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握りしめている情報が、現実の見え方を固定している|量子消しゴム実験と思考整理

病院の診察担当表を見たとき、ふと不思議なことに気づきました。

そこには、担当する先生の苗字が並んでいます。

まだ会っていない。
話してもいない。
どんな人かも分からない。

それなのに、その苗字を見た瞬間に、自分の中で勝手にイメージが立ち上がることがあります。

たとえば、「小林」という苗字を見たとします。

もし過去に、同じ「小林」という苗字の苦手な後輩がいたとしたら、どうでしょう。

目の前の先生とは何の関係もないはずなのに、
どこか身構えてしまう。

「なんとなく苦手そう」
「この先生、大丈夫かな」

そんなふうに、まだ何も始まっていないのに、過去の印象が先に動き出す。

あるいは、「浅香」という名前を見たとき。

昔のドラマで見た女性のイメージが浮かんでいた。
けれど、実際に会ってみたら男性だった。

名前から勝手に作っていた像と、現実の相手がまったく違っていたわけです。

また、「佐々木」という苗字を見て、前の会社にいた大らかな先輩を思い出すこともあります。

すると、まだ会っていない先生に対しても、

「なんとなく穏やかそう」
「話しやすそう」
「安心できそう」

と、少し好意的な印象を持ってしまう。

でも、それもまた、目の前の相手を見ているわけではありません。

自分の中に残っていた「小林さん」「浅香さん」「佐々木さん」という情報を通して、まだ見ぬ相手を見ている。

苗字という小さな情報が、過去の記憶を呼び出し、現実の見え方を先に固定してしまう。

これは、かなり日常的に起きていることなのだと思います。


量子消しゴム実験の「情報」という視点

この話を考えたとき、量子力学の「量子消しゴム実験」を思い出しました。

量子消しゴム実験は、簡単に言えば、粒子がどちらの経路を通ったのかという情報を得られるかどうかによって、干渉パターンの現れ方が変わる、という実験です。二重スリット実験の発展形として語られることが多く、「どちらの経路を通ったか」という情報と、干渉の現れ方が深く関係しています。

