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メガコメットー古代人の贈り物ー

主な登場人物

 ビリー     愛犬のカイと山小屋に住む引きこもりの中年男
 ジョン     地学研究所の助手
 所長(レニー) 研究所の所長
 コスミック女史 研究所の宇宙担当研究員
 ウェザー氏   研究所の気象担当研究員
 ミネラル氏   研究所の鉱物担当研究員
 マユ      研究所の食堂の給仕係
 マイ      マユの双子の妹
 ボブ      食料品店の店主
 ジム      国連宇宙局の管理官
 国軍の司令官  詳細不明

第一章 メガコメット

宇宙からのお客様

 直径が百七〇キロメートルほどもある星が、十一年後に地球の近くを通過すると発表されたのは、ビリーがこの街にやってきたころだった。
 月の大きさの二十分の一位に相当するその星は、太陽系外から猛烈な速度でこちらに向かっているとのことだった。
 そして、この星を出迎えるための探査機が、打ち上げられることになった。
 誰もがこのお客様の訪問を、楽しみにしていた。
 この星をかたどった玩具が販売され、天体儀や望遠鏡の販売が増え、ゲームにまでなった。
 ビリーは、街の広場でそのゲームを子供たちに見せてもらった。
 「ここを押すと、星の軌道が変わるんだ。」と言って、その子らはコントローラーを両手に持ち、ゲーム機の小さなモニターを覗き込んでいた。地球からロケットを飛ばして着陸させたり、資源採掘をしてお金儲けをすることもできた。星に乗ってやってくる宇宙人と、友達になることもできた。
 「ビリーも友達にしてあげようか。」と子供たちのうちの一人が言ったが、宇宙人の友達はいらない、と笑って断った。
 ビリーは自宅の山小屋の屋根裏から、古い天体望遠鏡を出してきて夜空を眺めたが、まだその姿を捉えることはできなかった。
 国立天文台のサイトで、二十四時間その星の映像を見ることができたから、望遠鏡を引っ張り出す必要もないのだが、ビリーは小さいころの火星大接近を思い出し、懐かしく思った。
 サイトに載っているその星は、まだ小さく黒かった。

 そんななか、この星の訪問によって、とても危険で困難なことが起こりそうなのだと、国連の緊急発表で地球に暮らす人々は知ることになった。
 各国の行政府が発表せず、各国の標準時間にかかわらず、全世界で一斉に発表されたのは、その深刻さ故にであろう。
 十年くらい前から、世界は異常気象の繰り返しだった。東海岸に北半球の四分の一くらいの大きさの巨大なハリケーンが出現したし、猛烈な竜巻が幾つも同時に発生して国内を通過していった。真冬の猛暑や真夏の降雪が当たり前のように起きた。太平洋の西側では巨大な地震や噴火が相次ぎ、世界の人々を恐怖に陥れた。
 だが今回の発表はそれ以上のものだった。

 ビリーは一般人である。だから、事前にその深刻な話の内容を知ることができる立場ではない。
 ビリーは一人自宅で、発表の中継を旧型のテレビで見ていた。 
 星の訪問が発表されてから二年がたち、出迎えの探査機はもう打ち上げられていた。
 国連の発表の中継の前に、大統領が現れた。
 「この太陽系外からやってきたと思われていた星は、わが太陽系の外縁部の『オールトの雲』からやってきたメガコメット、すなわち巨大な彗星と判明いたしました。太陽をきわめて長周期の軌道上で周回しております。」と大統領は言った。(注1)
 「今回この彗星は、月のすぐ近くを通過すると専門家が予測しました。」
 「これにより月の軌道が変化し、これまでは次第に地球から離れておりましたが、逆に地球に接近するようになります。彗星の方も月の重力により軌道を変えますが、こちらは地球から離れていきます。」
 「現在二十四時間であります月の自転と周回時間も変化し、地球の潮の満ち引きに影響が出ますので、地上の生態系に甚大な影響を与えます。さらに月が接近してきますと、地球の自転が早まり、異常気象や火山活動の活発化などのほか、現文明が体験していない地軸の反転もありうると、専門家チームは分析しております。」と、手元のペーパーを見ながら大統領は言った。
 「これは有史以来の人類の危機であり、地球の生命の危機でもあります。」
 「我が国は、国家間のわだかまりを捨て、人類の英知を結集させて対処することで、各国と先ほど合意いたしました。」
 「対策は三つありまして。」
 大統領はここで一息ついて、水を飲んだ。
 「三年前に合意しました核兵器の廃絶計画により、廃棄予定であった各国の核兵器の全てを国連が管理し、彗星の軌道変更のために使用することになりました。これが一つ目であります。」
 「また万が一を想定して、若い人たちを選抜して火星へ送り届ける『ノアの箱舟計画』も進めることに致しました。これが二つ目であります。このため、火星探査衛星と物資運搬ロケットを、一年以内に打ち上げいたします。」
 「三つ目は、地球から十二光年離れたガーデン星、地球環境に似ている今のところ最も近い星といわれている星ですが、こちらへ地球生命を送り届けるものであります。」(注2)
 「地球上の生命は、地球外から届いた材料から生まれたと言われております。今回は逆に、太陽系外の星へ地球の生命の素を送り届けようととするもので、『ガーデン星行ノアの箱舟計画』であります。」
 ここで大統領は、額の汗をハンカチで拭いた。
 「これらの計画は、最悪の場合を想定して準備するものであります。」
 「どうか神のご加護のあらんことを。」と言って、大統領は話を締めくくった。
 国連に中継が切り替わって事務総長が現れ、大統領と同じ内容のことを告げた。事務総長は大統領より口調は落ち着いていたが、震えているのがビリーの映りの悪いテレビの画面からでもわかった。
 「国連では、この彗星を『ダークコメット』と命名いたしました。」
 「この彗星の太陽を周回する周期は約六十万年であり、過去に最も地球に近づいたのは約三百万年前で、地球と月の距離の約十二倍のところを通過していたことが、観測の結果分かりました。」
 事務総長も手元にペーパーを持っていたが、それに目を落とすことなく言った。
 「しかしながら、太陽を周回するごとに軌道を変化させているとの見方もあり、今の予測以上に月や地球に接近する可能性もありますが、それていく可能性もあると考えております。」
 「みなさんがたには、落ち着いて通常と変わらぬ日々を過ごされるよう望みます。」

