AI戦争ーフワフワの人が遺したものー⑯
(機密情報 続き)
国軍の将軍のひとりが、良心に反することはできないと言って、自分の部隊の連合軍への編入を拒んだ。
彼は、メティスが直接指揮する連合軍は人道に反する戦闘行為をしていて、国益にも適っていないと主張した。
軍の幹部が、前線に出るのは無人戦闘車や無人機で部隊は後方支援に就くのだと説得にあたった。だが、そのさなかに、将軍は原因不明の食中毒になって入院し、職務代行者が置かれることになった。
このことを知った新聞社の編集長が、記事をネット版に配信しようとしたところ、新聞社のシステムがフリーズし、その翌朝彼は行方不明になった。左遷されたのではと疑った編集部の記者が、新聞社の社主を追及した。
だが、誰も編集長の消息を知らなかった。
同様のことが、テレビ局でも起きて、マスコミはメティスに関わる報道を控えるようになった。
一方で、メティスが配信を命じたニュースは、裏づけの無いままネットで流されていた。
放送が始まったばかりの頃、ラジオは人々の関心を引くような真偽不明のニュースを流し、新聞社に批判された。だが、新聞も同じ過去を持っていた。ラジオはやがてテレビに取って代わられ、今ではネットがニュース配信の主流となった。
新聞やラジオやテレビは、裏づけ取材を重ね、異論がある場合は両論を併記することで、信頼を得るようになった。ネットニュースにおいても、そうした工夫が必要なのは言うまでもない。ただただ、政府の発表を取り次ぐだけでは、役割を果たしているとは言えないし、人々の信頼も得られない。もちろん、読者側も複数の取材源からの情報なのか、ほかの情報と矛盾がないのか、判断する必要があるのだが、ネットの情報はよりセンセーショナルで、当事者を善と悪で単純に分けることで、人々の判断力を奪い、人々どうしの中で不信感をより増幅させていた。どんな事案でもそうだが、例えば傷害事件の被害者を善、加害者を悪としていいだろうか。そこに至った経緯に思いをはせることができれば、隠された背景が見えてくる。だが、人は、加害者を単純に悪と決めつけ、懲らしめようとする。その方が考えなくていいし、自己陶酔もできるからだ。
ダニエルとマシュー
まだ夏至にもなっていないのに、その日も暑かった。
ダニエルとマシューは、湖の北側の木の下に寝そべり、暑くてしようがなくなると、湖に入って体を冷やしていた。
異星人派との対決は、神様が来るまで中止とマユにきつく言われていた。
二人はいとこどうしで、ダニエルのほうが三つ年上だった。
今朝、父方のお爺さんであるウェザー氏に車で乗せてきてもらい、二人は今日一日湖のほとりで過ごすつもりだった。
二人には、それぞれ姉がおり、そろって「この暑いのによく出かけるわね。」と弟たちに言った。
お爺さんは、二人が今いる湖の東側にある観測所の所長をしていた。本当の名前は、ウォルター・ロビンソンと言うのだが、誰もがウェザー氏と呼んでいた。もともと気象が専門だったからだ。
お昼近くになると、二人はまともにお日様の光を浴びてしまった。
観測所のある東側は草原で、日陰になるのはぽつんぽつんと立っている樺の木くらいしかなく、今日はその木陰にも熱風が吹き込んできていた。
隣町との境界に近い西側は、昔異星人がばらまいたものの一つがそこに落ち、それをきっかけに世界中に病気が広がったと聞いたことがあったので、あまり近寄りたくなかった。
二人は、湖の対岸の木陰をうらやましそうに眺めていた。
対岸の南岸は、泳いでいくには遠すぎたし、父母からも祖父母からも行ってはいけないと常々言われていた。
泳ぐのも飽きて、二人は釣りをしたいと思ったが、そうなると再び暑いところに出ないといけない。
「今度来るときは、ビーチパラソルを持って来よう。」とダニエルが言った。
「自転車で運んでくるの大変だよ。」とマシューが言った。
「でも、パラソルをボートに立てれば、日影ができる。」とダニエルが言った。
「そうしたらボートに乗って釣りができるね。でもボートはどうしよう。」とマシューが言った。
「食堂の店長に借りよう。」とダニエルが言った。
