AI戦争ーフワフワの人が遺したものー⑩
(アーノルドの魔法使い 続き)
視界が悪くなってきた。
霧が弱い風に乗ってやってきた。
でも尾根の道は真っすぐに伸びていて、迷うことは無かった。
急に視界が開けた。
そして、頂きはすぐ目の前だった。
「バンザーイ。」と叫んで、ダニエルとマシューが残りの斜面を駆け上がった。
アーノルドが追い付いて見まわすと、丘の頂上部分は、雲の上に浮かんだみたいになっていた。
雲に遮られて、湖は見えなかった。
頂きは正方形で、平らな広場のようになっていた。
「何もないんだね。」とアーノルドが言った。
草と小木が生えているだけだった。
トンボが飛んでいった。
「うん。でも、何かあるはずだって、俺たちは睨んでいる。」とダニエルが言った。「観測所の研究員たちの遭難騒ぎがあってから、ここに登る道は閉鎖されたんだ。大人はみんな丘に行っちゃいけないって言うんだけど、何か隠してるんだ。」
「ここに、誰かが掘った穴があるよ。」とマシューが言った。
「動物じゃないかい。」とダニエルが言った。
穴は、一メートル位の大きさで、あちこちにあった。
「前に来たときは無かったよ。」とマシューが言った。
「きっと、人が掘ったんだよ。」とアーノルドが言った。
「どうしてわかる。」とマシューが聞いた。
「ここのところを見てごらん。」とアーノルドが言った。
穴の中の土が、ナイフで切ったみたいに滑らかになっていた。
「きっと、スコップを使ったんだ。」とダニエルが言った。
「こっちは、ツルハシだろうね。動物の爪にしたら大きすぎるから。」とアーノルドが言った。
「やっぱり、誰かが何かを探しに来たんだ。」とマシューが言った。
不意に、アーノルドは誰かに見られているような気がして、後ろを振り返った。
一瞬、何かが動いたような気がした。
「どうしたんだい。」とダニエルが言った。
「あそこに何かがいたような気がしたんだ。」とアーノルドが言った。
止める間もなくマシューが走っていったが、そこには藪があるだけで何もいなかった。
「ウサギかイタチだったんじゃないかい。」とダニエルが言った。
そう言った途端、雨粒がダニエルのほほに当たった。雲が昇ってきて太陽が見えなくなっていた。
「まずい。」とダニエルが言った。
雨粒は、次第に大きく重くなってきた。
三人は、慌ててポンチョを引っ張り出した。
急に寒くなってきた。
ポンチョを羽織っているうちに本降りになり、どうしようかと言っているうちに土砂降りになった。
雨を避けられそうなところは、どこにもなかった。
「反対側の南西の道から帰ろう。」とダニエルが言った。「降りてすぐのところに、ビリーの小屋があるから、雨宿りができる。」
「自転車はどうするの。」とアーノルドが言った。
「明日、俺たちが取りに行ってくるよ。」とダニエルが言った。
「でも、街にはどうやって戻るの。」とアーノルドが聞いた。
「ビリーがいれば、あの車で送ってくれるよ。」とダニエルが言った。
「ビリーがいたらいいけど。」とマシューが言った。
三人は、雨の中を転ばないように、慎重に反対側の尾根の方から丘を降りて行った。
林の中に入って、次第に緩やかになっていく小道を歩いていくと、黒く古い山小屋が見えてきた。小屋の日陰側の壁には苔が生えていた。
山小屋の手前に石積みのゲートがあり、そばに立入禁止の看板があった。
三人はゲートの右脇を抜けると、山小屋の前まで靴を泥だらけにして歩いていった。
小屋の煙突から煙は出ておらず、人がいるような気配はなかったが、小屋の横に、動くのか怪しい古めかしい車が止まっていた。両手を広げたくらいの大きさの蜘蛛の巣があちこちにあって、雨に濡れて光っていた。
小屋の向こうは荒れ地だったが、小屋の隣には畑があった。畑の周りには野獣除けの柵が立っていたが、杭のいくつかは朽ちたらしく、代わりに曲がった木の枝が突き刺してあった。
