第13回|現実の登場人物は、私の内側を読み上げていた
現実の初期化 —— 仮想空間で「私」を殺した48歳のデバッグ・ログ
※この連載は、無料マガジン「現実の初期化」にまとめています。
最初から読みたい方は、マガジンから順番に読んでいただけると嬉しいです。
「あとで」
たった、それだけの返事でした。
家族の声です。
特別にきつい言い方をされたわけではありません。
怒鳴られたわけでもありません。
無視されたわけでもありません。
ただ、短く返されただけ。
それなのに、その一言を聞いた瞬間、胸の奥が沈みました。
ああ、まただ。
また、流された。
また、自分の話は後回しにされた。
また、こちらの温度だけが空中に残った。
そんな言葉が、頭の中で勝手に走り始めました。
家族は、そこまで言っていない。
分かっています。
でも、分かっていることと、身体が反応しないことは別でした。
喉の奥が少し詰まる。
胸のあたりが重くなる。
背中に力が入る。
私は、何かを言い返したかったわけではありません。
でも、その場から少し離れたくなりました。
同じ家の中にいるのに、急に距離ができたような感じがしたのです。
その返事は、本当に今の声だったのか
部屋に戻って、椅子に座りました。
画面には、まだnoteの下書きが開いていました。
さっきまで書いていた文章。
途中まで整えた見出し。
AIに相談しようと思っていたメモ。
でも、目が文字を追いません。
頭の中には、さっきの声だけが残っていました。
「あとで」
短い。
冷たい。
興味がない。
面倒くさそう。
私は、その一言にどんどん意味を足していました。
本当にそうだったのか。
ただ忙しかっただけかもしれない。
疲れていただけかもしれない。
今すぐ返せない用事があっただけかもしれない。
それでも、私の中ではもう別の物語が始まっていました。
自分の話は大事にされない。
自分の言葉は届かない。
自分の熱量は、いつも置き去りにされる。
そこまで考えた時、ふと別の景色が浮かびました。
家の中ではありません。
会社の会議室でした。
会議室の空気が戻ってくる
長い机。
白い資料。
プロジェクターの薄い光。
壁際に置かれたホワイトボード。
私は、そこに座っていました。
いや、実際にはもう座っていません。
会社も辞めています。
それでも、身体は覚えていました。
何かを提案する。
こうした方がいいのではないか。
この仕組みを変えれば、もっと現場が楽になるのではないか。
こういう企画をやってみたい。
こういうシステムに関わってみたい。
自分なりに考えて、資料を作る。
言葉を選ぶ。
相手に伝わるように、順番を整える。
そして、返ってくる。
「まあ、検討しておきます」
「今は予算がないので」
「必要になったら考えましょう」
「それはまた別の機会に」
その場では否定されていない。
怒られてもいない。
でも、何も進まない。
資料は閉じられる。
会議は終わる。
次の議題に移る。
私の中にあった熱だけが、机の上に置き去りにされる。
あの感じ。
あの、やんわりと流される感じ。
正面から否定された方が、まだ分かりやすかったのかもしれません。
でも、そうではありませんでした。
否定されていないのに、通っていない。
聞かれているようで、受け取られていない。
そこに、自分だけが熱くなっている恥ずかしさが重なる。
私は何度も、その空気を味わってきました。
そして、家族の「あとで」という一言を聞いた時、
その会議室の空気が、勝手に起動したのだと思います。
私は、今の家族と話していなかった
家族は、ただ「あとで」と言っただけかもしれません。
でも私の中では、そこに過去の上司の声が重なっていました。
検討しておきます。
今は無理です。
また今度。
必要になったら。
家族の声が、会社の声に変わる。
リビングが、会議室に変わる。
短い返事が、過去の却下通知になる。
その瞬間、私はもう今の家族と話していませんでした。
過去の誰かと、まだ話していた。
話を流した人。
提案を止めた人。
こちらの熱量を見ないふりした人。
