム(CIT)」のデータより。
◇幼稚園への攻撃
ウクライナでは、学校・教会・発電所などの民間施設が、ロシア軍によりほぼ毎日、攻撃を受けている。幼稚園(ハルキウ市)に、10月22日午前11時ごろ、ロシアのドローンが命中した。園児約90人は地下壕におり、死傷しなかった。空襲警報が鳴り事前に避難していた。一方、幼稚園そばの屋外にいた大人1人が死んだ。

西側在住の、ロシア人の独立系軍事専門家は、次のように指摘する。
「この幼稚園は、ウクライナの、ある喫茶店チェーンと経営が同一だった。なぜロシア軍は攻撃したのか? それは、幼稚園近くにあるその喫茶店にウクライナの国旗が掲げられていたとか、喫茶店内でウクライナ軍のための募金をしていたとかいった情報をロシアがつかんだからだ。それだけで彼らには攻撃理由になる。幼稚園児を意図的に殺そうとしたのではないだろう。ロシアのインテリジェンスの収集・評価の曖昧さ、攻撃の際の確認の甘さ、が原因で、ウクライナ民間人への(国際法違反の)攻撃を繰り返してきた」
一方、ロシア国内の軍事専門家らは、民間攻撃を「戦果」とみなしている。ロシア国営TVに毎日出演し、「ロシア軍が○○村と△△村と××村を解放(=占領)」と戦果報告している軍事専門家、R氏は、幼稚園攻撃の現場を映した、ラッチェン氏のものと同様の動画をSNSにアップしたが、ドローンが当たって崩れた建物の壁には子供向けの絵が描かれており、民間施設であることが分かるにもかかわらず、その点に触れていない。その代わり、「ウクライナの多くの州で(ドローン攻撃の結果)ブラックアウトが生じた」とのみ書いた。(10月22日)
発電所などの電力施設は10月も、首都キーウをはじめ、ウクライナ各地で攻撃を受け続けた。ガス生産施設の場合、6割が破壊された。各都市でロシア軍が引き起こす停電・ガス欠・集中暖房の破壊は、ウクライナ人の士気低下を狙う手段となっている。(注1)
◇東部ポクロフスク市で、市民犠牲に
現在、戦争の焦点は、東部ドンバス地方のドネツク州のポクロフスク市が陥落するか否か。ウクライナ国営ウクルインフォルム通信は、市中心部のポクロフスク駅周辺を上空から撮った動画を報道した(10月20日)。市民が少なくとも3人死んで、倒れている。一人は自転車に乗っていて銃撃を受けた女性で、同通信は「通行中、ロシア兵が彼女を背中から撃った」と伝えた。線路上で死んだ男性も映っている。別の女性はけがをして路上にうずくまり、助けを求めている。同通信は「上空でロシアが大量のドローンを飛ばしているため、彼女を助けにいくことができない」と述べた。亡命ロシア人のオシント組織「CIT」は、「ブチャの光景を思い起こさせる」とコメントした(同)。



◇「都市包囲」の実態
ロシア軍のゲラシモフ参謀総長は、ポクロフスクと(ウクライナ北東部の都市)クピャンスクをロシア軍が包囲した、とプーチン大統領に報告した(10月26日)。これにつき、否定する投稿を、戦況をトレースしているロシアの軍事ブロガーたちが相次いでアップした。「現在、どの地域にも包囲は存在しない」「装甲車が入っていない」「ウクライナ軍はローテーションをできており、ドローンその他の火力を発揮している」などと、「包囲」の事実はないことを示した(これらロシアの軍事ブロガーは、右派・戦争推進派)。戦争の形が変化した軍事の事実に基づき、「都市包囲」は現実と異なる、と指摘する。(注2)
ポクロフスク方面では、1:8の比率でロシアの兵力が多い(ゼレンスキー大統領)。ウクライナ軍は、市内の中央を横切る鉄道線路沿いで守備しようとしたが、ロシア軍に鉄道駅を含め、10月中に市南部を占拠された。ロシア軍はさらに、線路より北のポクロフスク市内へも兵力を進めようとし、ウクライナが抵抗している。
ロシア軍の浸透部隊は5~6人から10人までの小規模の歩兵。ロシア軍は今夏、装甲車両を使う戦術を変更し、数名の歩兵を次々と、徐々に市内へ浸透させるようになった。装甲車両は目立つため、ドローンに容易に破壊されてしまうためだ。歩兵たちは市街地の建物の中に隠れ、ウクライナ軍が近づくと、逃げて建物間を移動するため、数で劣るウクライナ側が掃討するのは難しい。
