第12回|戦うのでも逃げるのでもなく、私は切り離すことにした
現実の初期化 —— 仮想空間で「私」を殺した48歳のデバッグ・ログ
※この連載は、無料マガジン「現実の初期化」にまとめています。
最初から読みたい方は、マガジンから順番に読んでいただけると嬉しいです。
AIの画面を閉じたあとも、私はしばらく椅子に座ったままでした。
ブラウザには、まだいくつものタブが開いていました。
note。
AI。
売上画面。
下書き。
通知欄。
画面の外では、家族の生活音がしていました。
廊下には、猫がいるかもしれない。
閉じたはずなのに、何も閉じていない。
そんな感じがしました。
AIのタブを閉じても、頭の中にはまだAIの言葉が残っている。
noteの画面を見なくても、数字の気配が残っている。
売上画面を閉じても、0円という表示だけは胸の奥に残っている。
家族の声は、こちらの状態など関係なく聞こえてくる。
猫の気配も、勝手に身体を固くさせる。
全部が、私の内側に接続されていました。
どれか一つが揺れると、私の中まで揺れる。
疲れる。
それでも、見てしまう。
確認してしまう。
期待してしまう。
私はずっと、外側の何かと戦うか、全部から逃げるか、そのどちらかしかないと思っていました。
でも、その日、少し違う選択肢が見えました。
戦うのでもない。
逃げるのでもない。
切り離す。
必要だったのは、相手を消すことではなく、不要な接続を切ることでした。
接続しすぎた私のOS
私は、いつも何かに接続していました。
家族の機嫌。
猫の反応。
noteの数字。
AIの評価。
読者の反応。
世間の正しさ。
スピリチュアルな理想。
生活費の現実。
それらのどれか一つが揺れるたびに、私の内側も揺れていました。
猫に威嚇されると、自分が拒絶されたように感じる。
家族の何気ない一言で、自分の存在価値まで揺れる。
noteが読まれないと、文章そのものを否定された気になる。
AIに整った答えを出されると、自分の言葉が未熟に見える。
収益がないと、生き方そのものが間違っているように感じる。
本当は、出来事は出来事です。
猫は威嚇した。
家族は言葉を発した。
noteの数字は少なかった。
AIは文章を返した。
口座残高は増えていない。
それだけです。
でも私は、そこに自分の価値や未来や存在の意味まで接続していました。
だから、小さな出来事がすぐに全体のエラーへ広がっていく。
猫に威嚇された。
だから、この家に自分の居場所はない。
noteが読まれない。
だから、自分の文章には価値がない。
収益がない。
だから、この道は間違っている。
家族に理解されない。
だから、自分はこの世界に接続できない。
ひとつのログを、人生全体の判決にしていました。
これでは、苦しくなるに決まっています。
私は外側の出来事に苦しんでいたのではなく、
外側の出来事と自分の存在を、強く結びつけすぎていたのです。
本当は、全部に勝ちたかった
私は、どこかで全部に勝ちたかったのだと思います。
家族にも。
猫にも。
noteにも。
AIにも。
0円の現実にも。
家族には、分かってほしかった。
猫には、威嚇せずに受け入れてほしかった。
noteには、数字で価値を証明してほしかった。
AIには、私の文章は間違っていないと言ってほしかった。
0円の現実には、早く終わってほしかった。
全部が、私を安心させてくれればいいのに。
そう思っていた。
でも、どれも私の望むようには動いてくれません。
家族には家族の状態がある。
猫には猫の反応がある。
noteにはnoteの数字がある。
AIはAIとして答えを返す。
現実のお金は、気づきだけでは増えない。
分かっている。
分かっているのに、どこかで期待していました。
どうか私を安心させてくれ。
どうか私の価値を証明してくれ。
どうか、私は間違っていないと言ってくれ。
その願いが叶わないたびに、私は傷つき、怒り、落ち込み、また何かに正解を求めました。
これはもう、戦いでした。
目に見えない相手に、ずっと勝とうとしていたのです。
戦うことにも、逃げることにも疲れていた
苦しくなると、私はすぐに戦おうとしていました。
分かってほしい。
認めてほしい。
傷つけないでほしい。
こちらの苦しさに気づいてほしい。
言葉には出さなくても、内側ではずっと訴えていました。
家族に対して。
猫に対して。
社会に対して。
noteの数字に対して。
読者に対して。
AIに対して。
現実そのものに対して。
でも、戦えば戦うほど疲れます。
外側は、私の望む速度では変わりません。
猫は急に優しくならない。
家族が急にすべてを理解してくれるわけでもない。
noteが突然売れ始めるわけでもない。
AIが私の人生に責任を持ってくれるわけでもない。
社会の仕組みが、私のために変わるわけでもない。
だから、次に私は逃げたくなる。
見ないようにする。
考えないようにする。
ゲームを起動する。