 地球最後の日の通告だな、とビリーは思った。
 世捨人のように日々を過ごしているビリーには、どうでもよかった。
 じたばたしてもしょうがない。余生が少し短くなるかもしれないだけだ。  
 それからしばらく、テレビのトップニュースは、ダークコメットのことばかりだった。
 オールトの雲から飛来する彗星が、地球に衝突するのは一億年に一個と考えられてきたが、最近はその十分の一の確率で発生するのではないかと言われていること、六千六百万年前の恐竜絶滅を引き起こした星も彗星であった可能性があり、その速度は毎時三万五千キロメートルで直径が十キロメートルくらいであったこと、四十五億年前に、地球と衝突し月を形成したとされる星の大きさは火星サイズだったこと、なども報じられた。
 ダークコメットが月に近づくと、月と地球にどんなことがおきるのか、どうしたら軌道をそらすことができるのか、といったことを、専門家と言われる人たちが話していた。
 こんな報道が、あと八年余りも続くのか。いや能天気で忘れっぽい人間は、この話にもそのうち飽きてしまい、その日が近くなるまで、深刻に考えないかもしれない、とビリーは思った。

 核兵器を彗星で爆発させても、質量が大きくて速度の速い彗星の軌道を変えることができないことは、わかりきっている。
 そこで核燃料を転用して、巨大な原子炉を持ち強力な推進力を発揮できるロケットを製造し、彗星に体当たりして、土星方向に軌道を修正しようとする計画が進められていると、キャスターが言っていた。
 ビリーは飼犬のカイの背中をでながら、そのニュースを聞いていた。
 わずかでも土星に近づけることができれば、その引力を利用して地球から離れたコースに誘導できるというわけだ。
 原子炉を積んだロケットは、すでに実用化されている。ただ一台ではとても必要な推進力は得られない。それに地球の引力から逃れるための推進力なので、このまま転用することはできない。
 そんなことでうまくいくのは、映画の世界だけである。象を蠅が動かそうとしているのと変わらない。
 学者たちがそんなことしても無駄だと、再三にわたって提言していると聞いていたが、どうも国連と各国の姿勢は変わらないようだった。

 そうこうしているうちに、秋が終わり、冬になり、春になってしまった。テレビで騒いでいた割には、平穏な日々が過ぎていった。
 ビリーが、家の小さな畑に何を植えようか、と考え始めたころだった。
 新型輸送ロケットを三機打ち上げ、このダークコメット上に原子炉を設置し、直接エンジン噴射を行うことで軌道変更を試みると国連宇宙局が発表した。
 ロケットの体当たりではどうしようもないことに、ようやく気付いたのか、と笑っている科学者も、きっといるだろう。この計画だって、きっと成功しやしない、とビリーは思った。

 二カ月後に飛び立ったロケットは、三年後にダークコメットに着陸した。
 最初に出迎えのため打ち上げられていた探査機が、すでにダークコメットを周回して観測をしていた。
 短周期の小さな彗星と違い平坦なところがあったので、搭載されていた自律型ロボットは、予定通り原子炉と噴射装置を組み立てた。
 そして、全世界の人たちが中継を見守るなか、噴射が始まった。
 だが巨大な彗星はびくともしなかった。翌日になっても何も変わらなかった。
 それから三カ月して、彗星がそれていく可能性は低くなった、と国連宇宙局は発表した。
 その発表の翌月には、月の周回時間が変わると、すぐに地球の気象に影響が出始めること、遅くともその一年後には、地球の重力や地磁気も変化し始めることを発表した。
 教会の日曜礼拝に出る人が増えた。
 もっとも、ビリーは教会に行く習慣が無いので行かなかったが。

(注1)   2021・6 IAU 「2014 UN271」がモデル、公転周期約六十万四千年、直径百~二百キロメートル
(注2)   2019・6 CARMENES 牡羊座おひつじざの恒星「Teegarden」の惑星「b」がモデル、太陽系からおよそ一二.五光年の距離

石板

 ビリーは科学者ではない。神も信じていない。
 ダークコメットが迫ってきても、じたばたしても始まらない、と考えていた。
 仕事もしていないので、父が残してくれたわずかな財産でつましく暮らしていた。
 コーヒーをたしなむのが唯一の愉しみで、気が向くと日当たりのいい部屋で、カビの匂いのする父の蔵書を読んで過ごしていた。掃除や片付けは苦手だが、食事は自分で調理していた。
 家族はいないが、犬のカイがいた。元は狩猟犬だったということだが、けがをして役に立たなくなり、引き取り手を探していると聞いたので、もらい受けた。ビリーのところに来て六年になる。ビリーがここにやってきた次の年だ。
 ビリーが街に出かけるのは週に一度で、食料品店が行きつけの店だ。ビリーの好みの香りのいいコーヒー豆を置いている。店主はがっちりした体格の不愛想な男だが、タバコは吸わないらしく、匂いが苦手のビリーには助かる。子どもがいるらしいが、母親の方は見たことがなかった。
 ビリーが住まいにしている山小屋は、街から離れた山際の林のそばにあった。小屋の北側と西側は、針葉樹がそびえている。南側には庭があり、その先には野菜畑と果樹園があるので、たいがいのものはそこでまかなっていた。近くの農場から、牛乳とチーズも分けてもらっていた。
 ビリーは人つきあいが苦手だったので、父が死んだときに生まれ育った家を処分し、都会を出て父が狩猟の際に使っていたこの山小屋に引っ越してきた。家財は大方処分したが、蔵書だけは残しておいた。

 彗星がやってくるまで、あと三年半に迫っていた初秋の夜のことだった。
 カイがしきりと外に出たがるので小屋の外に出たが、散歩をせがむわけでもなかったので、ビリーはテラスの椅子に腰かけていた。
 虫が寄ってくるので、ビリーがランプの光の向きを変えようとしたときだった。
 大きく輝く火球かきゅうが上空を通り過ぎていった。月は地平線の向こうに隠れていたが、まるで満月の夜のように周囲が明るくなった。それは自宅から少し離れた山中に、落下したようだった。鈍い地響きをビリーは感じた。
 あれだけ大きく光ったからには、隕石になって落ちているかもしれない、とビリーは思った。
 こんな世紀末の時代だから、見つけても高く売れることはないだろうが、とにかく探しに行くことにした。

