メガコメットー古代人の贈り物ー②
石板
ビリーは科学者ではない。神も信じていない。
ダークコメットが迫ってきても、じたばたしても始まらない、と考えていた。
仕事もしていないので、父が残してくれた僅かな財産でつましく暮らしていた。
コーヒーをたしなむのが唯一の愉しみで、気が向くと日当たりのいい部屋で、カビの匂いのする父の蔵書を読んで過ごしていた。掃除や片付けは苦手だが、食事は自分で調理していた。
家族はいないが、犬のカイがいた。元は狩猟犬だったということだが、けがをして役に立たなくなり、引き取り手を探していると聞いたので、もらい受けた。ビリーのところに来て六年になる。ビリーがここにやってきた次の年だ。
ビリーが街に出かけるのは週に一度で、食料品店が行きつけの店だ。ビリーの好みの香りのいいコーヒー豆を置いている。店主はがっちりした体格の不愛想な男だが、タバコは吸わないらしく、匂いが苦手のビリーには助かる。子どもがいるらしいが、母親の方は見たことがなかった。
ビリーが住まいにしている山小屋は、街から離れた山際の林のそばにあった。小屋の北側と西側は、針葉樹が聳えている。南側には庭があり、その先には野菜畑と果樹園があるので、たいがいのものはそこでまかなっていた。近くの農場から、牛乳とチーズも分けてもらっていた。
ビリーは人つきあいが苦手だったので、父が死んだときに生まれ育った家を処分し、都会を出て父が狩猟の際に使っていたこの山小屋に引っ越してきた。家財は大方処分したが、蔵書だけは残しておいた。
彗星がやってくるまで、あと三年半に迫っていた初秋の夜のことだった。
カイがしきりと外に出たがるので小屋の外に出たが、散歩をせがむわけでもなかったので、ビリーはテラスの椅子に腰かけていた。
虫が寄ってくるので、ビリーがランプの光の向きを変えようとしたときだった。
大きく輝く火球が上空を通り過ぎていった。月は地平線の向こうに隠れていたが、まるで満月の夜のように周囲が明るくなった。それは自宅から少し離れた山中に、落下したようだった。鈍い地響きをビリーは感じた。
あれだけ大きく光ったからには、隕石になって落ちているかもしれない、とビリーは思った。
こんな世紀末の時代だから、見つけても高く売れることはないだろうが、とにかく探しに行くことにした。
空が明るくなってくるとすぐに、ビリーは見当を付けていた辺りに車で向かった。車も父が使っていたもので今どき珍しいガソリン車だ。そろそろ擦り減ったタイヤを、交換しないといけない。
街へ向かう道から右にそれて、針葉樹の林の中の傾斜のあるデコボコの道を走っていくと、林道の分かれ道のところで、樹々がなぎ倒されているのを、ビリーは見つけた。思っていたより、大きな隕石だったのかもしれなかった。
州内に原子力発電所ができたときに、父が買った放射線計を片手に、ビリーはカイを連れて斜面を登っていった。
鳥の声は無く、獣の気配もなかった。太陽が昇るには少し早く、林の中は仄暗く、ひっそりと静まり返っていた。
狩猟を引退してから、めったに吠えなくなったカイも静かだった。ビリーのそばを離れなかった。
一瞬目の前を白い蝶のようなものが横切った気がした。視界からすぐに消えたから違うと思うが、眼の病気の飛蚊症のように白く光って見えた。こんな陽の当たらないところに蝶が飛んでいるだろうか、どこかに樹液でも出ているのだろうか、とビリーは思った。
白いものが去った方に顔を向けると、少し窪んでいるところがあるのに、ビリーは気が付いた。
そして窪んだ穴の中に、それは斜めに突き刺さっていた。
しかしそれはビリーが想像していた隕石の姿ではなかった。一瞬彼は、昔の映画で見た「モノリス」だと思った。
板のような形をしていたのだ。だが、とても小さかった。
近づいても放射線計の針は動かない。彼は豚革の手袋をした手をかざしてみたが、熱さを感じなかった。落下してどれくらいで冷たくなるものなのか、ビリーにはわからなかった。
カイは彼のすぐ後ろにいる。
ビリーは小枝を拾ってつついてみたが、何も起こらなかった。
彼はそっと揺すると、覚悟を決めて手に取ってみた。
ツーバイフォーの板を一フィートで切ったくらいの大きさだったが、ずっしりとしていて、鉛のように重かった。
隕石は重い、とビリーは聞いたことがあった。
