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『猫バッグの女』と『金子賢似の男』

これは僕が22歳の頃、東大近くのコンビニでアルバイトをしていた時の話なんですけど。

​コンビニのレジ打ちってさ、お客さんの「生活の裏側」が透けて見えちゃう面白さがあるじゃない?

新商品が出たら絶対買う人とか、急にサラダとヘルシー惣菜を買い始めて
「あ、ダイエット始めたな」
って分かり、数日後にデザートを3つも4つも爆買いして
「あ、ダイエット破綻したな」
って丸わかりな人とか。
毎週月曜にヤングマガジンとスピリッツをセットで買うOLさん(※ジャンプは絶対買わない)とかね。

​そんな中で、僕が密かに心を寄せていた人がいたんです。

​その女性は、決まって「月・水・金」の夜にやってくる。
年齢は僕より少し上の20代半ばくらい。小柄で、いつもおしゃれな古着系のファッションを着こなしていて、顔立ちはいまで言うSuperflyさんみたいな、キリッとした切れ味のある綺麗な顔立ち。
​そして彼女のトレードマークが、肩から下げた緑色のトートバッグ。
そこにめちゃくちゃ可愛い猫の顔の刺繍が入っていたのね。
​無類の猫好きである僕は、彼女が店に入ってくるたびに胸をキュンキュンさせていました。

密かに心の中で

「猫バッグの女(ひと)」

と名付け、彼女の来店に合わせて
「月・水・金」のシフトを死守していたわけです。
​彼女がいつも買うのは
500mlのパックの牛乳。

2日に1本飲むペースなのかな。たまにお菓子やスイーツを添えてレジに持ってくる。

​話しかけてみたい……!

でも冷静に考えて、深夜のコンビニ店員が急に話しかけてきたらキモすぎるし、僕が客の立場なら恐怖で二度と来なくなるレベル。だから僕はいつも平静を装い、クールな顔でレジ打ちをしていました。

​そう……あの運命の土曜日が訪れるまでは。

​本来、土曜日は僕のシフトじゃなかったの。
でも、以前僕の思い出話にも登場した
ピルクル君が急に
「シフト代わってほしい!」
と頼んできたので、急遽代打で出勤することになったんです。

​いつもなら22時手前頃に1人でやってくる猫バッグさん。
しかしその日は、なぜか21時頃に姿を現しました。

​しかも…隣に見知らぬ男を連れて。

​その男がまた、俳優の金子賢さんそっくりの超イケメン。
少しイカツめな雰囲気に、フレアタイプのデニム、ヒッピー風の古着、口髭を生やし、長い髪。……悔しいけど、めちゃくちゃカッコいい。
​2人で仲良くドリンクコーナーを物色している。

​(ま、まさか……彼氏……!? いやいやいや! 嘘でしょ!? 彼氏なわけない!!)

​レジの裏でパニックに陥る僕。

​(落ち着け自分! 歳の近い「弟」って可能性も十分あるぞ!! 猫バッグさんは地方の出身で、上京してきた弟が週末遊びに来て、一人暮らしのアパートに泊めるってパターンだろ!? そうに決まってる!! 弟だ!!)

​自分に都合の良い脳内設定を爆速で作り上げる僕。
猫バッグさんは、いつもの牛乳ではなくビールや梅酒などのお酒を購入し、金子賢(弟仮説)と共に夜の街へ消えていきました。

​シフト終了の24時まで、あと約3時間。僕はほぼ放心状態でレジに立ち続けていました。

​24時になり、深夜シフトのバイト仲間がやってきた。

東大前の深夜はめっきり客足が減る。上がりの準備をしていたその時、自動ドアが開き、1人の男が入ってきた。

​……さっきの金子賢(弟仮説)である。

​風呂上がりなのか、長い髪がしっとり濡れている。
短パンに、バンド系の古着Tシャツ。相変わらず絵になる男だ。
​彼は迷わず棚へ向かうと、滋養強壮系の栄養ドリンクを手に取り、そのまま僕の立つレジへやってきた。
​レジカウンターに置かれた商品。

  • 栄養ドリンク

  • 極薄のコンドーム

​……バーコードをスキャンする僕の手が、ガタガタと震えた。

​「お会計……1140円です」

​絞り出した僕の声も、情けなく震えていた。
​弟じゃなかった。 1000%彼氏だった。あるいはそれ以上だ。

​彼が店を出て行った後、自分に対する情けなさと、勘違いの恥ずかしさと、激しい悔しさで、全身の震えが止まらなくなりました。

​タイムカードを叩き切るように押し、自転車に跨がって夜の板橋を爆速で漕ぎ抜けた。
途中、近所に住む親友に電話をかけ、

「今から酒飲もう」

と無理やり押し掛けました。
​親友の部屋で、深夜のヤケ酒。
今日コンビニで起きた一部始終をぶちまけ、しょっぱくて苦い酒を煽る僕。
​話を聞き終えた親友は、グラスを置き、僕の顔をじっと見てこう言いました。

「いいか。今日、お前の恋が『終わった』んじゃない」

​「……え?」

「お前の恋は……『まだ始まってもいない』んだよ」

​北野武監督の映画『キッズ・リターン』で、金子賢が放った伝説の名セリフ。

​「俺たちもう終わっちゃったのかな?」
「バカやろう、まだ始まっちゃいねぇよ」

​の完璧なオマージュ。

​金子賢に打ちのめされた夜に、親友から贈られた金子賢のセリフ。

​板橋の狭いアパートで飲んだ失恋の酒は、ほんの少しだけ苦く、そして妙に心に染み渡りました。

なんてね

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