第13回 食感は狙って設計できる
ここまで12回、粉の性格、加水率、製法という3つの変数を、ひとつずつ見てきました。今回はこの3つを組み合わせて、「作りたい食感」から逆算する、という話をします。
目指すパンを決める
今回のゴールはこうです。
もちもち、だけどふんわり、そして口溶けのいいパン。
まず、口溶けの良さについて。これは水の量そのものの話です。加水率が高いほど、口の中で生地がなじみやすくなり、口溶けが良くなります。ここに製法による違いはなく、単純に加水率を上げることが答えです。
問題は、その水をどう入れるかです。同じ加水率にたどり着くにも、水の入れ方は複数あり、たどり着く食感の性格が変わります。
湯種(あらかじめデンプンに水を組み込む)→ もちもち。バシナージュ(グルテンができた後に自由水として抱えさせる)→ ふんわり。ストレート(最初から全部の水を時間をかけて馴染ませる)→ その中間。
今回は、もちもち・ふんわりのどちらの方向にも寄せられる土台として、まずタンパク質量の多い粉を選び、そこにバシナージュで加水率を積み増していく組み立てを検証します。

ストレートY=3.08、湯種20%Y=3.22、バシナージュ+20%Y=3.04。
骨格の高さは近くても、水の入れ方でたどり着く食感の性格は違う。
バシナージュとは、先にこねてグルテンを作ってから、そこに水を後から抱えさせる製法です。最初から全部の水を入れてこねるより、すでに形成されたグルテンの網目に水を吸わせていく形になります。
後から入れる水は、20%なら20%をいっぺんに加えるのではなく、少しずつ加えていきます。一度に入れると生地が受け止めきれず、水が分離してしまうためです。ミキサーを使う場合は、加える水を氷にしておくと、こね上げ温度が上がりすぎるのを防げるので扱いやすくなります(手捏ねでは厳しいかも)
ここで製法名について一つ補足します。一般的なバシナージュは、生地がまとまった直後に5〜10%程度の水を追加する方法です。当店では、より多くの水を抱き込ませるために、あえて一次発酵後まで待ってから水を足しています。生地がまとまった直後より、一次発酵を経た後の方がグルテンの量・網目がより多くできあがっているため、その分多くの水を抱えさせることができます。今回のデータも、加水率70%の生地を一次発酵させたあとに水を後入れする、この当店の方法で検証したものです。一般的なバシナージュとは、水を足すタイミングが違うことをあらかじめお伝えしておきます。
バシナージュは、どんな粉にも同じように効くのか
ここでひとつ確かめたいことがありました。バシナージュという製法は、粉を選ばず同じように効くのか、それとも粉によって効き方が変わるのか。単一品種の強力粉2種、ハルユタカ100(タンパク質11.5%)とゆめちから100(タンパク質12.5%)で、ストレートとバシナージュを比較しました。
粉 タンパク質 ストレート90% バシナージュ90% 差
ハルユタカ100 11.5% Y=3.08 Y=3.04 −0.04
ゆめちから100 12.5% Y=2.80 Y=3.26 +0.46
結果ははっきり分かれました。ゆめちから100はバシナージュにするとしっかり伸びましたが、ハルユタカ100はほとんど変わりませんでした。タンパク質量が1%違うだけで、バシナージュの効き方がここまで変わります。
加水率を上げていくと、優劣が入れ替わる
一般的には、加水率80%を超えたあたりから「高加水パン」と呼ばれます(70%台から高加水に含める情報源もあります)。65%前後が標準的なパン生地、70〜80%が移行帯、80%を超えると明確な高加水、という段階です。
90%だけでなく、75〜110%まで幅を広げて、バシナージュでの動きを見てみました(初期加水率70%から後添え)。
加水率 75% 82% 90% 100% 110%
ハルユタカ100 (11.5%) 3.78 3.20 3.04 2.22 2.28
ゆめちから100 (12.5%) 3.18 3.00 3.26 2.46 2.32
バシナージュ同士で比べると、75%・82%はハルユタカ100の方が高く、90%を境にゆめちから100が逆転します。けれど、ここで一度立ち止まって、ストレートと比べてみます。
75%スト 75%バシ 82%スト 82%バシ
ハルユタカ100 2.88 3.78 3.24 3.20
ゆめちから100 2.90 3.18 2.36 3.00
ここで見えることが変わります。ハルユタカ100は、82%ではストレート3.24→バシナージュ3.20と、バシナージュにしてもほぼ変わりません。一方ゆめちから100は、82%でストレート2.36→バシナージュ3.00と、+0.64も押し上げられています。
バシナージュが強く効いているのは、82%の時点ですでにゆめちから100の方でした。
90%で表面化する逆転は、そこで急に起きたのではなく、82%からすでに始まっていたということです。「高加水」と呼ばれる80%のすぐ手前から、タンパク質量の多い粉の方がバシナージュの恩恵を受けやすくなっている、という見方の方が実態に近いと思います。
ブレンド2種でも同じ傾向が出ています。ハルユタカブレンド・江別ゆめちからブレンドは、どちらもバシナージュにすると骨格が上がりました(それぞれ+0.60、+0.50)。バシナージュで伸びなかったのは、今回の中でタンパク質量が一番少ないハルユタカ100(11.5%)だけです。
バシナージュは、W型の谷を埋める
プロジェクト内の分類では、ハルユタカ100・ゆめちから100を含む多くの強力粉は「B型(W字型)」——67〜82%あたりに谷ができ、そこを過ぎると高加水で再び持ち上がるパターンに分類されます。ゆめちから100のストレートで、この谷がはっきり出ました。
75% 82%(谷) 90% 100%
ゆめちから100 ストレート 2.90 2.36 2.80 3.32
ゆめちから100 バシナージュ 3.18 3.00 3.26 2.46
ストレートだと82%でくっきり谷ができますが(Y=2.36)、バシナージュにするとその谷がY=3.00まで埋まります。谷になる場所に、ピンポイントで効いているということです。
ただし、Y値が近づいたからといって、食感まで同じになるわけではありません。
第6回でお話しした通り、同じ加水率・同じような骨格の高さにたどり着いても、そこに至るルートが違えば、中身の景色は別物です。ストレートの82%と、バシナージュで谷を埋めた82%は、Y値こそ近くても、生地の中でグルテンが育った順番も、水の抱え方も違います。バシナージュで持ち上げた82%は、ストレートの82%より軽くふんわりした方向の食感になるはずです。谷を「埋める」というのは、あくまで高さの話であって、同じパンになるという意味ではない、というのは付け加えておきます。
今回わかったこと
口溶けの良さは、加水率そのものが決める。もちもち・ふんわりは、水の入れ方が決める。
加水率を上げれば口溶けは良くなります。そのうえで、湯種にすればもちもちに、バシナージュにすればふんわりに、ストレートならその中間に寄る——これが、ここまでの検証から見えた、水の入れ方と食感の対応です。
さらに、バシナージュそのものの効き方も一様ではありませんでした。加水率80%に近づくあたりから、タンパク質量の多い粉ほどバシナージュの恩恵を受けやすくなります。82%の時点で、ゆめちから100(タンパク質12.5%)はバシナージュによって大きく押し上げられていた(+0.64)のに対し、ハルユタカ100(11.5%)はほとんど変わりませんでした(−0.04)。「もちもち・ふんわり・口溶けのいいパン」を、80%を超える高加水で作りたいなら、タンパク質量の多い強力粉を選び、そこにバシナージュで加水率を積み増していく——これが今回の検証から見えた組み立て方です。
次回予告
レシピ本についてみていきます