辺りを見回してみた。木の焼け焦げたにおいが立ち込めている。雨の日は沢の一部になるであろう水たまりの辺りは、水蒸気が立ち上っている。
ガスマスクが必要だったかもしれないと、今になってビリーは思った。
何かほかに落ちているものがないかと見まわしたが、何もなかった。
昨夜の火球の正体は、これのように思われた。
林の中はなんだか気味が悪かった。異星人がいるような気がした。
そのモノリスのようなものを持ってビリーは車に戻ったが、何となく誰かに見られているような気がした。
怖くて後ろを振り向くことができない。
カイは、彼より先を小走りしている。
古毛布でモノリスをくるみ、積んでいた木箱に納めると、車のトランクにしまった。
ビリーは博物館に勤める知人に、車の中から電話をした。その知人は以前、林の中で見つけた古い陶磁器を、買い取ってくれたことがあった。寝ぼけたような声を出していたが、話を興味深く聞いてくれた。
見せてくれというので、ビリーは博物館に持っていくことにし、いったん自宅に戻った。
手早く遅い朝食を済ませて、車で博物館のある街へ向かった。
モノリスが落ちていた辺りの写真を、撮っていなかったことに、ビリーは気が付いた。
後からでも撮影はできるさと思ったが、今度行くときは、誰か一緒に行って欲しいと思った。
「昨日当直だったんでね。」と彼は頭を掻きながら言った。
そして「どうも世界中で、同じような隕石の落下があったようだよ。」と言うと、ビリーにテレビを見るよう促した。
「これを見てみなよ。」
ビリーの見つけたモノリスのようなものが、各地で見つかったと、テレビが伝えていた。
そういえば、今朝はテレビを見ていなかった、とビリーは思った。
彼は毛布の中のモノリスを丹念に眺めまわしてから、「ここより地学研究所で見てもらった方がいいのじゃないかな。」と言った。彼にも隕石なのかは分からないようだった。
博物館に売り込むつもりだったのだが、正体が分かってからでもいいだろう、とビリーは思った。
そのモノリスのようなものは、その日だけでなく数日にわたって地球に降り注ぎ、数十個が各地で発見されることとなった。まるでモノリスの流星群の中に、地球が入ったかのようだった。
モノリスは、やがて石板と呼ばれるようになった。旧約聖書に出てくる神から与えられし石板だ。
ダークコメットが近づいているさなかに届いた石板には、何か彗星に関するメッセージが刻まれているに違いない、と多くの人々が考えたのだ。
ビリーは博物館から連絡を入れてもらい、そのまま少し離れた湖の近くにある地学研究所に向かった。
博物館より山小屋の方が研究所に近いが、方向が違うので遠回りになった。
博物館のある街を離れ、畑の中を車で二十分ほど走った。
ビリーが地学研究所に来るのは、初めてだった。
建物の外壁は白い色をしていた。一目で天体望遠鏡があると分かるドーム型の建物があった。
晴れた日の朝に、山小屋から湖の方を眺めると光って見えたのは、この研究所の窓だったんだな、とビリーは思った。
研究所の庭は手入れが行き届いていて、芝生がきれいに刈り込まれていた。赤く色づき始めた広葉樹が、敷地のあちこちに立っていた。
「ビリーさんですね。ようこそ来てくれました。」といって出迎えてくれたのは、ジョンという青年だった。
「僕はまだ助手で、ここにきて二年目なんです。」と彼は言った。
彼はビリーの車を物珍しそうに眺めてから、車を停める場所を教えてくれた。
玄関ホールから廊下を歩いて通されたのは、広い研究室だった。
コンパートメントの入口らしい扉が、部屋の両側にいくつもあった。手前側が廊下で、向こう側は窓になっていて、青い湖面が良く見えた。
ふたりが入っていくと、研究員たちがやってきて、ビリーのモノリスを覗き込んだ。
「テレビで見たのと似てるわね。」と女性の研究員が言った。
「重い。」片手で持ち上げようとした男性の研究員が言った。
「何で、できているんだろうな。」と彼より年配の研究員が言った。
集まってきた研究員たちにも、見ただけではこれが何であるのか、分からないようだった。
「こんなにきれいな形の岩が、自然にできることはめったに無い。」と、岩石が担当だという三十代くらいの研究員が言った。彼は「ミネラル(鉱物)氏」と呼ばれていた。
