メガコメットー古代人の贈り物ー⑳
第六章 古代人の丘
パンデミックの終息
火星の移住基地の整備は一時休止となった。
代わりに探査機をいくつも打ち上げることになり、火星軌道上と木星軌道上で太陽を周回し、太陽系外縁部からの来訪者を監視することになった。
妨害電波の対策や高速の宇宙船の技術開発の研究にも予算があてられた。もちろん未知のウイルスに対する研究にも力が注がれた。
ウイルスの感染終息宣言が保健局から出た翌月、国連宇宙局のジム局長代理が地学研究所にやってきた。
「地鶏を食べに来たのかい。」と言って、所長は彼を出迎えた。
研究所の周囲の白い肌の樹の葉の緑も色濃くなり、ラベンダーが咲いていた。
湖畔にある研究所の佇まいは、メガコメットがやってくる前と何ら変わりがなかった。
湖の対岸は新緑で覆われ、焼け跡も言われないと分からないくらいになっていた。
昼食の時間には早かったが、食堂のチーフが支度を始めた。
「これからは、多様な価値観を尊重し、リスクに備えないといけない。」と待っている間に局長代理は言った。
「そういう時代に人類は到達したと言うことだ。」と所長は言った。
「ビリーが会ったという古代人だが、実体があると思うかね。」と局長代理が聞いた。
「何らかの知的生命体が、あの山小屋の近くにいたのは間違いないと思うのだが。」と所長が言った。
「こうは考えられないだろうか。我々が古代人と思っている知的生命体はすでに死滅しているが、彼らの残した人造人間か何かが、立体映像をビリーに見せたと。」と局長代理が言った。
「あの青い箱を使ってビリーが会ったのは、崩れていた石のアーチの所だったな。」と所長が言った。
「そうだ。あの石のアーチを再建したことで、立体映像を投影する装置が作動するようになったのではないかと思うのだが、どうだろう。」と局長代理が言った。
「どういうシステムなのだろう。」と所長が聞いた。
「おそらく何か細かな粒子を地面から吹き上げて、それに投影させているのじゃないかな。」と局長代理が言った。
「水の粒子でもできるかもしれないな。」と所長が言った。
「それであれば痕跡も残らない。」と局長代理が言った。
「石のアーチ自体が立体スクリーンで、スピーカーにもなっているのかもしれない。」と所長が言った。
「やはり、あの石を詳しく調べてみないといけないな。」と局長代理が言った。
地球人はまだ未熟だ。コロンブスやマゼランのころと変わっていない。
地球人同士の争いを収めることも、地球の環境を守ることすらできないのに、太陽系外へと飛び出そうとしている。異星人からすれば野蛮な侵略者だ。
地球人は生命そのものに対する畏敬の念が足りない。それは知的生命体だけに向けるものではない。科学技術のレベルをうんぬんする以前の問題だ。
他の知的生命の存在を知った今、地球人はこれから何に取り組むべきなのか、改めて問われていた。
マユとマイが久々に街にやってきた。
駅までジョンが迎えに行った。
「私たちは大丈夫だったわ。」と双子は言った。
「でもお父さんが感染して一時危なかったの。」とマユは言った。
「会社が経営危機になって。」とマイが言った。
「お父さんの代わりに、マイが会社の役員になったのよ。」とマユが言った。
ジョンはびっくりした。なんだか双子が遠い世界の人のように感じた。
双子とジョンは、ボブの店に寄ってから、食事をするためビリーの小屋に向かった。
畑の周りには野菊の花が咲いていた。
カイは老いて小屋の外にはめったに出なくなっていたが、双子の乗った車がやってくると起き上がって、扉の前で待っていた。
「カイは大丈夫だったの。」とマイが首のあたりを撫でながら言った。
カイは気持ちよさそうにして、床の上にそのまま寝そべった。
マユは「ちゃんと食べてた。」と言いながら、流しと食材の棚に目を走らせた。
「コーヒー豆はあるの。一袋もらってきたけど。」とマユが言って缶の中を覗くと、一杯に入っていた。
「クッキーの方がよかったかしら。」とマユが言った。
「うん。」とビリーが言った。
「あら、お上手言うようになったのね。」とマユが笑った。
「誰に教わったのかしら。」と言って、ビリーの横に腰掛けた。
マイとジョンが食事の用意を始めた。
「あなたは大丈夫だったの。」とマイがジョンに聞いた。
