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セックス氾濫の時代、知り過ぎた子供たち

初  出:1981年12月1日
初 掲載:2026年2月16日
最終更新:2026年2月18日


《再読1980年の日本》


進むべき方向を見つけるには過去を正確に知る必要がある。日本が世界一だった1980年という時代は、ほんとうに今言われているような時代だったのか?  当時の記事を再読することで確かめてみようというシリーズ。
1980年代のアメリカの性はどうだったのか。すでにペドフィリアと児童ポルノについての記事は掲載したが、今回は青少年の退廃的なセックス事情についてだ。

何かが狂ってしまった。社会の変化、家庭の崩壊、テレビや映画のセックスや暴力シーンなどが、早熟な“大人のひな型”をつくっている。子供たちはもう、のびやかな児童期を経験できなくなってしまったのだろうか。

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セックス氾濫の時代、知り過ぎた子供たち


 ウラジミール・ナボコフの「ロリータ」が出版されたのは、一八五〇年代のことです。これは、ロリータという十二歳になるアメリカの少女が、ヨーロッパ出身の中年男性と肉体関係をもつという物語であり、多くの国の良識ある人々にショックを与えたものです。ニューヨーク・タイムズ紙はこの小説を「不愉快極まりない話」と評しましたし、読者は、この少女がセックスを経験するには早すぎるという点ばかりでなく、あまりにもませていて、あばずれで、子供らしくないのに憤慨したものでした。
 ところが今日、ロリータのような少女はたいして珍しくもない存在になってしまったのです! 今の十二歳の少女たちに、少なくとも知識に関するかぎり、ロリータと相通ずるところが多いのは確かです。とにかく、昔の子供たちの比ではありません。あの純真なおさげ髪の少女たちは、どこへ行ってしまったのでしょうか?
 子供たちの“成長の時刻表”は、どこかが狂ってしまったのです。親たちの不安も大きいようです。小学生の子供をもつある母親は、次のように言っています。「私が外出していたある晩、子供たちは夜更かしをしていて『ミッドナイト・ブルー』(セックスのきわどい場面がふんだんに出てくる有線テレビのショー番組)(注1)を見ていたのです。次の日、子供たちはその番組の内容を逐一報告してくれたのですが、まあその内容と言ったら! 私だったら、とても母なんかに話すことなど考えられない代物でした。もし話したら、母は目を回してしまったでしょうね」
 子供と大人とを分ける境い目をなきに等しいものにしてしまったものは、果たして何なのでしょうか? 思春期が早まったことだけでは説明しきれない急激な変化が起こっているのです。確かに思春期は今日、十九世紀中葉に比べて、少なくとも三年は早まっていますが(ほとんどの専門家は、栄養状態がよくなった結果だと考えています)、その変化はとても緩やかなものでした。二十年前でさえ、私たちの考える「児童期」は、今日一般に考えられているものより、おそらく曾祖父母の時代のものに近かったと思います。

何が子供をこうさせたか

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