 空が明るくなってくるとすぐに、ビリーは見当を付けていた辺りに車で向かった。車も父が使っていたもので今どき珍しいガソリン車だ。そろそろり減ったタイヤを、交換しないといけない。
 街へ向かう道から右にそれて、針葉樹の林の中の傾斜のあるデコボコの道を走っていくと、林道の分かれ道のところで、樹々がなぎ倒されているのを、ビリーは見つけた。思っていたより、大きな隕石だったのかもしれなかった。
 州内に原子力発電所ができたときに、父が買った放射線計を片手に、ビリーはカイを連れて斜面を登っていった。
 鳥の声は無く、獣の気配もなかった。太陽が昇るには少し早く、林の中は仄暗ほのぐらく、ひっそりと静まり返っていた。
 狩猟を引退してから、めったに吠えなくなったカイも静かだった。ビリーのそばを離れなかった。
 一瞬目の前を白い蝶のようなものが横切った気がした。視界からすぐに消えたから違うと思うが、眼の病気の飛蚊症ひぶんしょうのように白く光って見えた。こんな陽の当たらないところに蝶が飛んでいるだろうか、どこかに樹液でも出ているのだろうか、とビリーは思った。
 白いものが去った方に顔を向けると、少し窪んでいるところがあるのに、ビリーは気が付いた。
 そして窪んだ穴の中に、それは斜めに突き刺さっていた。
 しかしそれはビリーが想像していた隕石の姿ではなかった。一瞬彼は、昔の映画で見た「モノリス」だと思った。
 板のような形をしていたのだ。だが、とても小さかった。
 近づいても放射線計の針は動かない。彼は豚革ぶたがわの手袋をした手をかざしてみたが、熱さを感じなかった。落下してどれくらいで冷たくなるものなのか、ビリーにはわからなかった。
 カイは彼のすぐ後ろにいる。
 ビリーは小枝を拾ってつついてみたが、何も起こらなかった。
 彼はそっと揺すると、覚悟を決めて手に取ってみた。
 ツーバイフォーの板を一フィートで切ったくらいの大きさだったが、ずっしりとしていて、鉛のように重かった。
 隕石は重い、とビリーは聞いたことがあった。
 辺りを見回してみた。木の焼け焦げたにおいが立ち込めている。雨の日は沢の一部になるであろう水たまりの辺りは、水蒸気が立ち上っている。
 ガスマスクが必要だったかもしれないと、今になってビリーは思った。
 何かほかに落ちているものがないかと見まわしたが、何もなかった。
 昨夜の火球かきゅうの正体は、これのように思われた。
 林の中はなんだか気味が悪かった。異星人がいるような気がした。
 そのモノリスのようなものを持ってビリーは車に戻ったが、何となく誰かに見られているような気がした。
 怖くて後ろを振り向くことができない。
 カイは、彼より先を小走りしている。
 古毛布でモノリスをくるみ、積んでいた木箱に納めると、車のトランクにしまった。
 ビリーは博物館に勤める知人に、車の中から電話をした。その知人は以前、林の中で見つけた古い陶磁器を、買い取ってくれたことがあった。寝ぼけたような声を出していたが、話を興味深く聞いてくれた。
 見せてくれというので、ビリーは博物館に持っていくことにし、いったん自宅に戻った。
 手早く遅い朝食を済ませて、車で博物館のある街へ向かった。
 モノリスが落ちていた辺りの写真を、撮っていなかったことに、ビリーは気が付いた。
 後からでも撮影はできるさと思ったが、今度行くときは、誰か一緒に行って欲しいと思った。

 「昨日当直だったんでね。」と彼は頭を掻きながら言った。
 そして「どうも世界中で、同じような隕石の落下があったようだよ。」と言うと、ビリーにテレビを見るよう促した。
 「これを見てみなよ。」
 ビリーの見つけたモノリスのようなものが、各地で見つかったと、テレビが伝えていた。
 そういえば、今朝はテレビを見ていなかった、とビリーは思った。
 彼は毛布の中のモノリスを丹念に眺めまわしてから、「ここより地学研究所で見てもらった方がいいのじゃないかな。」と言った。彼にも隕石なのかは分からないようだった。
 博物館に売り込むつもりだったのだが、正体が分かってからでもいいだろう、とビリーは思った。

 そのモノリスのようなものは、その日だけでなく数日にわたって地球に降り注ぎ、数十個が各地で発見されることとなった。まるでモノリスの流星群の中に、地球が入ったかのようだった。
 モノリスは、やがて石板と呼ばれるようになった。旧約聖書に出てくる神から与えられし石板だ。
 ダークコメットが近づいているさなかに届いた石板には、何か彗星に関するメッセージが刻まれているに違いない、と多くの人々が考えたのだ。

 ビリーは博物館から連絡を入れてもらい、そのまま少し離れた湖の近くにある地学研究所に向かった。
 博物館より山小屋の方が研究所に近いが、方向が違うので遠回りになった。
 博物館のある街を離れ、畑の中を車で二十分ほど走った。
 ビリーが地学研究所に来るのは、初めてだった。
 建物の外壁は白い色をしていた。一目で天体望遠鏡があると分かるドーム型の建物があった。
 晴れた日の朝に、山小屋から湖の方を眺めると光って見えたのは、この研究所の窓だったんだな、とビリーは思った。
 研究所の庭は手入れが行き届いていて、芝生がきれいに刈り込まれていた。赤く色づき始めた広葉樹が、敷地のあちこちに立っていた。
 「ビリーさんですね。ようこそ来てくれました。」といって出迎えてくれたのは、ジョンという青年だった。
 「僕はまだ助手で、ここにきて二年目なんです。」と彼は言った。
 彼はビリーの車を物珍しそうに眺めてから、車を停める場所を教えてくれた。
 玄関ホールから廊下を歩いて通されたのは、広い研究室だった。
 コンパートメントの入口らしい扉が、部屋の両側にいくつもあった。手前側が廊下で、向こう側は窓になっていて、青い湖面が良く見えた。
 ふたりが入っていくと、研究員たちがやってきて、ビリーのモノリスを覗き込んだ。
 「テレビで見たのと似てるわね。」と女性の研究員が言った。
 「重い。」片手で持ち上げようとした男性の研究員が言った。
 「何で、できているんだろうな。」と彼より年配の研究員が言った。
 集まってきた研究員たちにも、見ただけではこれが何であるのか、分からないようだった。
 「こんなにきれいな形の岩が、自然にできることはめったに無い。」と、岩石が担当だという三十代くらいの研究員が言った。彼は「ミネラル(鉱物)氏」と呼ばれていた。
 「平坦な板状になるのは、元が堆積物の場合が多いが、筋状に模様が入る。溶岩が冷えて固まると、柱状だけでなく板状にもなるが、やっぱりこんな平らにはならない。」と彼はビリーに話した。
 ミネラル氏は石板の中の構造を確かめるため、X線を照射してみたいとビリーに言った。
 「もちろんいいですよ。」とビリーは言った。
 ミネラル氏が放射線室に行った後、ビリーは研究所の人たちに、石板を見つけた顛末を話した。
 「確かに、モノリスに見えますね。」とジョンが言った。
 三十分ほどして戻ってきたミネラル氏は、何も映らなかったと言った。
 「放射線を通さないんだ。絶対に自然にできた物じゃない。間違いなく人工的に作られたものだ。」と彼は言った。

