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新入荷のお知らせ(2026年8月9日)『図書館、山へ分け入る』他

※新入荷の中から1冊をご紹介します。

図書館、山へ分け入る』は、奈良県東吉野村で「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」を運営する著者のエッセイ集。
なぜ「山」なのかという問いに著者はこう答える。「時の権力に迫害される者、現世に居場所を見出せない者は、山に分け入る」のだと。図書館が山の中にあること自体が「抵抗」を意味し、今がどういう時代でその社会は自由で平和なのかを無言で問いかけることになると言う。

著者は、図書館の活動や暮らしの中で感じるちょっとした違和感から問題の本質・根源に迫っていく。忙しさの中でつい見過ごしがちな違和感をそのままにせず、粘り強く考えていく。そこにこそ問題の本質が隠されている場合もあるからだ。
問題へのアプローチやその打開策も、声高に叫ぶのではなく、考えること、問い続けることに力点を置く。「頼りなく揺れる言葉たち、その揺れや頼りなさに正直であることが、暴力への静かで大きな抵抗になるのではないでしょうか」-。その語り口はとても静かだ。静かだからこそ心に染み入り力となる。

たとえば「戦争」について。
私たちは戦争を文字通り「銃弾が飛び交っている状態」としてのみ捉えがちだ。そこでは「銃弾が飛び交っている(=戦争)/飛び交っていない(=平和)」という2択にならざるを得ない。しかし著者は「戦争状態」というより幅広い概念を使い、戦争の本質・根源に迫っていく。
著者の言う戦争状態とは「人が切り捨てられ犠牲になることを強要される」状態を指す。人を「役に立つ/立たない」という基準で選別し切り捨てるような状態のことだ。そして、「戦争状態がやがて本物の戦争を連れてくる。だからこそ、戦争状態に気がついて、それをそのままにしておかないことが大切なのだ」と言う。

銃弾が飛び交っていない状態が平和なのではない。むしろ日常の中にこそ戦争につながる芽がある。そうした芽を見逃さないこと、大事なことがこぼれ落ちないようにすること。小さなことかもしれないが、こうした実践こそが暴力や戦争への「静かで大きな抵抗」になると信じたい。

昔の人は名もなき人びとを生い茂る草木に喩えた。著者が民衆のことに触れるときも、あえて「蒼生」(民草の意)という言葉を使っている。(個人的なことだが、評者は約30年前に生まれた子どもに「蒼生」と名付けた)
本書がこんなにも説得力を持つのは、著者が、ときに踏み付けられるが地に根を張る草木のようなまなざしで言葉を紡いでいるからではないだろうか。

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