「一度症状が出たけど、すぐに注射をしてもらったら収まったよ。」と言ってから、「重症になったら、看病に来てくれた。」とジョンが聞いた。
「そうして欲しかったの。」とマイが聞いた。
「うん。」とジョンが言った。
「嫌よ。うつったら困るもの。」とマイは冷たく言ったが、ウインクしてくれたので、ジョンはちょっとほっとした。
ビリーの家族
「忘れるところだったわ。これ、うちの父から。」と言って、マユが双子の父の会社の名前が入った大きな封筒をビリーに押し付けた。
「これは何。」とビリーが聞いた。
「あなたの両親のことで興味深いことが分かったから、渡してくれって言ってたわ。たぶん別の目的で調べたんでしょうけど。」とマユが言った。
「何が分かったの。」とジョンが聞いた。
「私には見せてくれなかったの。『知りたかったらビリーに聞きなさい。』だって。」とマユが言った。
双子たちがジョンの車で帰った後、ビリーはマユがお父さんから託ってきた封筒を開けてみた。
中にはさらに封筒が二つあり、一つは探偵事務所の封筒で、もう一つはマユのお父さんの会社の封筒だった。
最初に探偵事務所の封筒を開けてみた。
それは、ビリーの母の家族に関する情報だった。
母の名前はエマ・ネルソン、そしてその父、つまりビリーの祖父の名前はマシュー・ネルソン、ジム局長代理が前に言っていた通りだった。
祖父は哲学者だった。だが学者を名乗るようになったのは五十代になってからで、それまでは世界を旅していたようだった。祖父は英国出身で、家庭が裕福だったので、大学を出た後世界中を回ったのだった。そして東アジアで出会った人の名前の中に、ビリーの父が載っていた。
祖父が所有していた資産に関する情報もあり、英国の自宅のほか、今ビリーが住んでいる山小屋も載っていた。ほかには東アジアと南米と南アフリカ、さらに中東にも別宅があった。船舶も保有していた。
もう一つのマユのお父さんの会社の封筒を開けてみたところ、それはビリーの父に関する情報だった。
偶然、ビリーの父はマユのお父さんの会社と取引があったのだ。
ビリーの父が商品を仕入れていた会社のリストがあったが、いずれも博士の別宅のある国の会社だった。
父は輸入商をしていたから、そこで博士と知り合ったのだろうか、とビリーは思った。
きっと、その関係で母と父が出会ったのに違いないと思った。
博士と父はどんな関係だったのだろうか、事業以外のことでも何か協力していたのだろうか、とビリーは思った。
それは、もしかすると古代文明の調査だったのではないだろうか。
ただ、その古代文明はビリーが出会った古代人と同じとは思えなかった。古代文明はどんなに遡っても一万数千年前だ。三百万年前とでは地球環境もずいぶん違っていたはずだ。
だが、もし古代人が残した改造人間が生き残っていたら、それが今の地球文明の起源となった可能性はあるように思えた。
古代人が生み出した改造人間が、アフリカから渡来したホモサピエンスと交わることはあったのだろうか。ネアンテルダール人とホモサピエンスが交わっていたということは聞いたことがあった。頭から否定するべきではないと思った。
人と人との交わりでなくても、その文明の進化のきっかけを、古代人の改造人間は与えたのかもしれない。
もしそうだとすると、現生人類は彼らを神ととらえたかもしれない。
その遺跡がこの街に残っているのだとしたら、あの石積みに刻まれた模様がヒントになるかもしれない。
博士と父が出会ったのは、東アジアとなっていた。
もしそこにも同じ模様の石があったら。
ほぼ地球の反対側にあたる場所だから、当時の地球の人間が直接交流するには、離れ過ぎている。
だが、そのころまで古代人か古代人の改造人間が、地球の各地で生き残っていたのだとすると、同じような文字を使う遺跡が残っていてもおかしくはない。
ビリーは山小屋の屋根裏の本を、もう一度読み直してみることにした。
バイオレットとレオナルド
地学研究所で宇宙を担当しているコスミック女史の本名は、バイオレット・トンプソンと言った。
彼女の生家はある都市の下町にあった。彼女の祖父も父も医師で、代々小さな病院を経営していた。
ヒスパニック系の住民が増えて、保険に加入していない患者が多くなったときがあり、病院の経営は一時期大変だった。
彼女の母もヒスパニック系で、病院で働く看護師だった。職場で父に見染められて結婚し、バイオレットとその弟のふたりを産んだ。