 その後ミネラル氏は、他の仕事をそっちのけにして、石板の分析に没頭した。
 ジョンが手伝っていた。
 石板は硬かった。何を使っても傷一つ付けることができなかった。
 重くて放射線を通さないので、鉛のようなものでできているに違いないと思われた。
 組成分析をしたかったが、そもそも試料を削り出すことができなかったので、蛍光X線分析やら不活性ガス搬送融解法とかを試したと聞いたが、ビリーには何のことだかさっぱり分からなかった。
 結局、地球上は勿論のこと宇宙空間であっても、自然にできる物質ではないだろう、ということになった。鉛やセラミックに似ているところもあったが、人類には未知の合金でできていると思われた。
 石板を眺めても、文字や記号らしきものは何も刻まれてはいなかった。顕微鏡で拡大してみると、とても細かい線が平行に並んでいることがわかった。
 三週間たってミネラル氏が「お手上げだ。」と言い出すまでの間、他の研究員たちとビリーは、何とか箱の中を見ることができないかと思案していた。
 表面には何も記されていないが、きっと中に何か入っているに違いない、と誰もが思っていた。
 だが「ふた」を開けることはできず、そもそも「ふた」がどこなのかも、わからなかった。

 研究所を訪ねた翌日、石板を見つけた林に、ビリーは研究員たちを案内した。
 ビリーのとはずいぶん違う放射線計や金属探知機らしいものを持った研究員たちは、あっちこっち歩き回り、さらに焼けていない林の中も、数百メートルの範囲にわたって探し回ったが、他に何も見つからなかった。
 彼らはカメラで撮影をしていた。赤外線カメラも使っていた。
 ビリーは焼け焦げたところから少し離れて、その様子を見ていた。
 その後ビリーは、石板を見つけた場所に近寄らなかった。
 その林の脇の道を通るときは、それはビリーが街の食料品店に出かけるときなのだが、できるだけ視線をそらし、何も聞かないようにそっと通り抜けた。いつも何かが潜んでいるような気がした。ちょっと物音が聞こえてくるだけで身震いしてしまった。
 研究所へは、少し遠回りして別の道から行った。

 研究所に通っているうちに、ビリーはそこの食堂が気にいった。その食堂は別棟で、研究所と渡り廊下でつながっていた。レンガ造りで洒落ていて、スタッフ以外の人たちも利用できた。地鶏と湖で捕れる魚が、お勧めだった。ただ出てくるコーヒーはいただけなかったので、おいしくれる方法を、食堂の女の子にビリーが教えた。香りのいいコーヒー豆の話をしたら、次の日には用意されていた。
 その子は街から通っているということだった。一年前に学校を出たばかりで、名をマユと言い、死んだ母親はアジア系だと言っていた。チェックのワンピースと白いフリルの付いたエプロンがよく似合った。ビリーが食堂に顔を見せると、いつも笑顔を見せてくれた。
 車の燃料代がかさむようになったが、ビリーは気にならなかった。カイは毎日留守番をさせられ、ビリーが戻るのを、小屋の中でじっと待っていた。