ゼレンスキーは、「ロシア軍が17万人を(ポクロフスク方面に)集中させている...我々が掃討できているのはわずかだ。なぜなら、占領者はさまざまな(市内の)建物に隠れているからだ...(ロシア軍は)ポクロフスク市全域の占領を命じられている。なぜなら、クピャンスクなど他都市では、ロシアは都市を奪取できず、敗北しつつあるからだ」と述べた。また、ゼレンスキー側近は「この1年2カ月で、ロシア軍は7キロ前進した。その間、ロシア兵は数万人が戦死した」と話した。(注3)
ポクロフスク市の面積は、東京都の江東区と同じ(40平方キロ)。日本になぞらえると、江東区・有明に着上陸侵攻した敵部隊が、1年余りかけて7キロ北へ前進し、錦糸町駅・亀有駅のあたりまで進出。JR総武線までの区南部地域で、多数のビルを占拠し、中に隠れている、というような状況だ。
今後、ポクロフスクをウクライナ軍が明け渡し、ロシアが陥落したケースにつき、CITは「ロシアは兵員が足りず、装甲車も残り少ないので、ポクロフスクを超えてさらに進軍するのは簡単ではない」と分析する。
◇「千葉県の面積」をめぐる戦い
ロシア軍は、同じドネツク州のアウディーフカ市を陥落した2024年2月以降、都市を攻め落としていない。要因の一つは、ウクライナ軍がドローンで侵攻を阻んできたためだ。それでも1年半かけ、アウディーフカから45キロ離れたポクロフスクに達した。
ドネツク州は、秋田県と岩手県を足したほどの面積。その8割近くをロシアが占領。残り2割余りをウクライナが保持するが、プーチンは、その「2割余り」の無条件引き渡し(ウクライナ軍の無条件撤退)を要求している。「ドンバス全域の占領」を戦果として宣伝したい意向が、プーチンにはあるとみられる(ドンバスはドネツク、ルハンスクの2州からなる。後者は99%ロシア軍が占領している)。
ウクライナ管轄下にあるドネツク州の「2割余り」は、千葉県の面積に等しい。日本になぞらえると、ロシア軍は24年2月、房総半島南端に着上陸侵攻(アウディーフカ市占領)し、1年半かけ、そこから45キロ離れた木更津市に到達したという状況だ。ロシアの進軍速度は、戦略目標に比べ早いとは言えない。

その1年半の間に、14万人のロシア兵が戦死した(ロシア独立系メディア「メドゥーザ」の推計 注4)。ソ連はアフガニスタン戦争で1万5千人を戦死させたが、これは10年間(1979~1989)での数字。プーチン政権は、この1年半だけで、その約10倍のロシア兵を死なせている。
一方これは、ウクライナの戦線全体を合計した数字。ポクロフスク方面に限れば、「ロシア兵の戦死者は数万人」とウクライナ政府は推計している。(注5)
キーウ政府は、ドネツク州の「臨時州都」の機能を、ウクライナ管轄地域のクラマトルスク市に置いている。そこを陥落させるのはプーチン政権にとり、至難の業だ。クラマトルスクまで、さらに50キロ前進しなければならない。それはロシア兵のさらなる死を意味するからだ。戦傷者を含めると、死傷者は数十万人に達するとみられる(ロシア軍の定数は、150万人)。
ちなみに「本丸」のキーウまで、ドネツク州・クラマトルスク市から550キロある。ウクライナの国土面積は、日本の1.6倍ある(60万平方キロ)。そのほとんどが、平野だ。「エコノミスト」誌によると、ロシア軍の今の進軍ペースで全土を占領するには、89年間かかる(注6)
ロシアの一般市民に「総動員」をかけ、徴兵できるなら、戦況は変わる。しかし今、プーチン政権にその体力はない。工業の不振・労働力不足など、ロシア経済が落ち込み始めているうえ、ロシアがトランプ大統領と対立姿勢を強めつつあるからだ。
◇トランプに批判的なロシア人専門家ら
先述のロシアの軍事専門家、R氏はトランプ大統領につき、「トランプはロシアへの制裁、ウクライナへのミサイル供与といった言葉を繰り返すが、真剣なものはない...一種の喜劇を演じているだけだ」と述べた(10月26日、ロシアのネット番組で)。また、SNSに、プーチンに反対するトランプ それは不正確だ」と題した図を投稿(27日)。トランプの言動を揶揄し、「トランプのサイクル」を次のように描いた。
1.「プーチンに失望した」
→2.対プーチン措置をとる
