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【Gガンダム】「東方不敗」を極めたかった少年。叫べ!魂の「石破天驚拳」。

「未熟!未熟!!未熟千万!!!
 だぁからオマエはアホなのだぁぁ!!!」

わたしが小学生の頃、放課後の教室は「リング」と化していました。
当時、夕方のテレビ番組を席巻していたのは

「機動武闘伝Gガンダム」

それまでのガンダムの常識を覆す格闘路線に、
われわれ子どもたちは熱狂していたのです。

1. 「シャイニングフィンガー」を横目に

休み時間になれば、男子たちはこぞって

「俺のこの手が真っ赤に燃える!」

と叫び主人公ドモン・カッシュの必殺技を真似て
掌を赤く燃やしていました。

ドモンは若くて、熱くて、
そして文句なしに「カッコいい」主人公。
誰もが彼になりたがったのは当然の帰結です。

ドモン。切ない背景を持つ「熱血系」主人公

しかし、わたしは違いました。
わたしの視線の先にいたのは、ドモンでも
シャイニングガンダムでもなく、
その背後に立つ圧倒的な「影」――。

東方不敗マスターアジア

イケメンでもない。若くもない。
主役機に乗るわけでもない。

けれど、幼なかったわたしの心を一瞬で、
そして一生涯にわたって鷲掴みにしたのは、
東方不敗が放つ、抗いようのない「凄み」だったのです。

東方不敗。ドモンの師、最強の敵にして真の理解者。

2. ガンダムに乗らない最強の「破壊者」

今思えば、Gガンダムという作品自体が、
一つの巨大な「破壊」だったように思います。

それまでのガンダムシリーズは時代は違えど
すべて「宇宙世紀」

いま思うに、この頃のガンダムは、
宇宙世紀の複雑化する政治背景や、リアルな兵器描写の重みに押し潰されそうになっていたのではないかと思います。

そこへ現れたマスターアジアという存在は、
その全ての理屈を「拳一つで」焼き払ったのではないか。このように思いました。

あの活躍の衝撃を、今でも鮮明に覚えています。
ガンダムアニメなのに、ガンダムに乗らない。

拳と布切れ一本で、巨大な鋼鉄の塊である敵モビルスーツ(デスアーミー)をバッサバッサと斬り伏せていく。

「布」でモビルスーツを撃破する武闘家、東方不敗。

「人間なのにモビルスーツを倒せるの!?」

従来の理屈を超えた姿。
既存のガンダム像を一度「焼け野原」にして、
後の作品が自由に羽ばたけるための土壌を切り拓いたのだと思います。

当時の大人たちが
「こんなのはガンダムじゃない」と批判する中。

小学生のわたしは、その
「正論を黙らせる圧倒的な強さ」
に、本能的に惹かれていったのです。


3. 秋元羊介さんの「声」

そして何より、声優・秋元羊介さんの声。
ただ低いだけではない。威厳に満ちた咆哮。

「だからお前はアホなのだぁ!!」

この言葉は、単なる罵倒ではありませんでした。

そこには、未熟な愛弟子への歯がゆさと、
自分の理想を継いでほしいという、期待が凝縮されているのです。

だからお前はアホなのだ


物語が進むにつれ、彼はさらに恐ろしい
「真の目的」を口にします。

「分からぬか? 地球を汚す人類そのものがいなければ、自然は自ずと蘇る。……そのためならば人類など滅びてしまえぇっ! うぁっはっはっはっは……!」

東方不敗マスターアジア

人類抹殺。

あまりにも純粋で、孤独な狂気。

しかし、テレビの前のわたしは既に感じ取っていました。

その狂気の中に、地球という星を愛しすぎた
東方不敗の底知れない哀しみを読み取っていたのです。

秋元羊介さんの声が、その狂気に「剥き出しの真実」という名の説得力を与えてしまった。

だからこそ、その声に導かれるように
マスターアジアに心酔していったのです。


4. 孤独に極めた「流派東方不敗」

クラスメイトたちがドモンの口上を叫び、
掌を光って唸らせている横で、
わたしは一人、ドモンではなく、東方不敗になっていました。

休み時間、わたしは一人で東方不敗の演武をはじめる子どもでした。

こういうやつ

脳内では、常に秋元さんの声が再生され、
あの「構え」を真似することだけに全神経を注ぎました。

精神を研ぎ澄ませ、腹の底から声を絞り出す。

「流派東方不敗は王者の風よ!
 全新系列! 天破侠乱!
 見よ! 東方は赤く燃えている!!」

流派東方不敗 口上

そのひとつ一つの動作に東方不敗を宿らせたい。
あの頃のわたしは深く、師匠の魂に触れようともがいていました。


5. 継承の瞬間、暁に燃える

第45話。流派東方不敗、師弟の決戦の時です。

ドモン・カッシュと拳を交える中、
東方不敗は自身の思想が過ちであったことに気づきます。

しかし、もう遅かった。
自身の身体は病に侵され、
今までの行いは決して許されるものではない。

流派東方不敗・最終奥義「石破天驚拳」

過ちに気づいた東方不敗は自らを「悪党」と称し
ドモンを力ずくで引きずり上げようとします。

「そこまでか! 貴様の力など、
 そこまでのものに過ぎんのかぁ!!」

「足を踏ん張り、腰を入れんかっ!
……そんな事では、悪党のワシ1人倒せんぞ!
 この馬鹿弟子がぁ!!」

かつての理想も、狂気も全てをかなぐり捨てて。
ドモンを自分以上の存在にすることだけに命を燃やし始めたのです。

「立て! 立ってみせぇい!!」

膝をつくドモンの腹を抉ってでも立たせる。
それは師匠としての、最後にして最大の稽古。
そして、決着の時。

ドモンの放った一撃が、師匠を貫きます。

その瞬間、東方不敗の顔は、
これ以上ないほどに穏やかで、誇らしげでした。

「よぉし……今こそ、お前は
 本物のキング・オブ・ハート……」

この瞬間、流派東方不敗は完成したのだと思いました。
師匠を超え、己の信じる道を歩き出す「魂」を渡すこと。

最期の瞬間に漏れた
「お前と新宿で出会わなければ…」という本音。
もし運命が違えば、二人はただの師弟として、
山奥で修行を続けていたのかもしれない。

そんな切ない「もしも」さえも、
あの美しい朝日の前では、すべてが昇華されていきました。

小学生の俺、号泣。

6. おわりに。今も吹く、王者の風

アニメ史に残る数多くの「師匠」キャラの中でも、
マスターアジアは別格です。

東方不敗は単なる師匠キャラではなく、
一つの「生き様」そのものでした。

正しいとか間違っているとかではなく、
ただ一つの信念に命を懸け、地球を想い、
最後には愛する弟子にすべてを託して逝く。

大人になった今でもあの渋い声を思い出します。

「そんな事では、悪党のワシひとり倒せんぞ!」

小学生のわたしが初めて触れた「男の美学」。
それは、煌びやかな主役機ではなく夕日を背に。
拳一つで世界を破壊した、あのオッサンの背中にありました。

王者の風は、今も吹き荒れているのです。



(あれこの記事、ガンダム出てこなかったぞ…)

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