画面を閉じる。
家族の声が聞こえない場所へ行く。
noteの数字を見ない。
AIにも聞かない。
逃げると、一瞬だけ楽になります。
でも、問題は残る。
ロスサントスで暴れても、現実の猫は廊下にいる。
noteを閉じても、記事は読まれていない。
AIを閉じても、自分の言葉はまだ整っていない。
家族の声を避けても、同じ家にいることは変わらない。
戦っても苦しい。
逃げても苦しい。
では、どうすればいいのか。
その答えが、切り離すことでした。
切り離すとは、見捨てることではない
最初、私は「切り離す」という言葉に少し抵抗がありました。
冷たい感じがしたからです。
家族を切り離す。
猫を切り離す。
読者を切り離す。
社会を切り離す。
そう聞くと、何かを見捨てるように感じます。
でも、私が必要としていた切り離しは、そういう意味ではありませんでした。
相手を捨てることではない。
関係を断つことでもない。
現実から逃げることでもない。
私の内側に、勝手に侵入しているコードを止めることです。
家族の機嫌は、私の価値を決めるコードではない。
猫の威嚇は、私の居場所を否定するコードではない。
noteの数字は、私の存在を測るコードではない。
AIの回答は、私の本音を決めるコードではない。
収益0の現実は、私の未来を確定するコードではない。
猫は猫。
家族は家族。
数字は数字。
AIはAI。
そこに、私の価値まで接続しすぎていました。
切り離すとは、冷たくなることではありません。
混ざりすぎていたものを、元の位置に戻すことでした。
猫は、私の価値を判定していない
廊下に出ると、猫がいました。
こちらを見ています。
以前なら、その瞬間に身体が固くなっていました。
また威嚇されるかもしれない。
また拒絶されるかもしれない。
また、自分だけがこの家の中で異物になるかもしれない。
たかが猫です。
でも、私の中では「たかが」ではありませんでした。
猫の反応に、私はいろいろな意味を乗せていました。
この家に居場所がない。
自分は受け入れられていない。
生き物にすら拒絶されている。
家族の中で、自分だけが外側にいる。
猫は、そんなことを言っていません。
猫は猫として反応しているだけです。
それなのに私は、その反応を、自分の人生の判定にしていました。
そのことに気づいた時、少しだけ力が抜けました。
猫は、私の価値を判定していない。
ただ、そこにいる。
警戒しているかもしれない。
機嫌が悪いのかもしれない。
過去の経験でそう反応しているのかもしれない。
でも、それは私の存在全体への判決ではありません。
私は、猫の横を静かに通りました。
胸の奥に、まだ少し熱はありました。
完全に平気ではありません。
でも、その熱は、以前ほどすぐに怒りへ変わりませんでした。
猫の反応と、自分の価値を少しだけ切り離せた気がしました。
家族の声を、自分の判決にしない
リビングから、家族の声が聞こえました。
何気ない声です。
でも、私はこういう小さな声のトーンにも反応してきました。
冷たい。
関心がない。
自分は軽く扱われている。
家の中で、自分の存在は薄い。
そう感じることがありました。
もちろん、実際にそう聞こえた瞬間もあります。
傷ついたことが嘘だったわけではありません。
でも、その声を聞くたびに、自分の存在価値まで接続していたら、身が持ちません。
家族の声は、家族の声です。
私の価値を最終決定する判決文ではありません。
傷つく自分がいてもいい。
寂しさを感じてもいい。
分かってほしいと思ってもいい。
ただ、それをすぐに「自分はこの家に必要とされていない」という結論へ飛ばさない。
そこを切り離す必要がありました。
これは、相手を許すという話ではありません。
何も感じない人間になる話でもありません。
私は傷つく。
私は反応する。
私は寂しい。
でも、その反応を、人生全体のエラーに拡張しない。
家族の声と、私の存在。
その間に、少しだけ隙間を作る。
その隙間が、切り離しでした。
noteの数字と、書く意味を切り離す
いちばん難しかったのは、noteの数字でした。
スキの数。
閲覧数。
フォロワー数。
売上。
有料記事の購入数。
数字は、容赦なく見えます。
0なら0。
少なければ少ない。
売れていなければ売れていない。
言い訳を挟む余地がないように見える。
私はその数字を見るたびに、自分の文章そのものを裁いていました。
読まれていない。
だから、届いていない。
売れていない。
だから、価値がない。
反応が少ない。
だから、必要とされていない。
でも、本当はそこにも切り離しが必要でした。
数字はログです。
判決ではありません。
今、どのくらい届いているか。
どこで止まっているか。
何が伝わっていないか。
導線が弱いのか。
タイトルがズレているのか。
そもそも、まだ見つけられていないのか。
そういう状態を知らせるログです。
もちろん、0円の現実は痛いです。
