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AI戦争ーフワフワの人が遺したものー②

(フワフワの人 続き)
 不思議そうに私の方を見ている人たちがいたわ。
 お母さんは、この子と野垂れ死にするのだとぼんやり考えていた。
 そのとき「どうしたんだい。」と声をかけられたの。
 それがマリアおばさんだった。
 マリアは、片言言葉の私の話を聞いて、自分が経営するアパートにお母さんを連れて行き、仕事を世話してくれたの。
 それがボブの店だったのよ。
 ボブは、優しかった。
 何もできない私に仕事を教え、言葉と文字も教えてくれた。
 でも、次第にそれが私に対する特別な感情なのだと気が付いたの。
 彼は私に求婚してきた。
 私は断った。だから、もうここにはいられないと思った。
 だけど、ボブは変わらず私に優しくしてくれた。
 マリアは、私が店で働いている間、マユの面倒を見てくれて、ボブとは幼馴染おさななじみなのだと言い、見かけと違ってお人よしのいい人なのだと教えてくれたわ。
 
 ボブが、たまには休みを取りなと言ってくれて、マリアもマユを預かってるよと言うので、お母さんはひとりでバスに乗って南の丘陵地に行ってみることにしたの。そこから湖がきれいに見えるということだったから。
 お母さんはバス停を降りて、湖が見えるところまで草原の中を歩いていったのよ。
 そうしたら、古いブランコがあったの。
 なぜ、草原の中にブランコがあるのか、お母さんにはわからなかった。
 でもブランコの鎖に手をかけて、お母さんは思い出したの。
 これは、ふるさとのあの公園のブランコだって。
 それで、お母さんは、ある願い事をしてブランコに座ってみたの。
 すぐに、その願いはかなったわ。
 後ろから、「来てくれたのですね。」と声がして、すぐにフワフワの人だってわかった。
 お母さんは、うれしくて何も言えなかった。
 「あなたが、この国に来たのも街にも来たのも、わかっていましたよ。」と、フワフワの人は言ってくれた。
 お母さんは、フワフワの人に抱きついた。
 そしてフワフワの人は、ブランコを押してくれたの。

別れ

 「引っ越しの準備はおすみですか。」と、コスミック女史ことバイオレット研究員がたずねた。
 「みんなに手伝ってもらったから、あとはスーツケースが残っているだけだよ。」とレオナルド所長が答えた。
 「君こそ、大丈夫かね。」とレオナルドが言った。
 「はい。先に見学させてもらいましたし、住まいも用意してもらいました。荷物もまとめてあります。」とバイオレットが言った。そして「お世話になりました。」と言った。
 「こちらこそ。」とレオナルドが言って、彼女の手を握った。
 「また、お会いできますよね。」とバイオレットが言った。
 「もちろんだよ。」と、レオナルドが言った。
 バイオレットが、気づかれないくらいわずかに微笑ほほえんだ。
 「それだけかい。」と、食堂のキャシーおばさんが言った。
 「そうだよ。」とミネラル氏も言った。「もっと大事な話があるでしょ。」
 コスミック女史が怖い顔で、「お黙りなさい。」とミネラル氏に言った。
 研究所の所長を退任するレオナルド・ハリスと国連宇宙局に出向するバイオレット・トンプソンに、花束が贈られた。花束を渡したのは、四人いるウェザー氏の孫のうちの二人の女の子だった。二人は花柄のワンピースを着て、すまし顔をしていた。
 レオナルド所長が退任のあいさつをし、「後を頼むよ。」と、ウェザー氏に言った。
 翌日から地学研究所は観測所になり、ウェザー氏はその所長に就くことになっていた。
 だが、託されたのは所長職のことだけではなかった。古来異星人がのこした宇宙船が近くのカルスト台地の地下に隠されていたが、その技術を悪用する人間が現れることを懸念し、新たな危機が訪れることがない限り、その存在を秘匿ひとくしておくようレオナルド所長と国連のジム元宇宙局長から頼まれていた。
 「承知しています。」と、ウェザー氏は厳しい顔つきで言った。
 二人が握手をすると、拍手が起きた。
 研究所併設の食堂には、名残を惜しむたくさんの人たちが集まっていた。
 今日が離任の日と知った近所の人たちだけでなく、警察、消防、レンジャーの人たちもいた。
 少し離れたところには、国軍を退役したベン准将の姿もあった。ベンは、かつて異星人対策部隊の司令官だった。
 「さぁ、しょぼくれてないで、晩餐ばんさんにしようぜ。」とミネラル氏が言った。
 「もう始めるのかい。」と食堂のチーフが言った。
 二人の送別と新しい所長の就任のお祝いのパーティが始まった。
 その年の夏も暑かった。
 大気中の二酸化炭素濃度の上昇やオゾン層の破壊は止まっていたが、異常気象は続いていた。海中のマイクロプラスチックの回収も進んでいなかった。
 「危機が近いと、所長は考えておられるのですか。」と、ウェザー氏が横に腰かけているレオナルド所長に言った。
 「うむ。思っていた以上に早く訪れるかもしれない。」とレオナルド所長が言った。
 「ジム局長が退任されたので、コスミック女史に行ってもらうのですよね。」と、ウェザー氏が小声で言った。
 レオナルド所長が顔を上げると、真向いの席に腰かけたベン元司令官と目が合った。
 相変わらず不愛想な元司令官に聞こえるように、「そんなわけではない。」とレオナルド所長は言ったが、ベンは表情を変えなかった。
 遅れて、ジェームズ元国連宇宙局長が現れた。
 「曇っているけど、今日も暑いねえ。」と彼は言って、ベンに会釈すると、その隣の椅子に腰かけた。
 「三人顔を合わせるのは、久しぶりだな。」とレオナルド所長が言った。
 「前回は私の退任のときで、その前はベンの退任のときだった。」とジムが言った。
 そこに、用務員のサム爺さんが酒瓶を片手に割って入った。
 警察署長が持ち込んだ酒をたっぷり飲んでいい気分のサム爺さんは、「さぁ、所長。一杯いきましょう。」と言った。「歴代の所長を見てきたけど、あんたが一番だったよ。」
 給仕を手伝っていたキャシーおばさんが後ろから現れて、「さぁ、少し酔いをさましな。この後も仕事だろう。」と言うと、サム爺さんのえりをつかんで連れていった。