私を、便利な担当者の位置に戻した人。
その人たちの影が、家族の声に重なっていたのです。
だから、あんなに胸が沈んだ。
だから、たった一言なのに、あそこまで反応した。
これは今の出来事だけではない。
過去のログが、勝手に再生されている。
そう気づいた時、少し怖くなりました。
私は現実を見ているつもりでした。
でも実際には、現実の上に、昔の映像を重ねていたのかもしれません。
目の前の人が、別の誰かに変わる瞬間
同じようなことは、他にもありました。
猫がこちらを見る。
ただ、それだけ。
でも、身体が固くなる。
また威嚇されるかもしれない。
また拒絶されるかもしれない。
また、自分だけがこの家の中で異物になるかもしれない。
猫は、そこまで考えていないはずです。
ただ、警戒しているだけかもしれない。
距離を測っているだけかもしれない。
機嫌が悪いだけかもしれない。
何も考えていないかもしれない。
それなのに私は、猫の視線に別の意味を重ねていました。
この家に居場所がない。
自分は受け入れられていない。
生き物にすら拒絶されている。
猫は、いつの間にか猫ではなくなっていました。
私の孤独を証明する存在。
私が外側にいることを見せつける存在。
そんな役を、勝手に背負わせていたのです。
猫は、その役を頼まれていない。
それなのに、私は猫を自分の過去ログの登場人物にしていました。
数字も、AIも、過去の声に変わる
noteの数字も同じでした。
スキが少ない。
閲覧数が伸びない。
有料記事が売れない。
通知が来ない。
数字は、ただ状態を表示しているだけです。
でも私は、その数字に声をつけていました。
お前は必要とされていない。
お前の文章には価値がない。
お前の選んだ道は間違っている。
誰もお前の言葉など待っていない。
数字はそんなことを言っていません。
ただ、数字としてそこにあるだけです。
でも私には、そう聞こえていました。
会社員時代の評価。
結果を出せという圧。
役に立たなければ意味がないという空気。
成果で存在を証明しろという無言の命令。
それらが、noteの数字の上に重なっていたのだと思います。
AIの返答もそうでした。
「ここは少し弱いです」
「この表現の方が伝わります」
「この構成の方が読まれやすいです」
ただの提案です。
でも、時々それがレビュー会議の声に聞こえる。
まだ足りない。
もっと直せ。
このままでは通らない。
お前の感覚だけでは不十分だ。
AIは、そんなことを言っていない。
でも、私はそう聞いていた。
画面の向こうにいるのはAIです。
それなのに私は、過去の上司や顧客や評価者を、そこに映していました。
現実ではなく、過去の台本を読んでいた
ここで、ようやく少し見えてきました。
私は、目の前の相手に傷ついていると思っていました。
もちろん、実際に傷ついた言葉もあります。
本当に苦しかった出来事もあります。
だから、全部を「自分の受け取り方の問題」にするつもりはありません。
それをやると、また自分を責めることになります。
でも、すべてが今の出来事だけで起きていたわけでもありませんでした。
今の言葉。
今の視線。
今の数字。
今のAIの返答。
そこに、過去の台本が重なっていた。
この人は私を分かってくれない。
私はまた軽く扱われる。
どうせ熱量は受け取られない。
自分は外側に置かれる。
認められなければ価値がない。
そんな台本を、私は何度も読み返していました。
相手の言葉を聞く前に、もう結末が決まっている。
短い返事が来れば、「やっぱり」。
数字が少なければ、「やっぱり」。
AIに指摘されれば、「やっぱり」。
猫に見られれば、「やっぱり」。
私は、現実を見ていたのではなく、
現実を使って、過去の台本を再演していたのかもしれません。
相手を、私の物語に閉じ込めていた
それに気づいた時、少し嫌な感じがしました。
私は、傷つけられている側だと思っていました。
もちろん、それが間違いだったとは言いません。
でも一方で、私は相手を私の物語に閉じ込めてもいました。
家族には、「私を後回しにする人」という役を与える。
