ロベスピエールという「人間」の話(読書感想)
一体、ロベスピエールとは何だったのか。
生前、清廉の士とも独裁者とも呼ばれたこの人は、彼について手短に教えてくれと願う私みたいな奴をあっさり拒絶する。
何者なのか知りたい人たち
ロベスピエールが現在も続く形に押し込まれるきっかけとなった事件、テルミドール9日のクーデター。その前日にあたる8日から10日の資料は事件後に再構築されており、さらにクーデター以降の議事録の半分は総裁政府期(クーデターの翌年に発足)の議会の命令で書き直されているそうだ。セクションの議事録も火災でほぼ焼失。実際何が起きたのか知りたいというのは控えめに言って難しい状態なのだろう。それでも調べようとする、満たされない欲に憑りつかれた人が多分この世に大勢いる。
歴史学者のマルク・ブロックは言ったそうです、
「ロベスピエールを支持する者たち、あるいはアンチ・ロベスピエールの者たち、どうかお願いだ。頼むから、ロベスピエールとはどういう人物だったのか、ただそれだけを私たちに語れ」
ここでは、そんな現実の中でロベスピエールを書いた本において、彼はどういう風に綴られているのかまとめてみたい。どれも私が好きな本なので、それぞれの良さが伝えられたら嬉しい。
※書籍の発行年月は日本でのものです。
『ロベスピエール』 マルク・ブゥロワゾオ
1958年7月 発行
「36歳を一期としてロベスピエール去ってより、革命はその良心を失った」
「すなわち、ひとつの崇高な理念が彼を導いた。それは、人民の福祉という理念である。だが、それだからといって、彼がユートピアを望む者だとは考えないでいただきたい。彼は、デゴマークや、野心家や、血を好む者などではなかったのと同様に、ユートピア主義者でもなく、この点は、当時、彼の政敵さえもが一致して認めざるを得なかったのである」
著者はロベスピエール演説集の編集者がひとり。この伝記も演説集からの引用が多い。修正学派が出てくる前の時代に書かれたせいもあってか、ロベスピエールに対してとても好意的な内容。
勿論、オーラールといった歴史家からの批判や彼の人をレーニンの先駆けと見なす考え方にも触れつつ、あくまでも19世紀頃から始まったというロベスピエールの名誉回復に努める流れを汲んでいる(ちょっと良く書かれすぎてる気もする)。そして、こういう演説してれば存命中、ロベスピエールを神様みたいに慕う人もある事ないこと誹謗中傷の種にする人もいるわな、と納得させられる。
ロベスピエールの人生について、基本的なところは今日でも通じる内容だ。だからこそ、これまでどれほど真剣に研究が重ねられてきたのか、それでもクーデター後の出来事を断ち切れずにいるのか、考えずにはいられない。著者の意図からは離れてしまうのだろうけど、そういう点から読めるのも面白いところ。
『ロベスピエールとドリヴィエ』 遅塚忠躬
1986年11月 発行
「『われは知己を後世に待つ』――、テルミドールに非業の死をとげるロベスピエールの運命を見とどけるときまで、われわれはこの言葉を記憶の片隅にとどめておきたいと思う」
「社会問題に関するロベスピエールの主張のなかで最も明確に表明され、かつ、彼の社会思想の中核の位置を占めるのは、生存権の優位という思想である」
ドリヴィエというのはフランスのエタンプ市にいた司祭。穀物価格の大幅な高騰を受けて、これを正当な価格まで下げてほしいと訴え民衆が蜂起した後、彼らを擁護して議会に嘆願書を提出した。ロベスピエールが生存権を重視するようになったきっかけとして書かれる人物だ。
彼とロベスピエールの足跡を追うことで、ロベスピエール単体やフランス革命についても深掘りするのが本書の狙い。なので正確に言うとロベスピエールの伝記ではなく、ちょっと変化球な代物。
ロベスピエールはブルジョワジーの政治家でありつつ、民衆の立場にも足を置いていた。ここではその両義性にスポットを当て、この特性ゆえに権力を握り破滅したとしている。
フランス革命の議会自体は結構、民衆に冷たいところがある。さらに言うなら民衆が崖っぷちに立たされたとき発動する、その暴力性を恐れてもいる。エタンプ市の蜂起にしても、当時の議会は請願書の存在をスルーして、民衆の要望を頑なに拒否し殺害された市長を表彰しようとしたわけで。
ロベスピエールが所属していた山岳派というのは革命のため民衆と連携する必要があると考えた人たちなのだけど、ブルジョワジーと民衆、双方の要望を聞くというのは非常に難しいことだった。この立場に身を置いたロベスピエールやその同志たちの複雑さについて、少しわかった気になれる本。
『ロベスピエール』 ピーター・マクフィー
2017年3月 発行
「私が書く伝記は、ロベスピエールの人生における公私の障壁のいくつかを解消しようとする試みである」
「彼は、あたかも脳みそが歩いているがごとく、統一的で完全無欠な思想の代弁者であるかのように書かれることがあまりにも多く、情熱と当惑を抱え、堅い決心をしつつも自信がなく、国家的舞台と『故郷』への思惑に板挟みになっている、そういう1人の若者として描かれたことはなかった」
おそらく、現在の日本で1番有名なロベスピエールの伝記では。神格化もせず悪魔化もせず、等身大の人間として書くことを目指した本書は、ロベスピエール友の会という公式ファンサイトみたいなHPで絶賛されている。