もちろん、これはミクロな物理現象の話です。

人間の心を、そのまま量子力学で説明できるわけではありません。

ただ、思考整理の比喩として見るなら、かなり示唆的です。

ポイントは、
どんな情報を持っているかによって、見え方が変わる
ということです。

私たちも、目の前の現実をそのまま見ているようで、実際にはいろいろな情報を持ち込んでいます。

過去の記憶。
誰かの言葉。
失敗した経験。
苦手だった人の印象。
うまくいかなかった場面。
逆に、安心できた記憶。

それらが、今の現実を見るフィルターになります。


苗字だけで、相手の印象が決まってしまう

苗字の例は、そのことをとても分かりやすく見せてくれます。

「小林」という苗字を見た。
その瞬間に、苦手だった後輩の記憶が出てくる。

でも、目の前の小林先生は、その後輩とは別人です。

「佐々木」という苗字を見た。
大らかだった先輩の印象が浮かぶ。

でも、目の前の佐々木先生が本当に大らかかどうかは、まだ分かりません。

「浅香」という名前から、女性を想像した。
けれど、実際には男性だった。

このように、私たちは名前、声、表情、服装、肩書き、話し方など、ほんの一部の情報から、相手の全体像を作ろうとします。

それ自体は悪いことではありません。

人は、過去の経験を使って今を判断します。
危険を避けたり、安心できる相手を見つけたりするために、記憶は必要です。

ただ、問題は、その連想を
「目の前の相手の事実」だと思い込んでしまうこと
です。

ここで現実の見え方が固定されます。

まだ会っていない相手に、過去の誰かを重ねる。
まだ起きていない出来事に、過去の失敗を重ねる。
まだ確認していない未来に、昔の痛みを重ねる。

すると、今の現実が、過去の延長に見えてしまいます。


情報は事実でも、結論まで事実とは限らない

ここで大事なのは、過去の情報を否定しないことです。

苦手な後輩がいた。
それは事実かもしれません。

昔、お金で苦労した。
それも事実かもしれません。

会社で評価されなかった。
傷つく言葉を言われた。
誰かに拒絶された。

それらを「なかったこと」にする必要はありません。

ただ、そこから作った結論まで、今も持ち続ける必要があるのか。

そこは別です。

たとえば、

「小林という苗字の苦手な人がいた」
これは過去の情報です。

でも、
「だから小林先生も苦手な人に違いない」
これは解釈です。

「前の会社で評価されなかった」
これは経験です。

でも、
「だから自分には価値がない」
これは結論です。

「発信しても反応が少なかった」
これは出来事です。

でも、
「だから誰にも必要とされていない」
は、出来事そのものではありません。

思考整理では、ここを分けます。

何が起きたのか。
そのとき何を感じたのか。
そこからどんな結論を作ったのか。
その結論を、今も採用しているのか。

ここを見ないまま進むと、過去の情報が今の現実を縛り続けます。


「消す」のではなく、効力を見直す

量子消しゴムという名前だけを見ると、「情報を消す」という印象があります。

でも、思考整理でやりたいのは、記憶を消すことではありません。

過去をなかったことにするわけでもない。
無理にポジティブな意味に書き換えるわけでもない。

必要なのは、こう問い直すことです。

その情報は、今の自分にとって、まだ判断材料として有効なのか。

昔の小林さんと、今の小林先生は同じ人なのか。

前の会社で評価されなかったことと、今の活動の価値は同じなのか。

過去にお金で苦労したことと、これからも必ず苦労することは同じなのか。

以前うまくいかなかった発信と、今書こうとしている文章は、本当に同じ条件なのか。

こうして見直すと、握りしめていた情報の力が少し弱まります。

完全に消えなくてもいい。

「あ、これは今の現実そのものではなく、過去の情報が反応しているのかもしれない」

そう気づけるだけで、少し距離ができます。


現実を見ているつもりで、過去を見ている

私たちはよく、現実を見ているつもりになります。

でも実際には、現実そのものに、過去の情報を重ねています。

返信が遅い。
だから嫌われた気がする。

予定が変わった。
だから軽く扱われた気がする。

出費が増えた。
だからまたお金に苦しむ気がする。

記事の反応が少ない。
だから自分の文章には価値がない気がする。

本当にそうなのかは、まだ分かりません。

けれど、過去の情報が強いと、現実はすぐにその形に見えてしまいます。

「また同じことが起きる」
「どうせ今回も無理」
「結局、自分は変われない」

こうした言葉は、未来を見ているようで、実は過去を見ていることがあります。


思考整理は、情報の棚卸しである

思考整理というと、頭の中をきれいに整えることのように思われるかもしれません。

でも、今回の話で言えば、思考整理はもっと地味です。

自分が何を見ているのかを確認する。

今の現実を見ているのか。
過去の記憶を見ているのか。
誰かの言葉を見ているのか。
自分で作った結論を見ているのか。

それを棚卸しする。

たとえば、苗字を見て身構えたなら、

「私は今、この先生を見ているのか」
「それとも、昔の小林さんを見ているのか」

と分けてみる。

お金が不安になったなら、

「今の数字を見ているのか」
「昔のお金の苦労を見ているのか」

と分けてみる。

発信が怖いなら、

「今の記事への反応を見ているのか」
「過去に評価されなかった記憶を見ているのか」

と分けてみる。

この分ける作業が、現実の見え方を少しゆるめてくれます。


小さな思考整理ワーク

今、何かに対して見え方が固定されているなら、次の順番で書いてみてください。

1. 今、固定されている見え方を書く

例:

どうせ私は選ばれない。
また失敗する。
お金はいつも不安。
好きなことで生きるのは無理。
あの人は私を嫌っている気がする。

2. その見え方の元になった情報を書く

例:

昔、否定された。
会社で評価されなかった。
お金で苦労した。
投稿しても反応が少なかった。
似たような人に傷つけられた。

3. 事実と解釈を分ける

例:

事実:投稿しても反応が少なかった。
解釈:私は誰にも必要とされていない。

事実:お金で苦労した時期があった。
解釈:これからもずっとお金に苦しむ。

事実:苦手な小林さんがいた。
解釈:小林という苗字の人は苦手かもしれない。

4. 今もその解釈を採用する必要があるかを見る

問いとしては、これくらいで十分です。

それは今も同じ条件なのか。
その結論は本当に唯一の答えなのか。
今の自分には、別の見方はないのか。
その情報を握りしめることで、何を守ろうとしているのか。

答えを急がなくても構いません。

まずは、どの情報越しに現実を見ていたのかに気づくこと。

そこからです。


現実を変える前に、見ている情報を見直す

私たちは、何もないところから不安になっているわけではありません。

多くの場合、そこには過去の情報があります。

傷ついた記憶。
うまくいかなかった経験。
誰かの表情。
言われた言葉。
苗字から呼び出される印象。

それらは、自分を守るために必要だったのかもしれません。

でも、今の現実をすべて過去の情報で見続けると、新しい可能性まで同じ色に染まってしまいます。

思考整理は、過去を消す作業ではありません。

ただ、過去の情報に固定された見え方を、少しゆるめる作業です。

「これは本当に今の現実なのか」
「それとも、過去の情報を重ねて見ているのか」

そう問い直したとき、目の前の世界は少しだけ違って見え始めます。

握りしめている情報を見直すこと。

それは、現実を見る目を取り戻すための、小さな量子消しゴムなのかもしれません。


今回の記事は、前回の量子力学と思考整理の記事の続きとして書きました。

前回は、
「なんか不安」という曖昧な感覚を、観測することで扱える形にする
という話をしています。

今回の「握りしめている情報を見直す」話とあわせて読むと、思考整理の流れがより分かりやすいかもしれません。

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