→3.ウクライナを支持する
→4.プーチンと交渉する
→5.プーチンと素晴らしい関係が我々にはある
→1.「プーチンに失望した」、
以下、繰り返し。

この図につけたコメントで、ロシアの軍事専門家R氏は「このサイクルで重要なのは、地上の戦闘が、『トランプの落胆』や『外交の揺れ』とは全く関係なく戦われていることだ。そこが、外交の影響で(軍事作戦が)ぐらついた、ミンスク合意(2014、15年)の際と異なる」と書き込んだ。(注7)
ロシアの戦争推進派の右派の間では、R氏のように米国不信の感情・意見を表明する例が少なくない。実際、トランプ大統領は10月22日、第2次政権では初となる対ロ制裁を発表してもいる。制裁対象は、ロシア石油大手2社(ロスネフチ、ルクオイル)で、2社でロシアの石油生産量の55%を占める。プーチンとの個人関係を重視してきたトランプの今後の姿勢が注目される。
◇プーチンが頼るのは「核の威嚇」
天然資源のほかにロシアが大国視される理由として、核兵器がある。
プーチンとゲラシモフ・ロシア軍参謀総長は、原子力を動力とし無限の航続距離を持つという巡航ミサイル「ブレベースニク」の最終実験を行った、と述べた。ゲラシモフが、実験は10月21日に行われ、1万4千キロの航続距離があった、とプーチンに報告する場面がロシア国営TVなどで伝えられた。(注8)
これもトランプ政権と対立し、威嚇する性格が強い。その後、トランプは「核実験再開」を米国防総省に指示した。(10月29日)
◇ウクライナの反応
ウクライナ大統領府のポドリャク長官補佐官は、ドイツ国営メディアDWに「プーチンは、意味のない核部隊の演習を始めた。実際は存在しないブレベースニクというミサイルの名前を出してきた。旧ソ連からあるミサイルに新たなクリシェーをつけただけだ」と述べた。
また、ゼレンスキー大統領が欧州諸国に、あと2~3年の戦争のための支援が必要だ、と述べたことについて、ポドリャク氏は「十年単位の戦争は誰も望まず、継戦も不可能だ。4年の戦争で(ウクライナの)社会も疲れている。だが我々は必要なだけ戦い続ける。一方的な停戦は、ロシアのさらなる膨張を招くからだ。ゼレンスキーが(2~3年と)述べたのは、さらなる圧力が強ければ強いほど、戦争終結が早まるだろう、という意味で、年数に具体的な意味はない」(注9)
ウクライナの有力な野党国会議員、A.ゴンチャレンコ氏は「ロシアの本格侵攻から4年たち、ウクライナは破壊され、疲弊している。前線でウクライナ兵が死に、町では一般市民がロシアの攻撃で死んでいる。赤ん坊の出生率も減っている。早期の停戦が必要だ。ウクライナはロシアに降伏は絶対しない。一方、今のラインぐらいで早く停戦できるなら、早いほどよい」とコメントした。
米国のインテリジェンス機関が「プーチンには停戦する気が全くない」と評価している点について、ゴンチャレンコ氏は「ロシアは1年前に、ポクロフスクを占領すると宣言したが、今もまだできていない。プーチンは『夏の攻勢』に失敗した。トランプはプーチンに圧力をかけ続けるのではないか。私は、米国のインテリジェンスが誤っているかもしれない、と、あえて言いたい」(下記YouTube、41分より)
(注1)https://t.me/boris_rozhin/184172
(注2)https://t.me/rybar/74687
(注3)https://t.me/uniannet/178239
(注4)https://meduza.io/feature/2025/08/29/2000-chelovek-v-nedelyu-stolko-teryala-russiya-na-pike-svoego-nastupleniya-v-donbasse
(注5)https://t.me/uniannet/178239
(注6)『エコノミスト』25年7月9日
(注7)https://t.me/boris_rozhin/184874
(注8)https://tass.ru/armiya-i-opk/25455847
(注9)https://www.youtube.com/live/ASJ_qXh6a7A?si=MJwPhCtlGw1UiZpm