彼女はエレメンタリースクールに入った年の誕生日のお祝いに、祖父から天体望遠鏡をもらい、晴れた日の夜はいつも病院の屋上で、星を見たり星座を探したりしていた。
父の期待もあり、姉弟は医師免許を取得したが、バイオレットはどうしても宇宙にかかわる仕事に就きたかったので、大学院に入りなおした。
だから彼女はマユを応援した。それは学問のことだけではなかった。
大学院で、バイオレットはレオナルド・ハリス教授の物理学のゼミナールに出ていた。そのゼミナールは大学院で最も人気が高かった。授業の内容だけでなく、教授の人柄や立ち振る舞いが、院生たちを惹きつけた。
彼女は熱心な生徒だった。
周囲の院生たちは、教授を「レニー」と親しみを込めて呼んでいたが、彼女は「教授」と呼んでいた。
大学院を卒業後、地学研究所に採用され、彼女はこの街にやってきた。広場に近いアパートに引っ越したのだが、それは後日ビリーに紹介したアパートだった。
数年してレオナルド・ハリスが地学研究所の所長として赴任してきた。
新しい所長の経歴書が届き、彼女はそれを見て驚き胸が騒いだ。
所長の着任挨拶のときに、彼女は名前を名乗ったのだが、所長は自分の生徒だったことに気づいていないようだった。そこでそのことは、胸の奥にしまい込んだのだが、彼女は所長をうっかり「教授」とか「レニー」と呼びそうになることがあった。
財団が用意した一軒家に所長が住むことになり、彼女はそこに近い家に引っ越した。
所長の家に上がり込む機会をうかがっていたのだが、いざとなると彼女は消極的になり、結局いまだに所長の家に入れずにいた。
レオナルド・ハリスは、大学と大学院で教鞭をとった後、旧知の財団の理事長に請われて、地学研究所に赴任した。独身だったので書籍などを先に送って身軽にやってきた。
地学研究所は、地質、気象、宇宙と研究対象を広げてきたが、さしたる研究成果も得られないまま老朽化が進んでいて、財団の理事長はその研究所の立て直しをレオナルドに期待したのだ。
研究所の構内は手入れがされていなくて、とてもみすぼらしく見えたので、新所長はそこから手を付けることにした。
研究所の外からの来場者を増やそうと、いろんな催しを所員たちに企画させた。それは研究員たちに自らの役割を改めて自覚してもらうためだった。
食堂のコックの腕前を認め、彼を「チーフ」に任命して、外部の人たちも利用できるようにした。
研究所に着任した日、レオナルドはバイオレット・トンプソンに気が付いた。彼女はゼミナールの他の院生の誰よりも大人びていて成績もよく、エキゾチックな顔立ちだったので印象に残っていた。
だが、彼女の方が彼に気づいていないようだったので、彼もまた彼女の大学院時代の記憶を、胸にしまい込んだ。
住まいが近かったので、コスミック女史に家まで送ってもらうことが幾度かあり、お茶を飲んでいくよう言ったこともあるのだが、彼女は応じてくれなかった。
国連宇宙局と地学研究所の協定式のとき、パートナーを随伴するよう言われ、所長はコスミック女史を連れていくことにした。
協定式の当日、彼女は眼鏡を外し大きなカバンを抱えてやってきた。
ジョンが運転し、所長が助手席に座り、コスミック女史が後部座席にカバンと並んで座った。
会場に着くと、コスミック女史は来賓の女性たちの衣装を確かめ、控室でドレスに着替えた。パートナー代理が場違いないでたちで、所長に恥をかかせてしまってはいけないと彼女は考え、いろんな衣装と靴をカバンに入れて持ってきたのだ。
協定式では一番前列に所長とコスミック女史が並んで座った。
協定式後のパーティでは、当時管理官だったジム局長代理やジョンだけでなく、他の出席者からもたくさんコスミック女史に声がかかったが、所長は何にも言ってくれなかった。
やっぱり私に興味がないのね、と彼女は思った。
所長の方は、ドレスに着替えてきた彼女を見て驚いたのだが、口にはしなかった。うかつなことを言っては、ハラスメントになってしまうと思ったのだ。
双子のお父さんの会社とビリーのお父さんの会社には取引があったのですね。
バイオレットとレオナルド所長の関係も見えてきました。この後の展開に関係してくるのでしょうか? Equisetum
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