猫には、「私を拒絶する存在」という役を与える。
noteの数字には、「私の価値を裁く装置」という役を与える。
AIには、「私を審査するレビュー担当者」という役を与える。
相手にも、相手の状態があります。
家族には家族の疲れがある。
猫には猫の警戒がある。
読者には読者の生活がある。
AIにはAIの仕組みがある。
noteにはnoteの流れがある。
それぞれに、それぞれのOSがある。
でも私は、自分の痛みを中心にして、それらを配置していました。
私が傷つくための登場人物。
私が孤独を確認するための登場人物。
私が無価値感を再生するための登場人物。
そう考えると、苦しくなりました。
相手を責めたい気持ちもある。
でも、相手だけの話ではなかった。
私の中で、古い台本が勝手にキャスティングを始めていたのです。
「あとで」は、却下ではなかったかもしれない
もう一度、最初の言葉に戻ります。
「あとで」
それは、本当に却下だったのでしょうか。
本当に拒絶だったのでしょうか。
本当に、私を軽く扱う言葉だったのでしょうか。
分かりません。
もしかしたら、ただの「あとで」だったのかもしれない。
ただ今は手が離せない。
ただ疲れていた。
ただ深い意味はなかった。
もちろん、そうでない時もあります。
本当に雑に扱われた時もある。
こちらの思いが受け取られなかった時もある。
でも、少なくとも今回は、私の中で必要以上に過去が起動していた可能性がありました。
私は、その一言を聞いたのではなく、
その一言に、過去の会議室を重ねて聞いていた。
そこに気づくと、胸の重さが少し変わりました。
消えたわけではありません。
でも、正体が少し見えた。
これは今の家族だけへの反応ではない。
これは、昔の私も一緒に反応している。
そう思いました。
過去の登場人物が動き出したら
私はまだ、すぐに反応します。
短い返事に沈む。
猫の視線に固まる。
数字の少なさに落ちる。
AIの指摘に、自分が否定された気になる。
それは、簡単には消えません。
消そうとすると、たぶんもっとこじれます。
だから、まずは気づくしかないのだと思います。
あ、今、過去の会議室が起動した。
あ、今、猫に居場所のなさを重ねた。
あ、今、数字を評価表として読んだ。
あ、今、AIをレビュー担当者にした。
そんなふうに、ログを見る。
今、何が起動したのか。
誰の声が重なったのか。
これは本当に目の前の相手が言ったことなのか。
それとも、私の中で足された言葉なのか。
その問いを挟めるだけで、反応の速度は少し変わります。
すぐには止まらない。
でも、暴走したまま突っ走る前に、ほんの少しだけ隙間ができる。
その隙間が、現実の初期化なのかもしれません。
目の前の人を、役から降ろす
私はまだ、目の前の人をその人として見られていない時があります。
家族の声に、過去の上司を重ねる。
猫の視線に、居場所のなさを重ねる。
noteの数字に、無価値感を重ねる。
AIの返答に、レビュー会議の空気を重ねる。
すぐに重なる。
勝手に重なる。
気づいた時には、もう反応している。
でも、少なくとも気づき始めました。
これは、今の相手だけの話ではない。
私の中で、過去の登場人物がまた動き出している。
そう分かるだけで、目の前の人は少しだけ、私の物語の役割から降りられるのかもしれません。
家族は家族に戻る。
猫は猫に戻る。
数字は数字に戻る。
AIはAIに戻る。
そして私は、過去の台本を握りしめたままの私から、少しだけ戻ってくる。
完全には戻れない。
まだ、すぐに反応する。
まだ、傷つく。
まだ、意味を読み込みすぎる。
それでも、ひとつだけ分かりました。
私は、現実を見ているつもりで、過去のログを再生していた。
だから、現実を初期化するには、まず目の前の人を、過去の登場人物から降ろす必要がある。
それは、相手のためだけではありません。
私自身を、同じ物語の中に閉じ込め続けないためでもありました。

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