小屋のテラスの庇の下に入ると、三人はほっとため息をついた。
ダニエルが扉をノックしてみると、小屋の中から、「誰かな。」という低い声が聞こえてきた。
アーノルドは震えあがった。
魔法など信じていなかったが、この古い小屋の住人は魔法使いだと思った。
扉が開いた。
「おまえたちか。」と声がしてやせた男が現れた。
「ビリーがいて助かったよ。」とマシューが言った。
「まぁ、入んなさい。」とビリーが言った。「いままでどこにいたんだい。」
「丘に行ってた。」とダニエルが言った。
「丘は立ち入り禁止だぞ。」とビリーが言って、こどもたちに向かってにやりとした。「でも、通ってくのに気がつかなかったな。」
「反対側から登ったんだ。」とダニエルが言った。
「北東側かい。あっち側は崩れているところが多いからな。この雨ならこっちへ降りてきたのはいい判断だ。だいぶ早く出たのかい。」とビリーが聞いた。
「うん。自転車で林の入り口まで行ったんだ。」とマシューが言った。
「じゃあ、置いてきたんだな。」とビリーが言った。「まぁ、これで体をふいて、濡れたところを乾かすんだ。」
こどもたちの首の周りと袖口と足首は濡れていて、靴も気持ちが悪かった。
ビリーが赤黒いレンガの暖炉の熾火にかけてあった灰を取り除くと、小さな炎が上がった。
ビリーは小さな枝から順に薪を加えていった。
そして、「靴は、ここで乾かすんだ。」とこどもたちに言った。
三人は、タオルで体を拭くと、言われるままに暖炉で体を乾かした。
「さぁ、これを飲むんだ。温まるぞ。」とビリーが言った。
「コーヒーだ。」と、マシューがカップの中をのぞいて言った。
「砂糖と牛乳を入れたらいい。こどもでも大丈夫だ。」とビリーが言った。
マユならココアを出してくれるだろうなと思いながら、ダニエルは舌をやけどしながら一口飲んだ。
それを見て、マシューはフーフー息を吹きかけながら飲んだ。
アーノルドがコーヒーを飲むのは初めてだった。口にすると、その茶色の飲物は薬のような味だった。
「苦かったかな。」とビリーが聞いた。「ほかに飲物がないんだ。マユがいたら、ハーブでお茶を作ってくれるんだけどな。」
「大丈夫。」とアーノルドが言った。
「君が、アーノルドだね。」とビリーが言った。「君のことはジョン、じゃなくて神様とマユから聞いているよ。」
「アーノルドは、ダニエルより、ずっと賢いんだよ。」と、マシューが神様の正体を気にせず言った。
ダニエルが、「古代人派のエースだよ。」と、自分の方が年長なのに気にせず言った。
「そろそろ、止んできたな。」とビリーが言った。「三人とも、車で送ってってやるよ。」
まだ湿っている靴を履くと、こどもたちは大きなエンジン音がする車に乗せられて、デコボコ道を下っていった。
誘拐
「こんなに降るのは珍しいな。」とサミーが言って、雪を払いながらボブの店に入ってきた。
ストーブの前に座っていたディックが、「湖が凍り始めたらしいな。」と言った。
「ほんとう。」とマユが言った。「配達があるのに道は大丈夫かしら。」
ディックがうなずいて、「この寒さは、いつ以来だろうな。」と言った。
「そういやぁ、長いことスケートをしてねぇな。」とサミーが言った。
「もっと寒くなって、氷が厚くならないとな。」とディックが言った。
「それより俺たちみんな、もっと痩せねえとな。」とサミーが言った。
「違いねぇ。」とディックが言った。
「私を一緒にしないでよ。」とマユが笑った。
店には、ほかに二人の女性客しかいなかった。
店の床には入り込んだ雪が溶けて、水たまりができていた。
ディックが小さな声で、「帝国の皇帝も、うちの大統領も、すでに死んじまっているという噂があるぞ。」と言った。
「今朝のテレビには映ってたわよ。」とマユが言った。
