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病院で待たされると、なぜこんなに疲れるのか|付き添いで見えた医療現場のストレスと思考整理

昨日、妻が骨折で入院しました。

病院に着いたのは朝9時。
そこから検査、診察、手術が必要という判断、入院手続きを経て、最終的に、付き添いの私が解放されたのは16時でした。

先生から診断してもらうまで、4時間。
それから追加の検査を経て入院に至りました。

入院手続きそのものは、それほど長くありませんでしたが、
そこまでが異様に長かった。

招待状をもらっての来院だったのに、診察まですんなり進まなかったのは、入院患者確定だからだったのではないかと勝手に感じています。

もちろん、病院側を単純に責めたいわけではありません。

緊急対応が入ることもある。
先生だって席を外すこともある。
大きい病院であれば受診者も多い。
予定どおりに進まないこともある。

それは分かります。

でも、分かることと、疲れないことは別です。

頭では「仕方ない」と理解できても、付き添い側の心と身体は、静かに削られていきます。

患者でもなく、ただ待っている身であれば、なおさらなのかもしれません。


病院で疲れるのは、待ち時間だけではない

病院で疲れる理由は、単に「長く待ったから」だけではない気がします。

本当に削られるのは、
あとどれくらいかかるのか分からないこと。
次に何が起こるのか分からないこと。
今、どの段階にいるのか分からないこと。
こちらの予定だけが、少しずつ崩れていくこと。

つまり、見通しのなさです。

3時間待つとしても、最初から「3時間後です」と分かっていれば、まだ心の置き場があります。
でも、いつ呼ばれるのか分からないまま座っている時間は、ただの空白ではありません。

動けない。
離れられない。
判断できない。
落ち着かない。

そういう状態に置かれると、人は思った以上に消耗します。

病院での待ち時間がしんどいのは、時間が長いからだけではなく、
自分の時間を、自分で扱えなくなるからなのかもしれません。


疲れてくると、先生やスタッフの見え方も変わる

長時間その場にいて、状況も見えないまま心身が削られてくると、先生やスタッフの印象も変わってきます。

若い先生を見ると、知識も経験もあるのだろうと分かっていても、どこか勢い任せに見えてしまうことがあります。

もちろん、実際にはしっかり学び、経験を積んでいるのだと思います。
ただ、こちらが余裕をなくしている状態だと、その若さやテンポの速さが、頼もしさよりも不安として入ってくることがある。

一方で、年配の先生を見ると、多くの患者を診てきたからこその落ち着きなのかもしれませんが、こちらから見ると、やさしさが見えにくいこともあります。

説明はしてくれている。
必要な判断もしてくれている。
でも、どこかドライに感じる。

スタッフの対応も同じです。

本当は、必要な手続きを淡々と進めているだけなのかもしれません。
忙しい中で、次々と対応しているだけなのかもしれません。

でも、こちらの気持ちが張りつめていると、その淡々とした対応が、事務的で冷たく感じられることがあります。

ここで難しいのは、どちらが悪いと簡単には言えないところです。

先生やスタッフが本当に冷たいのか。
こちらが疲れていて、そう受け取っているのか。
説明が足りないのか。
自分に余裕がなくて、受け取りきれていないのか。

たぶん、その両方が少しずつ混ざっているのだと思います。


患者側、付き添い側は、思った以上に弱い立場になる

病院では、患者側や付き添い側は、基本的に待つしかありません。

呼ばれるまで待つ。
説明されるまで待つ。
判断が出るまで待つ。
検査の順番を待つ。
手続きの案内を待つ。

自分の身体のこと。
自分の家族のこと。

本来なら、とても大切なことのはずです。

でも、医療の場では専門性があります。
こちらが勝手に判断できないことも多い。
だから、任せるしかありません。

その「任せるしかない」という状態が、静かにストレスになります。

しかも、病院では文句を言いにくい。

先生も忙しいのだろう。
看護師さんも大変なのだろう。
自分たちだけを優先しろとは言えない。
緊急の人がいれば、そちらが先になるのは当然だ。

それは分かる。

でも、こちらも疲れている。
こちらの一日も潰れている。
こちらにも予定がある。
家のこともある。
気持ちも張っている。

この、
我慢するしかないけれど、納得しているわけではない状態
が、病院で感じるストレスの中心になっている気がします。


病院で感じるストレスを整理してみる

病院で感じるイライラは、ひとつの感情に見えますが、
でも、よく見ると、いくつかの要素が重なっています。

時間のストレス

待ち時間が長い。
拘束時間が長い。
自分の予定が崩れる。
一日が消えていく。

これは、時間を奪われるストレスです。

単に待つことが嫌なのではなく、
その時間をどう使えばいいのか分からないまま、そこに置かれることがしんどいのだと思います。

情報のストレス

今、何を待っているのか分からない。
次に何をするのか分からない。
どれくらい時間がかかるのか分からない。
手術が必要なのか、入院になるのか、いつ決まるのか分からない。

