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AI戦争ーフワフワの人が遺したものー⑳

(漕艇 続き)
 その前の日のことだった。
 ジョンに手伝ってもらって、ビリーは地下室に戸棚を運び込んだ。
 小屋の屋根裏には、マユにゴミに出されて、中が空っぽの戸棚がいくつもあった。
 泥棒には価値が分からないだろうが、持っていかれると困るものが、小屋には幾つかあった。
 「これだけは隠しておこうと思ってね。」とビリーは言った。
 怪しげな人を見かけることが多くなり、警察がパトロールの回数を増やし、監視カメラをつけてくれた。
 丘に入り込もうとしてきた人たちを、ビリーが追い払ったことがあった。
 彼らはビリーの姿を見ると逃げていった。
 痩せていて、暗い顔をしていて、薄汚れた黒っぽい服の姿で、大きな草刈り鎌を持って現れたら、たいていの人は驚いてしまう。ビリーの住む山小屋には苔が生え、全体にどす黒くなっていた。
 ビリーを見かけて魔法使いのように思うのは、あながちアーノルドだけではなかった。
 「なつかしいな。古来異星人からもらったものだね。」
 ビリーが戸棚に青色と水色の小さな板をしまったのを見て、ジョンが言った。
 「ペンダントも、一緒にしまっておこう。」とビリーが言った。
 ビリーがペンダントを取りに行っている間に、ジョンは大きなランプで地下室の壁と床を照らしてみた。
 大きな石が隙間すきまなく積まれていた。昔の地球人が作ったのか、それとも古来異星人が作ったのか。
 山小屋は渓流けいりゅうに近く、日当たりの悪い外壁にはかびが生えていたが、地下室に湿気は感じられなかった。
 どこからか、空気が入るようになっているのか。
 おや、ここが少し空いている。
 空調用なのか。
 いや、違う。
 「何かあったかい。」と戻ってきたビリーが言った。
 「ここに隙間すきまがあるんだ。」とジョンが言った。
 「今まで気づかなかったな。」とビリーが言った。
 これまでビリーは懐中電灯しか持ち込んだことが無かったが、今日は作業のため大きなランプを用意していた。
 ジョンが見つけた隙間すきまは、天井から床まで細く空いていた。
 彼が隙間すきまに手をかけると、隙間すきまは音もなく広がって通れるくらいの幅になった。
 ジョンは、ランプを突っ込んでみた。
 すると、壁の反対側にも大きな空間があると分かった。
 中は真っ暗だった。
 ジョンは中に入ってみた。
 東北東から西南西の方向に、丸い断面の空間が伸びていた。
 「どこまで伸びているのだろう。」と、思わず声に出してジョンが言った。
 「この向きだと、一方は丘の方で、もう一方はカルスト台地の方だ。」と、後から入ってきたビリーが言った。
 「きっと古来異星人のものだよね。」とジョンが言った。
 空間の壁はどこもツルツルで、ランプの光で輝いていた。
 空間の中は静かで、暑さも寒さも湿気も感じなかった。
 絶対に古代の地球人が作ったものではない。
 これまでウェザー氏とミネラル氏がいくら探しても、カルスト台地の地下の宇宙船は見つかっていなかった。
 この先にいけば、きっと。
 カルスト台地の方向に数歩進んで、ジョンは何かにぶつかった。
 行き止まりだった。
 ジョンがランプを近づけた。
 「透明な壁がある。」と言ってランプを床に置き、両手でその壁を触った。
 「球面みたいだ。」とジョンが言った。
 地下通路はさらにその先に伸びていた。
 「ウェザー氏に話して、見てもらおう。」とビリーが言った。
 「これでは、どうしようもないよね。」と、ジョンが透明な壁を手探りしながら言った。
 透明な壁に空いているところはなかった。
 やはり、宇宙船にはたどりつけないのか。
 「明日は休みだから、ウェザー氏に話すのは明後日になってしまう。」とビリーが言った。
 「僕も、明日には帰らないといけない。」とジョンが言った。
 
 その明後日になった。
 ウェザー氏が午前中外出しているということだったので、午後に話すことになっていた。
 ビリーは、朝のうちに小屋横の畑の水やりを済ませた。
 その日の仕込みは店長が当番だったので、彼はランチの忙しい時間までに食堂に入ればよかった。
 コーヒーを飲み、台所の火を落としてから、彼は念のために地下室に入ってみた。
 あの隙間すきまがふさがって、地下通路が隠されてしまっていたら、ウェザー氏とミネラル氏はがっかりするだろう。
 隙間すきまは空いたままだった。
 だが、何かが変わっていた。
 隙間すきまは大きく開いていた。
 彼が覗き込むと、通路はずっと先の方まで明るく輝いていた。