石板の秘密

 その日ビリーは、ミネラル氏からようやく解放された石板を、食堂の外のテラスに持ち出し、テーブルの上に置いてコーヒーを飲んでいた。
 石板とともにミネラル氏から解放されたジョンも、一緒だった。
 地学研究所に併設されている食堂は、湖岸の少し盛り上がった丘の斜面にあり、テラスに出ると湖の手前のボート乗り場も見えた。ボート乗り場までは緩く傾斜した草原だ。ボートの季節が終わりかけていたので、幾つかのボートは、裏返しにされて湖岸に並んでいた。草原のところどころに、紅い葉が落ち始めた木肌の白い樹が、点々と立っていた。
 ふたりは石板とは無関係の他愛のない話をしていた。
 雲も出ていたが、晩秋らしいいい天気だった。湖から吹き上がる風が心地よかった。
 ビリーは、ひらひらと飛んできた寿命が尽きそうなトンボを捕まえようとして、テーブルに載っていた水差しを倒し、石板を水浸しにしてしまった。
 「いや、すまない。」とビリーは言って、ポケットからハンカチを出そうとした。
 気づいたマユが、「困った人たちね。」と笑いながら、テーブル拭きをもってきてくれた。
 ところが、「待って。」とジョンが叫んだ。いつもと違う口調で、「何か映ってる。」と言った。
 濡れた石板にあたったの光が反射して、食堂の煉瓦れんがの外壁を背景にして何か映し出している。それはまるで虹のように空中に浮かんで見えた。
 ジョンは研究室に走って行ってカメラをとってくるとそれを撮影した。ちょうど陽の光が木立にさえぎられる直前だった。
 ジョンとビリーは、カメラのモニターを覗き込んだが、小さくて何が何だかさっぱりわからなかった。
 水差しは自分が片付けるとマユが言ってくれたので、ふたりは研究室に行った。
 ジョンがカメラをコンピューターにつないで画像を拡大したので、ふたりでモニターを覗き込んだ。
 模様のように見えていたものの幾つかは、拡大すると五本指の人の手のようだった。
 「指さしている。」と興奮してジョンが叫んだ。
 「こっちにもある。」とビリーは言ったが、その声は少しかすれていた。
 それらの「手」は、四角いもの、おそらく石板だが、を押しているように見えた。
 「これは石板の開け方に違いない。」とビリーが言った。
 不鮮明な画像だったが、ふたりは夢中になって石板を開けようとした。
 「こことここを、押さえるんだ。」とビリーが言った。
 だが、何も起こらない。
 「これは何でしょう。」とジョンが言った。
 もう一度コンピューターのモニターを覗き込んだが、ぼやけて見えにくいところがある。石板を濡らしてライトの光を当ててみたが、さっきの絵のようなものは出てこない。
 「きっと、太陽の光でないと、出てこないんだ。」とビリーが言った。
 はもう陰っていた。
 ジョンは石板をこねくり回している。
 騒ぎを聞きつけて、他の研究員たちも集まってきた。
 ふたりの話を聞いてモニターを覗き込み、石板のあちこちを押してみるのだが開かない。
 研究所の技士が、撮影した画像データを鮮明にしてくれて、開封方法が分かった。
 ジョンが、石板の一部を慎重に選びながら押していくと、ポーンという乾いた高い音がして、勝手にふたが開いた。蝶番ちょうつがいらしいものは無く、どうやって開いたのかは誰にも分からなかったが、中に薄いプレートが入っているのは分かった。
 「ちょっと待って。」と女性の研究員が言って、有毒なものが出て無いか調べてくれたが、異常は無かった。
 プレートも石板と同じようにまっ平で、何も書かれていないように見えるが、研究室の天井灯の光で輝いている。
 先の柔らかいピンセットを使って、ミネラル氏が慎重にプレートを取り出すと、幾重にも折り畳まれているのが分かった。まるで紙のような薄さだが、広げても折り目が無い。
 このプレートを電子顕微鏡で見ると、何か記号のようなものが、びっしりと刻まれていることが分かった。
 さらに拡大すると、それは三種類の記号のようなものでできていた。
 研究所の高精度のカメラでその記号を写し取り、データ化することになった。
 みんなで、もちろんビリーも加わっていたが、どうしたら解読できるのか考え始めた。
 ふたが開くことができた自分たちには、メッセージを、もちろんメッセージだったらだが、最初に読む権利があると思っていた。だがスキャンした記号を眺めても、何なのか分からなかった。
 三つのうちの一つが、記号のほとんどを占めていた。わずかに別の記号が点在していたが、それに規則性があるようには思われなかった。
 プレートが出てきたという話を聞きつけて、研究所の所長がやってきた。
 所長は、研究員たちが石板に夢中になっていても、止めるどころか、あれこれ助言してくれる鷹揚おうような人物だ。ビリーが研究室に入り浸っても何も言わず、彼専用の来客用IDカードまで用意してくれた。
 「人類史に残る大発見になるかもしれないよ。」とビリーの肩を叩いて笑顔で言った。
 彼は、とある大学の教授だったのだが、この研究所を運営する財団から請われて所長となった。
 「レオナルド・ハリスって言ったら、大学中で知らない人はいなかったのよ。」と、コスミック(宇宙)女史と呼ばれている天文担当の研究員が教えてくれた。

  中からプレートが出てきたというニュースを、地元のテレビ局が報じてから全世界に伝わるまで、あっという間だった。
 世界で数十個見つかっている石板の中からプレートを取り出したのは、ビリーたちが初めてだったからだ。
 石板そのものが高値で売買されていた。
 ビリーのところにも買い取りたいと言ってきた者がいたが、彼は断った。
 「持っていると不幸が訪れるかもしれませんよ。」と代理人の弁護士が言ったが、彼は応じなかった。見つけたときは、怖かったはずなのに。
 教育委員会が、文化財なので引き渡すよう言ってきたし、警察は、拾得物として届け出るよう言ってきたが、所長が地学研究所で責任を持つと言って、ビリーに代わって断った。
 ビリーは、研究所のみんなと一緒に解読したいと思っていた。
 食堂のスタッフたちもビリーに声をかけた。ほかで見つかった石板よりも、早く解読するよう励まされた。
 この食堂はもともと研究所の研究員用だったが、今の所長がやってきてから、一般の人も利用できるようになった。研究所の見学会や星の観察などのイベントを始めたのも、今の所長だった。金食い虫のように言われていた研究所に、赴任してきた所長が真っ先に始めたのは、地元の人たちとの交流と庭の手入れだった。
 それまでは陰気臭くて近寄りがたい雰囲気だったのだ、とビリーは食堂のチーフから聞いた。
 こうした交流で自分たちの研究を知ってもらい、研究員たちはやりがいを感じられるようになったのだということだった。

 ある日の朝、ビリーが山小屋のベッドの中から窓を見ると、ガラスにアマガエルがへばりついていた。
 アマガエルは生息する環境で色が変わるんだっけ。自分は色弱だが、ほかの人が見たら、この緑色はどんなふうに見えるんだろうか、と彼は寝ころんだまま考えた。
 ビリーの父方の祖父が色弱で、自分も検査を受けると異常があると判定された。理学系に進学するのは、いろいろ制約があるからと言われて、早々に諦めた。小さいころは科学者になろうと思っていたこともあったっけ。
 そして、彼は色覚検査の用紙を思い出した。

 ビリーは研究所に行って「この三種類の記号に、色の三原色を割り当てたらどうだろう。」と言った。
 「画像で送ってきているに違いないから、色が割り当てられていても不思議じゃないわね。」とコスミック女史が言った。
 文字や音声ではメッセージが伝わらない可能性が高いから、送ってきた人たち、もしかしたら神様かもしれないが、画像で送ってきているだろう。
 さっそくコンピューターで正方形の画像に変換してみたが、やはり何の意味も持たないように思われた。記号を読込む順を、左右逆にしてみても上下逆にしてみても同じだった。
 コスミック女史が「画像が一つとは限らないんじゃない。二つに分けてみたらどう。」と言った。
 気象担当の研究員が「正方形とは限らないし、このデータの数を素数で割ってみたらどうだろう。」と言いだした。彼はウェザー(気象)氏と呼ばれている。
 素数といってもたくさんあるし、画像が幾つあるのかも分からない。そもそも素数の組合せだけでも無数にあるので、プレートにあった記号の総数をもとに、ある程度絞り込むことになった。そしてウェザー氏がその素数を掛け合わせた数値のデータベースをこしらえた。
 画像の数が分からないので、最初は各画像のデータ数が均一という前提で始めた。
 まず画像が一枚と仮定して長方形となる素数の組合せを探した。極端に細長くなる組合せはあったが、画像とは思えなかった。ここまでは簡単だ。
 画像を二枚と仮定し、総データ数を単純に二分の一にして探しても合致するものは無かった。
 画像を三枚としたら、そもそも割り切れなかった。
 画像を五枚にした。総データ数を五分の一にして探しても、合致するものは無かった。
 結局同じことを十枚までやり、さらに念のためもう一枚増やしてやってみたが、見つからなかった。
 各画像のデータ数は、同じではないのかもしれなかった。
 一つの記号が一つの色ではなく、三つの記号の組合せが一つの色を示しているのかもしれなかった。 

