見出し画像

変化する「神」の居場所-浮遊から定住への過程

古来日本では、「カミ」は目に見えない存在であり、
浮遊し、移動するもの
でした。

そのため、「カミ」がひとびとの前に訪れる際、
一時的に宿る場として依代よりしろが設けられました。

「カミ」が山から里へ、里から川へと浮遊し、移動することを
雄幸ゆうこう」する、「神幸しんこう」する、などと表現します。


その「カミ」は、
「自然神」「祖先神」「外部から訪れる神」などに分類することができます。


やがて、それら”浮遊していた”「カミ」は
次第に
・仮の宿であったはずの特定の土地に定住し
・その地域の共同体を守護し、
・住民の利益を擁護する神として
祀られるようになっていきました。

先日のnoteでも、
普段は山に常駐し、農繁期に村に降りてきて、
収穫期のあとは、「秋祭り」によって山に戻っていく「祖先神」が、
やがて、
・その村に鎮まるようになり、
・その土地やその土地の者を守る存在になって行き
・それが「氏神さま」と呼ばれる神さまになった
という過程を整理しました。

このように、「雄幸ゆうこう」「神幸しんこう」していた「カミ」が
特定地域にとどまり、その地域の共同体を守護するようになり、
そして、その神を祀る「やしろ」が作られるようになっていきます。

それが、産土神うぶすな」や「鎮守の神」の起源と言われています。

鶴岡八幡宮の境内には、立派な「祖霊社」があります

特定地域にとどまり、その地域の共同体を守護するようになった「産土神うぶすな」や「鎮守の神」をお祀りするやしろ

これは、浮遊する「カミ」に一時的に宿っていただく場所であった「依代よりしろ」から発展したしろが起源となっていました。

このように、神とつながるための道具、建造物の変遷からも、
浮遊から一時的滞在へ、そして定着、定住へ、という過程が表れていて

個人的にとても興味深いと思っています。

  • (出典)神と仏-日本人の宗教観

(土着の思想_57)

いいなと思ったら応援しよう!