「考える」を考えるって、難しい。
友達と話していて、
「考えるって難しいよね」
みたいな話になった。
私は、未来のことを考えると暗くなることがある。
この先どうなるんだろう。
ちゃんとできるのかな。
このままだったらどうしよう。
考えれば考えるほど、不安になって、気持ちが沈んでいく。
だから私は、そういうときは、
「もう考えないようにしよう」
ってしていた。
そんな私に、友達は言った。
「なんで、未来のこと考えて暗くなっちゃうのか考えてご覧」
……え。
さらに考えるの?
暗くなってるのに、さらに考えたらもっと暗くならないかな。
そう思った。
「確かにそうだけど、難しそう」
そう言った。
すると、
「多分その先に嫌なものがあるんだよ」
と言われた。
未来のことを考えて暗くなる。
だったら、
「私は何が嫌なんだろう?」
って、その先まで考えてみる。
考えるのは辛い。
その先にある「嫌なもの」が分かれば、
「私は本当はこれが嫌なんだ」
って、自分の気持ちが見えてくる。
そんな考え方があるんだと思った。
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私は、ずっと頭の中で考えていた
私はモヤモヤすると、頭の中でずっと考える。
「あれってどういう意味だったんだろう」
「私が悪かったのかな」
「相手にも事情があるよね」
そうやって考えていって、最後には、
「きっと私が悪いんだな」
って、自分の中に押し込めようとしていた。
そうすれば、考えるのを終わらせられる気がした。
実際は、終わったわけじゃない。
ただ、モヤモヤを自分の中に押し込めていただけだった。
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「ムカつくときは、ムカつくって確定する」
そんな私に、友達がもうひとつ教えてくれた。
「私はムカつく時は、ムカつくって自分の気持ちを1度確定する。そこから考えるんだ」
と言った。
これも、私には新しい考え方だった。
私は「ムカつく」と思った瞬間でさえ、
「でも私が悪いのかな」
「相手にも事情があるよね」
と考えてしまう。
だから、自分の気持ちが確定する前に、いろんなことを考え始める。
友達は、
「まずは自分の気持ちを確定するんだ」
と言った。
私はまだ、それが上手にできるわけじゃない。
でも、
「ああ、そういう考え方があるんだ」
と思った。
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とにかく気持ちを声に出す
そして友達は言った。
「とにかく気持ちを声に出せ」
そうすれば、確定する。
モヤモヤを消すには、まず一回発言する。
頭の中だけで考えていると、ずっとモヤモヤしたまま。
でも、
「私は嫌だ」
「ムカつく」
「悲しい」
「嬉しい」
一回、声に出してみる。
そうすると、
「私はこう感じてたんだ」
って、自分でも分かってくる。
そして、そのあとで、
「じゃあ、私はどうしたい?」
と考える。
そんな考え方だった。
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「そんなことでいいの?」
私は最初、
「そんなことでいいの?」
と思った。
けど、すぐに別のことを思った。
そもそも、口に出せる相手がいない。
私は同じ境遇の人がいなかった。
だから、自分の中にあるものを分かってもらえる話をすることも難しかった。
でも、今は違う。
同じ境遇の友達に出会えた。
だから、分かり合える話ができる。
分かってくれる。
それだけでも、私にとっては大きかった。
だからこそ、今こうやって気持ちを口に出せている。
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それでも「言っていいのかな」と思った
それでも。
その友達にさえ、私は思った。
「これ、言っていいのかな」
話せる相手だから何でも話していい、とは私は思えなかった。
「友達を使っちゃうのは……」
そう言った。
すると、
「使うじゃない!」
って言われた。
「考え方が違う。
話してくれて嬉しいんだから!」
私は、
「え? そうなの?」
と思った。
そして、嬉しかった。
「頼っちゃうかも」
と言ったら、
「嬉しい」
と言ってくれた。
私は、
「本当に頼っていいのかな」
「迷惑にならないかな」
と思っていた。
それでも、
頼ることを嬉しいと思ってもらえることが、私は嬉しかった。
ああ。
私を大事にしてくれてる人がいるんだ。
そう思った。
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そういえば、前からそうだった
その友達は、何回も私の自己肯定感が低くなるたびに、泣きそうになってくれていた。
そのたびに私は、