  ジョンとビリーは、何かヒントになるものが無いかと、プレートの側面と裏側を、再度拡大して眺めてみたが、何も見つけられなかったので、今度は石板の内側に何か刻まれていないかと探していた。
 プレートは、石板の中の四角い窪みに収められていた。石板の方がだいぶ大きく縁の部分が広かった。その縁の部分を拡大してみたのだが、やはり何も見つからなかった。四角い窪みの中にも何もない。
 ふたりでため息をついて石板を眺めているうちに、ふたの裏側の紋様に気が付いた。最初にふたが開いた時にも見えていたが、何かの飾りのように思っていた。
 ふたりとも間抜けだった。
 裏側の紋様は、プレートにあるのとは別の記号のようなものでできていた。
 ウェザー氏が休憩しようとコーヒーを飲みに来たので、ふたりはそれを見せた。
 「石板の開け方の中の手は、確か五本指だったな。」とウェザー氏が言った。
 「とすると十進法。」とビリーが言うと、ウェザー氏はうなずいた。
 「足の指を入れると二十進法。」とミネラル氏がにやりとして言った。
 紋様は、横に五段刻まれていた。
 ふたを開けた方から見て一番上の段の紋様は、ちょうど十個の記号が、一つづつ刻まれていた。
 コスミック女史が話に加わった。
 「筆の文化があったとすれば左から右となるけど、中国語のように右から左ということもあるわね。もちろん、利き手が右手で横書きの場合だけど。」
 その記号は、アラビア数字にもローマ数字にもインド数字にも見えなかった。ヘブライの数字だと、形が文字と同じなので紛らわしくなる。だが一段目に刻まれている一から三の記号は、間違えようがない簡単な形だった。
 「とすると、これがゼロに違いない。」とウェザー氏が、一段目の一番左を差して言った。
 コスミック女史がうなずいた。
 残りの四段は、記号が一段目と異なった配列になっていて、同じ記号も混じっていた。そしてそれぞれの段の記号の配列と配列の間に空白の部分があり、段ごとにふたつに区切られていた。
 「画像は四つなのかもしれないわね。」とコスミック女史が言った。 
 ウェザー氏はその記号を書き写すと、コンピューターのところへとんでいった。
 ビリーが彼の冷めてしまったコーヒーを運んでいってみると、ウェザー氏はその記号をアラビア数字に書き換えていた。
 待っている間に、ビリーは自分のコーヒーを飲み干した。もう夕方だった。
 ビリーはそろそろ帰ろうかと考えていた。みんな自分の研究があるはずなのに、自分がくると歓迎して話を聞いてくれるのが心地よく、研究所に通うようになったが、次第に迷惑なのでは、とも思うようになっていた。
 でも三原色を思いついたのは自分だから、今日はもう少しいてもいいかなあ、とビリーが考えていたときだった。
 ウェザー氏の横で見ていたジョンが叫んだ。「やった、出たよ。」
 ウェザー氏が振り向いてこぶしをあげた。
 画像は四つ現れた。どれも青地で楕円上の線や点が描かれている。
 最初の二つは同じサイズで、どちらも夜空の星の配列を表しているようだった。
 「どの記号がどの色か分からなかったので、とりあえず一番沢山あった記号を青色にしてみたんだ。」とウェザー氏が言った。
 「これは地上から見た現代の星空よ。でもこっちは少し星座の位置が違うわね。」と、コスミック女史が言った。
 「別の時代の星空かもしれないな。」とウェザー氏が言った。
 「この斜めに走っている赤い線は、もしかするとダークコメットではないのか?」と所長が言った。所長は午後からずっと研究室にいて、研究員たちの様子を見守っていた。
 両方の画像に、赤い線が走っている。
 「過去の六十万年ごとの星の配置と比較してみたらどうだろう。いつの時代の星座か、解るかもしれんぞ。」と所長が興奮した様子で言った。
 そこにいた全員が、ダークコメットに関係していると確信していた。
 三つめの画像は地球と月に違いない。赤い線は二本引かれていた。
 「こっちの赤い線も、ダークコメットだろう。月の軌道の円周から十倍くらい離れている。」
 「もう一本は。」と言って、ジョンが口ごもった。
 三つめの画像のもう一本の赤い線は、国連宇宙局が発表していたよりも、ずっと月の近くに引かれていた。
 「この画像を作った人たちは、もっと近くを彗星が通ると考えていたんだな。」と、ウェザー氏がぽつりと言った。
 その後、みんな黙ってしまった。
 もしもこの画像の方の軌道が正しかったら、大変な惨事になるという思いが、みんなの頭の中をよぎった。
 四つめの画像が一番大きく、明らかに太陽系が描かれていた。中心にある星は太陽で間違いない。太陽に近いところで、太陽を取り囲こむように描いてある、小さく細い幾つもの楕円は、水星から海王星にかけての惑星軌道だろう。
 こちらにも、他の軌道とは明らかに異なる赤い線があった。それは太陽系の外縁の方へ伸びていて、少しづつ異なるラインで、太陽の周りを五周していた。

古代人からのメッセージ

 石板は、三百万年前の地球から打ち上げられ、地上に戻ってきたもののように思えた。
 古代の地球から飛び立ち、長い時を経て戻ってきたように、プレートの画像からは想像できた。
 過去の人々は高度に発達した文明を持ち、いずれ彗星が地球生命に危険をもたらすことに、気づいたのであろうか。
 そしてその文明は、いつしか途絶えてしまったのだろう。その原因は幾つも考えられる。だが今その原因を考えてみても仕方がない。
 古代の人々は、地上に記録を残しても、いろんな気象現象によって破損したり埋まったりしてしまうと考え、時機をみて石板が地上に届くようにしたのだろう。
 自分たちが滅びるかもしれないことを、予期していたのかもしれない。
 三百万年後の人類、すなわち今地球で繁栄している人類が、ある程度の科学技術を有しているということを期待して、警告の石板を送ってくれたのに違いない。
 人のいないところ、海や砂漠に落ちることも想定して、たくさんの石板を用意したのだろう。
 もっと早く届けてくれたらよかったのにと思うが、石板を受け取った人類に、石板の謎を解けるだけの科学技術が無ければ、早く届けても意味をなさない。早すぎてもだめということだ。
 それにしても、三百万年も宇宙放射線に耐える合金を開発した古代人には敬服するが、なぜ解決策を書いてくれなかったのだろうか。
 彼らにも、解決策は見いだせなかったのだろうか。