「報道やネットで出回っている画像は、ディープフェイクとかいう偽物らしい。」と、再び小声でディックが言った。
「病気かい、事故かい。」とサミーが聞いた。
ディックが周囲を見まわしてから、もっと小さい声で「内緒の話だが、メティスとフーシーがやったという話だ。」と言った。
「それは、メティスが皇帝を、フーシーが大統領を殺したってことかい。」とサミーが聞いた。
「いや、自国側のAIらしい。」とディックが言った。
「そりゃ、何のためだい。」とサミーが言った。
「どこかに軟禁されているのかもしれないんだが…。」と、ディックが持ってきたビラを広げようとしたところに、ボブの店の扉が開いて、黒い眼鏡をかけ黒い服を着た男が三人入ってきた。
そして、陳列棚の前で話していた女性客を有無を言わさず連れ出し、店の前に止めてあった黒塗りの車に押し込んだ。
「今のは、なんだ。」と、サミーが驚いて言った。
マユが慌てて追いかけたが、車は角を曲がって東へ走り去るところだった。
「大変。」
マユはすぐに警察に通報した。
「誘拐よ。うちの店のお客さんが二人、連れ去られたの。」と電話をした。
警察は、すぐに検問を張ったが、マユの見た黒塗りの車は見つからなかった。
雪の上に残った轍は、途中で消えていた。
店のラジオが、AIが指揮する鳥型ドローンの活躍で詐欺グループが摘発されたニュースを伝えていた。グループは全員が一般人だった。
「最近は、誰を信用していいのかわかりゃしねぇ。」とサミーが言った。
「話し方は丁寧だし、みんなだまされてしまうんだろうが、鳥型ドローンが活躍ってのが気になるな。」とディックが言った。「プライバシーも何もあったもんじゃねぇ。」
「そんなドローン、もうやめてしまえばいいじゃないか。」とサミーが言った。「まるでAIが市民をスパイしているようなもんだ。」
「今じゃ、政策を決めるのはAIだ。情報を集めにくくなるようなことを、AIが提案するわけがない。」とディックが言った。
「いつから、政治にAIを使うようになったんだっけ。」とサミーが言った。
「いつからだったかなぁ。」とディックが言った。「最初は、政党のビラ作りから始まったんだったな。文字の校正とかで。そんでそのうち、キャッチコピーを作るようになって。」
「そうだった。法律の案を作るときに、今ある法律と矛盾が無いかをチェックするようにしてったんだ。」とサミーが言った。
「世論の情報をもとにして、どんな政策を打ち出せば有権者受けするようになるか、政党間で競うようになっていって。」とディックが言った。
「その先だよ、問題なのは。自分ところの所属議員が政策通りの主張をしているか、演説会やSNSの内容をAIがチェックするようになってったんだ。」とサミーが言った。
「選挙区に擁立する候補者まで、AIが選ぶようになって。」とディックが言った。
「そこまでいくと、AIを使っているのか、AIに使われているのか、わからないな。」とサミーが言った。
「政党の代表も、世間に人気のある党員からAIが選ぶようになっていったんだ。」とディックが言った。
「最後には、有能なAIを持っている政党が政権をとってしまったってことか。」とサミーが言った。
「だんだん少数派の意見は通らなくなっていくってハンクが言ってたなぁ。」とディックが言った。
「少数意見も取り入れるってのが、AIの売りだったのにな。」とサミーが言った。
「市民の希望をかなえるためだと言って、情報収集ドローンの稼働を決めたんだった。」とディックが言った。
魔法使いとはビリーのことだったのですね。
山小屋にカビが生えてしまったのは、林の中にあって、近くには渓流が流れているからでしょうか?
ところで、常連客のハンクが出てきませんでしたね。 Equisetum
いいなと思ったら応援しよう!
応援よろしくお願いします