ここで書かれたロベスピエールはなかなかキュート。鳥が好きで犬も飼ってた彼だが、カナリア貰って「とてもかわいいです。あなたが育ててくださったカナリアです。どんなカナリアよりも優しく社交的になってほしいなとも思っていました」と喜んでるのになかなか懐いてもらえなくて困ってる。革命家になってからは中傷されたりすると落ち込んで病気療養を繰り返す。滅多にない休みの日には鞄に好きな食べ物であるオレンジを詰めて愛犬の散歩に行く。こういう親近感がわく部分が提示されることで、より多角的な人物像が構築される。
多くの人に読まれたのも、上記のサイトで喜ばれたのも、どのような人間がどのような経緯を辿りその結果を出そうと思ったのか、個としてのロベスピエールを尊重しながら書かれたものだからこそだろう。革命家および政治家である彼の最重要項目は政治であり、彼という個を重視しすぎるのはその複雑な人生を物語化して消費することに繋がるだろうけど。36年生きた人間としてロベスピエールを気にかける行為は珍しいもの、というつれない現実がまずあった。
『ロベスピエール 創られた怪物』 ジャン=クレマン・マルタン
2024年8月 発行
「フランス革命の魂にして謎」
「まさにこうした見地からすると、ロベスピエールは、今なお論争の的となっている時代を体現しており、また、フランス革命――彼が解釈し、彼が指導を行い、しかし彼の手から放れていった革命、そして、その歴史の諸段階を一歩一歩検討しようとしなければ、理想化したり悪魔視したりしてしまう革命――を体現しているのである」
この本最大の特徴は、ロベスピエールを同世代の革命家たちと並べながら語っているところ。
例えば、ロベスピエールが生まれ育った家庭というのは現代の価値観からだとなかなか悲惨なものに思える。母親が出産中にお腹の子諸共亡くなり、父親は子どもたちを親戚に任せてそれっきり。しかし、当時これはめずらしくもなかったらしい。ナポレオン、エベール、フーシェといった人々と比較し、家族が亡くなるのも親が子を捨てるのも、人が今より過酷な状況に置かれやすい時代においてはありふれていたと説明される。
革命家・政治家としてのロベスピエールにも同じことが言える。
この本で書かれたロベスピエールは、並みより優秀だが目立って尖っていたわけではない、普通の革命家だ。均衡と妥協を戦術とする政治家らしい一面は、ネットなんかでよく見るロベスピエール像から最もかけ離れたものかもしれない。
しかし、バランス感覚が備わっていたからこそ、戦争・内乱などから生まれた混乱を長引かせては国が持たないと判断し恐怖政治を支持したのであり、極端な方向に走り抜けなかったから山岳派では中間に位置し、ジェルミナルのドラマでもダントン派とエベール派の真ん中にいたんじゃないだろうか。個人的にはロベスピエールの言動は充分に熾烈な気もするけれど、周囲と比較するとずば抜けたものじゃなかったという話もわかる気がする。
結論を作り上げる
これらの本に共通してるのは、ロベスピエールをかなり現実的な考え方の持ち主として書いてるところだ。
元々彼は全国三部会のためパリにやってきた、国王の元に集った人だった。そして体制が王政→立憲君主政→共和政と変化し、主権も国王から国民に移り変わる中でそれに対応した。勿論すべてを受け入れたわけでなく、開戦に反対したりヴァレンヌ事件でルイ16世を信用しなくなったりと色々あった。けどそれも、開戦したらそれに応じた対策をとる、立憲君主政が成立したら
議会解散に伴い一線から退くなどといった面を見ていると、話がまとまるなら形にはあまりこだわりなかったのではと疑いたくなる。
地に足がついていたからこそ、この時代で権力を得た者のひとりになれたのだろう。
最後に、ロベスピエールに関係したもので私が1番好きなのが、妻を亡くしたダントンに宛てられた手紙なのでこれを紹介したい。ここ数年で見つかった手紙らしく、上記の本で言うとマクフィーとマルタンの本では取り上げられている。
「もし君のような人の魂までも打ち砕いてしまうような不幸にあって、愛情溢れる、献身的な友人がいると思えることで、少しでも慰めになるのなら、私がその友人だ。今までにないほど君に愛情を持っているし、それは死ぬまで消えないだろう。この瞬間、私は君だ。君の苦しみ、そのすべてから生まれる言葉に、どうか心を閉ざさないでほしい」
誰に作れと言われたわけでもない、血の通った手紙だと思う。
参考
マルク・ブゥロワゾオ、ロベスピエール
遅塚忠躬、ロベスピエールとドリヴィエ
ピーター・マクフィー、ロベスピエール
ジャン=クレマン・マルタン、ロベスピエール 創られた怪物
山﨑耕一、フランス革命 「共和国」の誕生
松浦義弘、「テルミドール9日のクーデタ」とは何だったのか
https://hit-u.repo.nii.ac.jp/records/2037646
「Je t'aime plus que jamais et jusqu'à la mort」: la lettre de Robespierre à Danton raconte une part de l'histoire de France
画像…パンテオン(パリ)