観測所に併設されている食堂の責任者であり、コックでもある店長は、釣り好きが高じて自分のボートを持っていたので、二人はたびたび乗せてもらっていた。
いい考えだと二人は思った。ボートを借りることができれば、南岸に行くこともできる。
南岸の岸辺は木々が生い茂っていたが、それより上部は、ところどころ古い柵で囲まれている起伏のある台地だった。二人は、観測所の前の道路を南に向かって歩いていき、そこから昔牧場だった草原の中の小道をたどって、台地の東側まで行ったことがあったが、台地に立ち入る門扉には、大きな錠前がついていた。二人は、その錠前をガチャガチャやってみたあげく、転がっていた大きな石で叩いてみたが、数年前に取り付けられた錠前は、びくともしなかった。柵に沿って歩いていけば、どこかに壊れているところを見つけられたかもしれなかったが、二人はそこまで思いつかなかった。
なので、南岸に行くには、湖の水量が減ったときに研究所の側から湖岸を歩いていくか、ボートで湖を渡るしかないと二人は考えていた。
できるだけ葉陰を選びながら、二人はボート置き場まで歩き、そこで店長のボートを見つけた。
「オールが無いや。」とダニエルが言った。
小さな木の桟橋に、そのボートはつながれていたが、ボートの中にオールは見当たらなかった。
近くに壁のトタンが茶色く錆びついた窓のない小屋があり、二人はそれが食堂の店長のものだと知っていた。
二人は、その小屋の木の扉を、引っ張ったり押したりしてみたが、がたがたいうだけで開かなかった。
「直接頼むしかないね。」とマシューが言った。
このままここにいると、自分たちは火あぶりになって死んでしまい、そのうちカラスがつつきに来る、と二人は思ったので、持ってきたものをキャンバス地のバッグにしまい、湖の岸辺の小道をとぼとぼと観測所へ向かった。
「そろそろ、呼びに行こうと思っていたんだよ。」とウェザー氏が言った。
あまりに暑かったので、二人はまだ帰る時間には早いと思っていたが、もう夕方だった。
「暑かっただろう。アイスクリームを食べるかい。」と食堂の店長が言った。
もちろん、二人に異存はなかった。
店長は、以前チーフと呼ばれていたのだが、研究所が観測所になったときに、併設されていた食堂の運営が独立したので、今は店長と呼ばれていた。
頭が痛くなるのも構わず、二人が火照った体の中を、食道から順にアイスクリームで冷やしていると、キャシーおばさんがやってきて話を始めた。
「聞いたかい。」とキャシーおばさんが言った。
「また、街で失踪者が出たって話だろう。」と店長が言った。
「そうだよ。警察が巡回を増やしたってのに、どうなってるのかねぇ。」とキャシーおばさんが言った。
「やっぱり、裏にいるのは特別高等警察かな。」と店長が言った。
特別高等警察は、メティスが直接指揮していた。
メティスの支配下にあるAIが行政機関の中心に据えられて、公務員たちはその指示に従うことになっていた。
州知事や市長たちは相談役というポストに就くことになり、ついにお役御免となった。
いよいよ、政策の決定も行政執行もAIが担うようになった。
「事実上、AIが世の中のことを決めることになってしまった。」とウェザー氏は言った。
「いつどこでAIが聞き耳を立てているか、分からないもんねぇ。」とキャシーおばさんは言った。
「変な世の中になってしまったなぁ。」と店長は言った。
一時期、スマート家電というものが流行り、いろんな家電がネットワークに接続され、確かに便利にはなったが、だれがどんな操作をしているのかも、筒抜けになってしまった。
もちろん、情報を収集の際、個人を特定しない規則があるにはあったが、それはAIを利用する人間に対しての制限だった。一方AIは、誰がどこでどんな行動をして何を話しているのか膨大な量の情報を使って把握することができた。
まるで、周りじゅうにスパイがいるようなものだった。
所長と店長は、観測所と食堂の中にあったすべてのスマート家電を処分し、マイクだけではなくスピーカーまで外してしまった。スピーカーも逆につないだらマイクになるからだ。
だが、それでも安心はできなかった。