「そんなに心配かけちゃってるんだ」
と思っていた。
申し訳ない、とも思った。
同時に、
「そこまで思ってくれるんだ」
とも思っていた。
今思えば、ずっと大事にしてくれていたんだと思う。
ただ私は、
大事にしてくれる人がいても、私が頼っていいとは思っていなかった。
それを今回、
「話してくれて嬉しい」
「頼ってくれて嬉しい」
と言ってもらって、少し違う見方ができた。
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「考えすぎる」は、悪いことだけじゃないのかもしれない
友達には、
「ホントは私は頭がすごいいい人なんだと思う」
とも言われた。
私はちょっと嬉しかった。
だって私は、
「気にしすぎるから」
「考えすぎるから」
「言葉にするのが下手すぎるから」
って、自分のことを思っていたから。
けど友達は、
「頭が良すぎて、考える力が強すぎるんだと思う」
と言った。
そして、
「共感力が高すぎる」
とも。
だから、自分の感情が確定する前にモヤモヤし始めるんだよ、と。
それを聞いて、
「ああ」
と思った。
何となく、自分でもそうなんじゃないかと思っていた。
人からそう言葉にしてもらうと、すごく腑に落ちた。
「考えすぎるからダメ」じゃなくて、
考える力が強い。
共感する力が強い。
そういう見方があるんだ。
自分がネガティブに思っていたところを、ポジティブに言ってもらえたのが嬉しかった。
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「無理してたんだね」
そこから、昔の話にもなった。
友達は、ずっと希死念慮を持っていた。
それを自力で壊して直してきた友達だった。
ダルいってなっても頑張っている。
そんな友達と話していて、私は昔の自分のことを話した。
私は、消えたいって毎日思っていた。
それは希死念慮だった。
でも、そのときでさえ、
「迷惑をかけないように」
って考えていた。
そこまで苦しかったのに。
そこでも私は、周りのことを考えていた。
それを話したら、
「そこでまで迷惑かけないように考えてたんだ」
「無理してたんだね」
と言われた。
私は、
「ああ」
と思った。
無理してたんだなぁ。
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でも、私は少し進んできた
今は、昔みたいに「消えたい」とあまり考えなくなってきた。
それも、私にとっては変化だった。
全部が大丈夫になったわけじゃない。
まだギリギリのラインにいる。
それでも私は、友達に言った。
「でもね、自分の気持ちをまず考えるってこと、今はできるようになってるでしょ?
ってか、私、自分がどうしたいかを考えられるところまで進んできたんだと思う。
ギリギリのラインだけど」
そう。
私はまだ上手じゃない。
「気持ちを確定する」という考え方も、今回初めて知った。
でも、
自分がどうしたいかを考えられるところまで、私は来ている。
それは、ちゃんと今の私の変化なんだと思う。
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変われることがあるなら、やってみたい
今回、友達からいろんな話を聞いた。
本を読んで、誰かが考えた「変わる方法」を探すこともできる。
けど、今の私が強く思ったのは、
話していい相手がいるなら、変われるかもしれない。
ということだった。
同じ境遇の友達だから、分かってくれる。
私がうまく言葉にできなくても、話を聞いてくれる。
そして、自分では考えつかなかった考え方を教えてくれる。
「変われることがあるなら、やりたい」
そう思った。
だから、これからやってみたい。
モヤモヤしたら、一回声に出してみる。
まず、自分の気持ちを言葉にする。
そして、
「私はどうしたい?」
を考えてみる。
まだ、うまくできなくても。
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今日を乗り切れば、明日
いろんなことを話した。
未来のこと。
嫌なもののこと。
ムカつく気持ち。
モヤモヤ。
声に出すこと。
頼ること。
無理していたこと。
自分のこと。
いろんなことを考えた。
そして最後に、友達が言った。
「今日乗り切れば明日なんだから」
私は、
「そうだよな」
と思った。
今日を乗り切れば、明日になる。
明日になったら、また考えればいい。
今すぐ全部変わらなくてもいい。
まだギリギリでもいい。
変われることがあるなら、やってみればいい。
そんな新しい考え方を、私は友達から教わった。
そして最後にたどり着いたのは、
生きてればOK。
だった。
なんだか、それでいい気がした。
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