湖の南岸

 「しまった、マユのところから持ってきてしまった。」とマシューが言った。
 「何やってんだ。マユに怒られるぞ。」とダニエルが言った。
 「後で謝っとくよ。」とマシューが言った。
 「仕方ねえな。無くすんじゃないぞ。」とダニエルが言った。
 マシューはあわてて、変わった形の石の首飾りをポケットにしまった。
 二人は胴衣を着けると、釣り竿とオールを持って店長のボートに乗り込んだ。
 ダニエルが桟橋さんばしからボートを押し出すと、うまい具合に船首が湖の真ん中を向いた。
 「俺が合わせて漕ぐから、おまえが一、二、三って言うんだぞ。」とダニエルが言った。
 「うん。」とマシューが言った。
 そして、店長の声がけよりゆっくり、「一・・二・・三・・」と声をかけた。
 でも、すぐにマシューは息切れしてしまった。黙って漕ぐのと声をかけながら漕ぐのとでは大違いだった。
 「もう、疲れたのかよ。」とダニエルが言った。「しょうがない。今度は俺が声をかけるよ。」
 だが、ボートが湖の中央まで進んだところで、ダニエルのかけ声も小さくなっていった。
 「オール挙げ。」とダニエルが言った。
 マシューは力を出し切って、オールを水面につけたままにしていた。
 「魚がいる。」とダニエルが言った。
 ようやく、マシューもオールを引き上げて、水の中をのぞきこんだ。
 「練習やめて、釣りをしようよ。」とマシューが言った。
 「餌は自分で付けろよ。」とダニエルが言った。
 ボートは、船首を南西の方に向け、プカプカと浮かんでいた。
 ダニエルは、肩越しに観測所の方を見た。湖に面した斜面は緑一色だったが、ところどころにいろんな色の花が咲いていた。
 湖面を渡る風が心地よかった。
 空も晴れていて、丘の上に少し雲がかかっているだけだった。
 今日はまだ始まったばかりだ。少しのんびりしてもいいだろう。それに、学校が休みになったから練習はいつでもできる。
 そのとき、ボートが回転して船首が南に向いた。
 「引きが強いな。」とダニエルがマシューに言った。「こりゃ、大物だぞ。」
 釣り針をくわえた大きな魚がボートを引っぱった、という店長の話を思い出したのだ。
 「俺じゃない。」とマシューが言った。「勝手に動いている。」
 マシューは釣り竿を持っていなった。片手で船べりを、片手でオールをつかんでいた。
 「オールを無くすんじゃないぞ。」とダニエルが言った。
 なんだ。渦にでも巻きこまれたのか。でも、この湖の真ん中で渦が出るなんて聞いたことがない。出るとしたら、渓流けいりゅうが湖に流れ込むところだろう。練習中、何度もボートが流された。
 釣りをするときはいかりを二つ下した方がいい、と店長が言っていたことをダニエルは思い出した。岸辺に近い所以外は深いからいかりが届かないとも言っていた。
 ボートが南に向かって、何かに引っ張られるように動き始めた。
 「ダニエル。」とマシューが叫んだ。
 何かおかしなことが起きている。
 「このままじゃ引き込まれる。」と叫ぶと、ダニエルは自分の側のオールを漕いだ。
 ボートはイヤイヤをしながら北に向き、二人はせいいっぱい漕いだが、ボートは船尾を南に向けたまま、次第にスピードを上げて進んでいった。
 横波を受けて、ボートに水が入ってきた。
 ボートは向こう岸に着くと、勝手に止まった。
 マシューは震えていた。力いっぱい漕いだせいでもあった。
 ダニエルも心臓がバクバクいっていた。何だったんだ。まるでモーターボートみたいだった。何か水の中にいてもやい綱をくわえているのか。
 だが、もやい綱もいかりもボートの中にあった。
 マシューがダニエルのシャツの裾を引っ張った。
 マシューはおびえていた。
 「ボートから降りよう。もやい綱をあそこに結んでおけば大丈夫だ。」
 そう言って、ダニエルは、船べりに足をかけた。
 「降りるとき、転覆てんぷくしないようにしろよ。」とダニエルが言ったので、マシューは反対側の船べりに体を寄せた。
 「俺が引っ張って、岸にもう少し近づけるからな。」とダニエルは言った。
 そして、もやい綱を持って水の中に入った。
 あんがい浅く、膝くらいの深さだった。
 ダニエルは、湖岸に向かって歩きながら、もやい綱を結わえるのによさそうな木を探していた。
 マシューは、湖の反対側を見ていた。人影はなかった。
 ボートはそのまま動かなかった。
 「ダニエル。」とマシューが言って、岸の方を振り返った。
 それは少し心細げだった。
 返事がなかった。
 ダニエルはどこへ行ったんだ。あの木陰のどこかか。
 「ダニエル。」と、今度は大きな声で呼んだ。
 あたりは静かだった。
 湖の南岸は立ち入り禁止になっていて、大人はみんな行ってはいけないと言っていた。
 このあたりにはお化けでもいるのか。アーノルドがビリーのことを魔法使いみたいだと言っていたのを思い出した。でも、ビリーは人間で地学観測所の食堂で働いていることを、マシューは知っていた。
 マシューは、そろそろと湖の中に降りた。ボートから降りたとき、船べりから少し水が入ってきたが、さっき浴びた水しぶきくらいだった。
 思っていたより浅かったが、もちろん靴の中には水が入ってきた。
 だが、それは別にかまわない。
 ダニエルは、どこへ行ったんだ。
 マシューは、もやい綱を頼りに水の中を歩いた。あんまり強く引っ張ると、結び目がほどけてしまうような気がした。
 水草に邪魔じゃまされながら、マシューは岸辺によじ登った。
 片膝をついて立ちあがった瞬間、マシューは自分がどこにいるのかわからなくなった。


 小屋の地下で見つけた通路が明るくなっていた日は、ダニエルとマシューが二人で湖に出た日です。  Equisetum


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