「平坦な板状になるのは、元が堆積物の場合が多いが、筋状に模様が入る。溶岩が冷えて固まると、柱状だけでなく板状にもなるが、やっぱりこんな平らにはならない。」と彼はビリーに話した。
ミネラル氏は石板の中の構造を確かめるため、X線を照射してみたいとビリーに言った。
「もちろんいいですよ。」とビリーは言った。
ミネラル氏が放射線室に行った後、ビリーは研究所の人たちに、石板を見つけた顛末を話した。
「確かに、モノリスに見えますね。」とジョンが言った。
三十分ほどして戻ってきたミネラル氏は、何も映らなかったと言った。
「放射線を通さないんだ。絶対に自然にできた物じゃない。間違いなく人工的に作られたものだ。」と彼は言った。
その後ミネラル氏は、他の仕事をそっちのけにして、石板の分析に没頭した。
ジョンが手伝っていた。
石板は硬かった。何を使っても傷一つ付けることができなかった。
重くて放射線を通さないので、鉛のようなものでできているに違いないと思われた。
組成分析をしたかったが、そもそも試料を削り出すことができなかったので、蛍光X線分析やら不活性ガス搬送融解法とかを試したと聞いたが、ビリーには何のことだかさっぱり分からなかった。
結局、地球上は勿論のこと宇宙空間であっても、自然にできる物質ではないだろう、ということになった。鉛やセラミックに似ているところもあったが、人類には未知の合金でできていると思われた。
石板を眺めても、文字や記号らしきものは何も刻まれてはいなかった。顕微鏡で拡大してみると、とても細かい線が平行に並んでいることがわかった。
三週間たってミネラル氏が「お手上げだ。」と言い出すまでの間、他の研究員たちとビリーは、何とか箱の中を見ることができないかと思案していた。
表面には何も記されていないが、きっと中に何か入っているに違いない、と誰もが思っていた。
だが「ふた」を開けることはできず、そもそも「ふた」がどこなのかも、わからなかった。
研究所を訪ねた翌日、石板を見つけた林に、ビリーは研究員たちを案内した。
ビリーのとはずいぶん違う放射線計や金属探知機らしいものを持った研究員たちは、あっちこっち歩き回り、さらに焼けていない林の中も、数百メートルの範囲にわたって探し回ったが、他に何も見つからなかった。
彼らはカメラで撮影をしていた。赤外線カメラも使っていた。
ビリーは焼け焦げたところから少し離れて、その様子を見ていた。
その後ビリーは、石板を見つけた場所に近寄らなかった。
その林の脇の道を通るときは、それはビリーが街の食料品店に出かけるときなのだが、できるだけ視線をそらし、何も聞かないようにそっと通り抜けた。いつも何かが潜んでいるような気がした。ちょっと物音が聞こえてくるだけで身震いしてしまった。
研究所へは、少し遠回りして別の道から行った。
研究所に通っているうちに、ビリーはそこの食堂が気にいった。その食堂は別棟で、研究所と渡り廊下で繋がっていた。レンガ造りで洒落ていて、スタッフ以外の人たちも利用できた。地鶏と湖で捕れる魚が、お勧めだった。ただ出てくるコーヒーはいただけなかったので、おいしく淹れる方法を、食堂の女の子にビリーが教えた。香りのいいコーヒー豆の話をしたら、次の日には用意されていた。
その子は街から通っているということだった。一年前に学校を出たばかりで、名をマユと言い、死んだ母親はアジア系だと言っていた。チェックのワンピースと白いフリルの付いたエプロンがよく似合った。ビリーが食堂に顔を見せると、いつも笑顔を見せてくれた。
車の燃料代が嵩むようになったが、ビリーは気にならなかった。カイは毎日留守番をさせられ、ビリーが戻るのを、小屋の中でじっと待っていた。
謎の「石板」が登場しました。
「石板」といえば、モーゼの「十戒」ですよね。こちらにも何か刻まれているのか。刻まれているとしたら「誰が」「何を」刻んだのか。「何を」は解明され「誰が」の謎も解けたように思われるのですが、本当のところは、次作「新メガコメットー古代人の正体ー」まで待つことになります。
次回も無料でご覧いただけます。
いよいよ「石板」が開封されます。 Equisetum
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