 地学研究所は、地元の新聞社とテレビ局を招いて、判明したことを発表した。
 石板の発見者ということで、研究所のスタッフではないビリーも並んで座った。端の方に座っていたのに、所長が彼を真ん中の椅子に座らせた。
 やがて各地に落ちてきた石板の中身は、すべて同じ内容のプレートだということが確認された。
 どこでもこの話でもちきりだった。
 ビリーは、街で見知らぬ人から声を掛けられるようになった。
 「いっぱいおごるよ。」と言われ、石板の発見やら解読のことやらを聞かれるので、彼は閉口した。
 「出身校はどこ」とか、「仕事はなに」とか、ビリーには答えにくい質問もあった。
 いつもは愛想の悪い食料品店の店主も、ニコニコ顔で話しかけてきて、切り分けた燻製くんせい肉とビールを、ビリーにふるまってくれた。彼が食料品以外のことをビリーに話すのは、それが初めてだった。店主の名が店の名と同じボブということも、ビリーはそのとき知った。

 ビリーは父の残した蔵書の中から、三百万年前のことが書かれた本を探した。
 三百万年前はアファール猿人の時代で、道具を使い始めたころにあたり、人類はまだアフリカ東部に住んでいたとなっていた。火を使うようになるのは、そのずっと後の百万年前のころのようだ。
 南極に三百万年前の森の痕跡が見つかっているそうだから、そのころの地球は温暖だったようだ。あの分厚い氷の下に、別の系統の人類の遺跡が隠されている可能性は、無いのだろうか。そのころの地球の自転軸は、今と同じだったのだろうか。本には、地震や気象の変化によっても地軸は変動する、と書いてある。
 三百万年前は、北アメリカと南アメリカの二つの大陸が、地続きになるパナマ陸橋ができたころともされているし、フィリピンプレートの動きが変わったころともある。もしかしたら、今の東アジアに消失した文明があったのだろうか。
 三百万年前以降、地球は寒冷化したとされていた。
 二百六十万年前から二百万年前には、激しい気候変動が起きて、猿人の一部は滅んだとも書いてあった。
  古代文明がいつ滅んだのか分からないが、もしも石板に記した三百万年後の彗星の軌道が誤っていて、月に近すぎると気づいたら、訂正の石板を送ってくれていないだろうか。
 もしかしたら、解決策を記したプレートを載せているかもしれない。
 もし解決策が載っているとしたら、その対策にかかる時間分の余裕をみて、早めに送り届けているかもしれない。だとすると、すでにどこかで見つかっていても、おかしくない。

 そんな話をビリーが研究所ですると、石板が過去にも届いていないか、ミネラル氏が調べてくれることになった。隕石のデータベースがあるのだ。
 ほどなくして、気になる隕石が幾つか見つかった。それはいずれも板状のもので、大きさも重さもビリーの石板に似ていた。幸いそのうちの一つは、国内で発見されていた。
 その板状の隕石が発見された当時は、異常気象のニュースでもちきりだった。地震やら噴火やら大型の台風やらで、科学者たちも頭が一杯だったに違いない。一般の人たちもそちらに興味があり、その隕石のニュースの取扱も小さかったのだろう。
 所長が連絡を入れ、国内で発見された石板を借りられることになった。所有者のところへ、所長とミネラル氏が、まる二日かけて取りに行った。
 「たくさん支払ったみたいですよ。」と、後でジョンがビリーにこっそり教えてくれた。
 取り寄せた石板の中のプレートにも、星々が描かれた画像が四つあり、地球に近いところに赤い線が描かれてあるのも、ビリーの見つけた石板のプレートと同じだった。
 ただこの石板には、黄色い線が新たに描き加えられていた。

新しいメッセージ

 黄色い線は、やってくる彗星の軌道を変更させる方法のように思われた。
 よく見ると、プレートの画像の惑星軌道の中に、薄い色のベルト帯がある。これは火星と木星の間の小惑星帯に違いない。
 黄色い線は、地球の軌道上から出て金星に向かい、そこで周回してベルト帯へと結ばれている。
 そして小惑星帯の中をほぼ直線に近い黄色の曲線が描かれている。その先の黄色い線は、小惑星帯を出て大きな楕円になっているのだが、もう一本黄色い線が太陽を回り込むように描かれていて、途中で合流していた。この最後の黄色い線が何なのか、誰にも分らなかった。
 合流した黄色い線は、赤い線と交差するところで切れていた。
 赤い線がダークコメットの軌道とすると、黄色い線を辿ってくる物体と衝突すると解釈できる。
 小惑星帯に行き、この中の一つを突いて別の小惑星に追突させ、さらにそれを彗星に衝突させようとしているように思えたが、太陽を回り込んでくる黄色い線は何だろう。
 それに小惑星を使って軌道を変えるなんて、そんなことができるのだろうか。
 そもそもどの小惑星を使えばいいのだろうか。
 人類が石板を受け取っても、石板を解読しそこに示された対策を講ずることができる科学技術を有していないといけない。
 人類の英知を結集するというのは、政治家が言うには簡単だが、地方の一研究所が取り組むには、無理があった。
 世界中のスーパーコンピューターは、例の三つの対策に総動員されていた。
 所長が以前勤めていた大学のつてを頼って、途中で開発が止まっていた量子コンピューターの開発チームに、協力を依頼した。
 地学研究所の研究員たちは、まだ改良中の量子コンピューターを使わせてもらって、追突させるのに必要な質量と速度と軌道を割り出した。
 金星を周回するのはスイングバイのためと考え、金星と地球の位置関係から軌道と速度を計算したのだが、同時にそれは、地球から打ち上げなければいけないロケットの発射時期も示していた。
 一方小惑星は無数にあった。
 最初にロケットが向かうべきターゲットは、そんなに大きくはないはずだった。大きすぎると軌道を人間の力では変えられない。古代人たちにも現代人の技術力を予想できないだろうから、きっと無難なサイズの小惑星を選んでいるだろう。そこで直径が三百メートル以内で、ほとんど自転していないものを探した。だが小さい小惑星はほとんどすべてが自転していた。小惑星のデータベースには、該当するものが数個しかなかった。
 次にプレートにある二本目の黄色い軌道に近いところで、一つ目の小惑星を衝突させることで軌道を変えられそうなサイズのものを探した。こちらもほとんど自転していないものでないといけない。自転していたら軌道をコントロールするのがとても難しくなるからだ。
 ついにコスミック女史が、条件に合致する二つの小惑星を突き止めた。
 研究所の人たちは、その小惑星をそれぞれ「アステロイドワン」「アステロイドツー」と名付けた。
 だがどう計算しても、アステロイドツーをダークコメットにぶつけることはできなかった。軌道が離れすぎているのだ。
 それに、アステロイドツーがダークコメットに衝突できたとしても、軌道を変えさせるには質量が不足していた。アステロイドワンは直径が百メートルほどで、アステロイドツーは二キロメートルほどしかない。いずれも速度が遅くて、ダークコメットに衝突させても簡単にはじかれてしまうだろう。猛スピードでやってくる直径が一七〇キロメートルものダークコメットを、とても動かすことはできない。小惑星の速度を上げれば可能かもしれないが、今の人類にはそんな推力を産み出すことができない。
 最後の黄色い線が何なのか分かればいいのだが。
 アステロイドツーの黄色い線と合流する地点で、赤い線の方向は明らかに変化していた。