これは、情報が足りないことによるストレスです。

人は、分からない状態が続くと、自分の中で勝手に不安や苛立ちを増やしていきます。

人へのストレス

先生が頼りなく見える。
先生が冷たく見える。
スタッフが事務的に見える。
話をちゃんと聞いてもらえていない気がする。

これは、人の対応に対するストレスです。

ただし、ここには注意が必要です。
相手が本当にそうなのか、自分の状態によってそう見えているのかは、分けて考えた方がいい。

余裕がないとき、人は相手の表情や言葉を、いつもより冷たく受け取りやすくなるからです。

立場のストレス

患者側は待つしかない。
付き添い側も動けない。
聞きたいことがあっても聞きにくい。
強く言うと、迷惑な人に見えそうで言えない。

これは、主導権を持てないストレスです。

病院では、患者側でありながら、自分で決められることが意外と少ない。
この「自分のことなのに、自分で動かせない感じ」が、思った以上に心を削ります。


「病院が悪い」と「自分が短気」は、どちらも少し違う

病院でイライラしたとき、人は両極端に振れやすい気がします。

ひとつは、
病院が悪い。
医師が悪い。
スタッフが悪い。
という方向。

もうひとつは、
自分が短気なのだ。
自分の心が狭いのだ。
病院は忙しいのだから我慢しなければならない。
という方向。

でも、たぶんどちらも少し違います。

病院側にも、改善できることはあるのだと思います。

たとえば、待ち時間の見通し。
次に何を待っているのかの説明。
今どの段階なのかの案内。
患者や付き添いが不安にならないための声かけ。

そこには、患者側から見て不満が出る余地はあります。

一方で、こちら側も疲れていると、相手の言葉や表情をいつも以上に重く受け取ることがあります。

若い先生が勢い任せに見える。
ベテランの先生が冷たく見える。
スタッフが事務的に見える。

それは相手の問題だけではなく、長くその場に置かれ、見通しを失った自分の状態が、そう見せている部分もあるのかもしれません。

だから大事なのは、どちらか一方を悪者にすることではなく、
何が起きていたのかを整理することなのだと思います。


病院で確認してもいいこと

病院では、文句を言うのは気が引けます。

でも、確認することまで我慢する必要はないのだと思います。

たとえば、

あとどれくらいかかりそうですか。
次は何を待てばいいですか。
今、こちらでできる手続きはありますか。
一度、外に出ても大丈夫ですか。
入院になる場合、今日中に必要なものはありますか。
退院の目安は、今の時点で分かりますか。

こういう質問は、クレームではありません。

自分の中の見通しを立てるための確認です。

もちろん、聞いたところで明確な答えが返ってこないこともあります。
医療側も、まだ分からないことがあるでしょう。

それでも、何を待っているのかが少し分かるだけで、心の負担は変わります。

病院でのストレスは、待ち時間そのものよりも、
何を待っているのか分からないことで大きくなるからです。


病院で疲れるのは、性格が悪いからではない

病院でイライラする。
先生にモヤモヤする。
スタッフが冷たく見える。
待ち時間に腹が立つ。

それは、必ずしも自分の性格が悪いからではありません。

長く待たされる。
見通しがない。
大切な家族のことを任せるしかない。
自分の予定も体力も削られる。
でも、医療現場も大変だと分かっている。

その複雑さの中にいるから、疲れるのだと思います。

だから、まずは整理してみる。

時間に疲れたのか。
情報が足りなくて不安だったのか。
人の対応に傷ついたのか。
自分が弱い立場になったことが苦しかったのか。

そこが見えてくると、病院そのものを嫌いにならなくて済む。
医師やスタッフを一方的に悪者にしなくて済む。
そして、自分のイライラを責めすぎなくても済む。

病院で感じたストレスは、自分の心が狭い証拠ではなく、
状況が複雑だったサインなのかもしれません。

病院で待たされると、疲れます。

でも、その疲れの中身を少し見てみるだけで、
次に同じような場面に置かれたとき、少しだけ心の置き場が変わる気がします。

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