異星人たちが去った後、彼らの戦闘虫をまねて羽ばたきのできるドローンが開発された。最近ではクワガタくらいの大きさの昆虫型のドローンが開発されて、どこにでも勝手に入り込んでくるようになった。野鳥に擬態化したドローンが信号機の電柱に止まっていて驚いた、という話も広まっていた。
「ビリーが誘拐されたときの鳩のことを思い出してみろよ。何に使われるか分かったもんじゃないよ。」とミネラル氏は言った。
一応、そうしたドローンを飛行させるときは、光を点滅させ警告音を発することになっていたが、静かな環境を守るとか、野生動物の観察に支障が出るとかで、義務化されていなかった。
ダニエルとマシューが、アイスクリームのカップの底まできれいに舐め上げたのを見て、「さぁ、帰るよ。おまえたちの母さんが、しびれを切らして待ってるよ。」と、ウェザー氏が言った。
二人は、店長にお礼を言うと、慌ててウェザー氏の後を追っていき、車に乗り込んだ。
二人が車の中から振り返ると、店長は厨房の火を落とすため、戻っていくところだった。
「しまった。ボートのこと頼むの、忘れてた。」とマシューが言った。
「何の話だい。」とウェザー氏が言った。
「何でもない。」とダニエルが言った。
「釣りに連れていってもらおうと思ってるのかい。」とウェザー氏が聞いた。
「うん。」とだけダニエルは言った。
二人だけでボートに乗るのを、祖父は許してくれないかもしれないと思ったのだ。マシューは、なんとも思っていなかったが、ダニエルには、自分たちの企みが祖父に見抜かれているように思えた。
二人の家は、町のはずれの広い敷地の中にたっていて、真ん中に祖父のウェザー氏の家があり、その両側に息子たちの家があった。
ウェザー氏が家を建てたころに植えた樹々は、すっかり大きくなって、涼しげな木陰を作っていた。
「二人とも日焼けして真っ黒じゃないかい。」とダニエルの母親が言った。
「湖なんかに行かなくても、ここにいれば涼しいのにさ。」とマシューの母親が言った。
「そうだよ、あそこに行っても暑いだけだよ。」とダニエルの母親が言った。
「釣りに行きたいそうだよ。」とウェザー氏が言った。
二人の母親は頭を振った。
「マイクロプラスチックやら有機フッ素やらで、釣っても食べられないのにねぇ。」とマシューの母親が言った。
「えっ、じゃあ店長は釣った魚をどうしてるの。」とマシューが聞いた。
「あれは、あとで湖に放しているんだよ。」とウェザー氏が言った。
「食堂で出してる魚はどうしてるの。」とダニエルが聞いた。
「あれは、ろ過した水を使った大きな生け簀で養殖していて、毎朝店長が取りにいっているんだよ。」とウェザー氏が言った。
「すっごい大きい魚を釣り上げたって話を聞いたよ。」とマシューが言った。
「その魚にボートを引っ張られたって話だろう。」とウェザー氏が言った。「大げさに言っているだけだよ。本当にそんな大きな魚を釣り上げたら、きっとみんなに見せて回ってるはずだからね。」
ウェザー氏の息子たちは、勤務が不規則なので不在なことが多かったが、いつも三つの家族はウェザー氏の家で一緒に夕食を囲んでいた。
食事の用意を手伝っていた二人の姉は、赤黒く日焼けしたダニエルとマシューを、にやにやと見ていた。
「どちらの方かしら。」とダニエルの姉が言った。
「黒くて何が悪いのさ。」とダニエルが言った。
「何も悪くはないわ。」とダニエルの姉が言った。「でも、今のうちに冷やしておいた方がいいわよ。明日になったら肌の皮がむけてきて、ひりひりするわよ。」
「そして、そのうち痒くなるんだけど、掻くと今度は痛いのよ。」とマシューの姉が言った。
「どうせ、日焼け止めを持ってくの忘れてたんでしょ。」とダニエルの姉が言った。
「持ってったけど、塗るのを忘れてた。」とダニエルが言った。
「おりこうさんね。」とマシューの姉が言った。(ダニエルとマシュー 続く)
ダニエルとマシューは、湖の南岸に興味があるようですが、そこに隠されていいるのは…。
このふたりの行動が、事態を大きく変えていきます。 Equisetum
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