 二つ目の石板を入手してから三カ月を費やしていた。
 アステロイドワンにこの画像通りの軌道でロケットを衝突させるには、後九カ月しか残されていない。
 確実性の乏しいこんな計画に、誰が協力してくれるだろうか。
 少なくとも、アステロイドツーをダークコメットと衝突させることができないと、誰にも相手にされないだろう。
 古代人の計算間違いなのであろうか。間違って線を引いたのだろうか。それとも線の向きが逆なのだろうか。
 いや、逆だと絶対にダークコメットには行きつかない。
 他に条件の合いそうな二つの小惑星の組合せを探したが、見つからなかった。いつまでも量子コンピューターを使わせてもらうわけにもいかなかった。何しろ保守費用や電気代がかかるのだ。

 核爆弾や原子力推進エンジンを使った彗星の軌道変更は、すべて失敗したと国連事務総長が発表した。
 各国はノアの箱舟の計画の方に力を注ぐことにし、推力のあるロケットを使って、火星に基地を作ることになった。
 だがほんの一握りの人間しか移住できないのは明らかだった。
 人々はノアの箱舟の製造をボイコットした。
 治安はどんどん悪化していった。あちこちで略奪が起きていると報じられた。
 食料品店の棚にも、すきまが目立つようになっていった。
 明るいニュースなど見かけなくなった。
 無人ロケットに高熱や低温あるいは放射線に強い細菌やバクテリア、アミノ酸類を載せる準備が、粛々と進められていた。こちらはガーデン星へ向かうのだ。
 「このままではだめだ。」と、地学研究所のスタッフを全員集めて、所長が言った。

  地方の小さな地学研究所は、今わかっている情報を公開し、協力を募ることにした。
 研究所の事務員が、近所に住む地元新聞社の記者に会いにいった。
 「これを記事にして欲しいんだ。」と彼が頼んだところ、「わかりましたよ。でもうちだけじゃなく正式に記者会見されたらどうです。石板の解明もされたのですから、きっとどこの社も集まってくれますよ。」とその記者は言った。
 そこで、記者発表を地学研究所で行うことになった。
 思っていた以上に記者たちがやってきて、研究所の駐車場はいっぱいになった。テレビの中継もあった。幸い晴れていて、朝から研究所の門の前で、記者らしい人物がテレビカメラを前に何か話していた。
 記者発表では、また真ん中の席にビリーが座らされた。
 「他にも石板が無いか調べたらどうかという助言をもらいまして、研究所で探しましたところ、よく似たものが見つかっていたと分かりました。」と所長が言った。
 「前の石板の中のプレートと、解読方法は同じでした。これがその画像です。」と、コスミック女史が所長に代わって説明を始めた。
 「この石板は、先日降ってきた石板よりも、後の世代の人々によって送り出されたものだと思われますが、地球には十年前に届いていました。その時も多数届いた可能性がありますが、何らかの事情で人の目に触れる機会が無いまま、ほとんどが失われのだと思われます。今回入手した石板も、正体不明の物として倉庫に保存されていました。」
 クラカトア島の再噴火で、大騒ぎになっていたころだろう、とウェザー氏は言っていた。世界中に風振が届き太平洋岸では津波も起きた。火山灰が降り注ぎ、いろんな観測機器や通信に支障が出たあの大噴火だ。(注1)
 「画像は前の石板と非常に似通っていますが、前の石板にはなかった黄色い線が描かれているのが、分かりますか?」とコスミック女史が言って、スクリーンに投影されている画像の線の一部を、レーザーポインターで辿った。
 そして「これは小惑星を利用して彗星の軌道を変える方法が示されていると、私たちは考えています。」と言った。
 記者のうちの何人かが、最後まで話を聞かずに会場を飛び出していった。
 「対策を記した石板が、先に届いていたということですね。」と別の記者が言った。
 コスミック女子がうなずいた。
 小惑星までいくロケットが必要であること、最後の黄色い線を辿るピースがなんであるのか、まだ分かっていないことを、所長が正直に話した。
 反響は大きかった。
 テレビでは速報が流れ、新聞社はめったに出さなくなった紙の号外を配った。

 しかし、取り合ってくれる国も機関も無かった。
 「そのような情報があることは承知しておりますが、実現性の乏しい方法に、貴重なロケットを使うわけにはいきません。少なくとも確実に小惑星をダークコメットに衝突させることができないと、ロケットを使用するわけにはいきません。」と国連事務総長は言った。
 火星へ移住する準備の方に、ロケットは優先して使用されていた。
 全員が乗ることができないと分かっているのにもかかわらずだ。
 だが記者会見後、世の中は少し落ち着いた。
 やはり希望があるのと無いのでは違う。
 この石板に描かれた計画、これは「シューティングプラン」と呼ばれるようになったのだが、これを実現するよう求めるデモが、世界の各地で行われ、署名も集められた。
 だが、いかにしてダークコメットに衝突させるかを、判明させなければならなかった。
 最後のピース、すなわち黄色い線の正体が解明されることを、研究員たちは神に祈った。

(注1)   インドネシアに実在する「Krakatau」がモデル。五三五年、一八八三年に大噴火を起こし、一九二七年の噴火でアナク・クラカタウが誕生した。

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