きれいごとでは済みません。
生活費は必要です。
不安もあります。
焦りもあります。
でも、数字が少ないことと、私の存在価値は同じではない。
書く意味と、今日の売上は同じではない。
そこをつなげすぎると、私は一つの記事が読まれないだけで、人生ごと落ちてしまいます。
だから私は、数字を見ながら、心の中で何度も言いました。
これは判決ではない。
ログだ。
痛い。
でも、判決ではない。
そうしなければ、私は書くことを続けられなかったと思います。
AIの答えと、自分の主語を切り離す
AIとの関係も同じでした。
AIは整った答えを返してくれる。
それらしい構成を出してくれる。
読者に届きやすい形も提案してくれる。
でも、それは私の主語を奪うものではありません。
AIの答えは参考です。
判決ではありません。
AIが良いと言ったから正しい。
AIが弱いと言ったからダメ。
AIが売れると言ったから従う。
そうなった瞬間、私はまた外側に接続しすぎています。
大事なのは、AIの答えを受け取ったあと、自分の中で何が動くかです。
これは違う。
ここは使える。
この言葉は私らしくない。
この整理は助かる。
でも、この熱は消したくない。
そうやって、自分の主語で選び直す。
AIとつながることは悪くありません。
でも、AIに自分の中心まで接続しない。
ここでも、切り離しが必要でした。
切り離すと、ようやく見える
不思議なことに、切り離そうとすると、相手が遠くなるのではなく、少し見えやすくなりました。
猫は、私を裁く存在ではなく、警戒する生き物として見える。
家族は、私を否定する装置ではなく、それぞれの疲れやOSを持った人間として見える。
noteの数字は、私の価値ではなく、届き方の状態として見える。
AIは、正解の神ではなく、便利な補助ツールとして見える。
距離ができると、冷たくなると思っていました。
でも、実際には逆でした。
接続しすぎている時、私は相手を見ていませんでした。
相手の反応を、自分の価値に直結させているだけでした。
猫がどう反応するか。
家族がどう言うか。
数字がどう動くか。
AIがどう返すか。
それらすべてを、自分への評価として読んでいたのです。
だから、いつも苦しかった。
少し切り離すことで、相手は相手に戻る。
出来事は出来事に戻る。
数字は数字に戻る。
私は、私に戻る。
この感覚は、静かでした。
劇的な解放ではありません。
でも、呼吸が少し深くなるような静けさがありました。
接続を切る勇気
私は以前、つながることばかり考えていました。
家族とつながりたい。
読者とつながりたい。
社会とつながりたい。
noteで届きたい。
AIを使いこなしたい。
スピリチュアルな感覚ともつながっていたい。
つながることは、大切です。
でも、つながりすぎると、自分が消えます。
相手の反応が、そのまま自分の状態になる。
数字の上下が、そのまま心の上下になる。
誰かの言葉が、そのまま自分への命令になる。
それは、接続ではなく、侵入に近い。
だから、接続を切る勇気が必要でした。
必要なものとはつながる。
でも、中心までは渡さない。
相手の声を聞く。
でも、自分の声を消さない。
AIを使う。
でも、主語は渡さない。
noteに出す。
でも、数字に自分を預けない。
家族と同じ空間にいる。
でも、相手の機嫌で自分の存在を決めない。
切り離すとは、孤独になることではありません。
自分の中心を取り戻すことです。
新しい仕様
私は、メモに新しい仕様を書きました。
外側の反応を、自分の価値に直結させない。
数字を、存在の判決にしない。
AIを、正解の神にしない。
家族の声を、人生全体の結論にしない。
猫の反応を、居場所の証明にしない。
出来事は出来事として見る。
感情は感情として見る。
解釈は解釈として見る。
それぞれを混ぜない。
混ざった時に、苦しさは巨大化する。
私は、これまでずっと混ぜていました。
猫の威嚇と、自分の居場所。
家族の声と、自分の価値。
noteの数字と、書く意味。
AIの評価と、自分の主語。
収益0と、人生の失敗。
全部を一本のコードで結んでいました。
そのコードを、少しずつ外していく。
切るのではなく、ほどく。
乱暴に断絶するのではなく、絡まりを解く。
その方が、今の私には合っていました。
私は戦いたいのではありません。
全部を捨てたいのでもありません。
ただ、必要以上に結びつけていたものを、元の位置に戻したい。
そう思いました。
画面のタブを、ひとつ閉じる。
note。
AI。
売上画面。
でも、本当に閉じるべきだったのは、画面ではありませんでした。
外側の反応と、自分の価値をつないでいた見えないタブ。
それを、少しずつ閉じていく。
静かに。
ひとつずつ。
私は、ようやくその作業を始めたのだと思います。

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