 新所長の挨拶でパーティが終わって、みんなが片づけを始めると、レオナルドとジムとベンは、窓際の席に移って、小さな声で話を始めた。
 少し離れた席に腰かけたバイオレットは、その話に耳を傾けていた。
 「軍の総参謀長を、AI(人工知能)が補佐するっていうのは本当かね。」とジムが言った。
 ベンが黙ってうなずいた。
 「ふうむ。」とレオナルドが言った。
 「あっちの国は、もっとAIが軍を仕切っていると聞いたな。」とジムが言った。
 「AIが戦闘を指揮するのか。」とレオナルドが聞いた。
 「それもAIの判断次第だ。」とベンが言ったが、その顔はゆがんでいた。
 「国連も、AIが幅をきかせていて、以前とは雰囲気が変わってしまった。」とジムが言った。
 「人間味が失われてしまった。」と、ぽつりとベンが言った。
 「矛盾があったり情報が足りなくて判断できない場合に、最も合理的な回答をAIに求めることになってからだ。」とジムが言った。
 「今では、人の命よりも経済的効率をもとに判断することが増えている。」と、いまいましげにベンが言った。
 彼が感情を顔に出すことは珍しかった。
 「経済的効率とは。」とレオナルドがたずねた。
 「設備や武器だけじゃなく社会経済への損得だ。」とベンが言った。
 「それはひどい。」とジムが言った。
 「だが、ここへきて、妙なことが始まっている。」とベンが言った。「遠隔操作の無人戦車やドローンの開発が進んで、直接人間が戦闘することが減ってきた。」
 「それは、いいことではないのかね。」とレオナルドが聞いた。
 「ゲームで戦うのなら、軍はいらない。」とベンは言った。
 「それもそうだ。人間は、何て愚かなことをしているのだろう。」とジムが言った。そして「かの国はどうなんだ。」と聞いた。
 「戦争には、ならないで済むのか。」とレオナルドも聞いた。
 「わからない。」とベンが言った。
 そして、「AIが、開戦を決めることになるだろう。」と言った。
 「それは大統領の権限だろう。」とジムが言った。
 「その大統領も、重大な判断をするときはAIに頼っている。」とベンが言った。
 「なんで、こんなことになっていったんだ。」とジムが言った。
 「誰もが、そう思っているよ。」とレオナルドが言った。
 「人間が自分で判断することを避けるようになったからだ。」とベンが言った。
 「もしかすると、君が軍を辞めたのは、それが理由か。」とジムがたずねた。
 ベンは、それに答えなかった。
 「君らに迷惑をかけることになるかもしれん。なので、会うのはたぶんこれが最後だ。」と彼は言った。「今日はそれを伝えておこうと思ってやってきた。」
 レオナルドとジムは、顔を見合わせた。
 レオナルドは、ベンが指揮した部隊が異星人と対決したときのことを思い出した。
 「無茶するんじゃないぞ。」とジムが言った。
 「君のような無茶はしない。」とベンは言った。
 急に西風が強くなり、食堂の窓ガラスに雨しずくがいくつも流れ始めた。
 三人の会話は、そこで途切れた。
 雨でかすみ始めた湖を、ずっと三人は眺めていた。

 ベン元司令官が先に帰った後、レオナルドとジムは、二人で再び話し始めた。
 「君には申し訳なかったと思っているよ。」とジムが言った。
 「なんのことかね。」とレオナルドが聞いた。
 「バイオレットのことだよ。」とジムが言った。「ここを辞めたら、彼女とのんびりするつもりだったのだろう。」と聞いた。
 「いや、宇宙局に行くと言ってくれたのは、彼女の方なんだ。」とレオナルドが言った。「今後のことを研究所内で話した後、彼女が私のところへ来て、宇宙局に行くと言ってくれたんだ。」
 「むろん君は反対したんだろう。」とジムがたずねた。
 その問いに、レオナルドは否定も肯定もしなかった。
 「研究所は大丈夫かね。」とジムが聞いた。
 「ウェザー氏なら大丈夫だ。ミネラル氏もビリーもいるしね。」とレオナルドが言った。
 「食堂はそのまま残るんだね。」とジムが言った。
 レオナルドがうなずいた。
 「感謝祭や観察会も続けることになっているから、そのときは私も手伝いに来るつもりだ。」とレオナルドは言った。
 「まぁ、私も宇宙局からは離れたが、国連で小さなポストをもらったから、何かあったら訪ねてきてくれたまえ。」とジムが言った。
 「そうしよう。」とレオナルドが言った。
 雨が本降りになって、ガラス窓に打ち付ける雨音が大きくなったので、ビリーがやってきてカーテンを閉めた。
 「やぁ、ビリー。今来たのかい。」とジムが言った。
 「お久しぶりです。」とビリーが言った。
 「コスミック女史には会ったかい。」とレオナルドがたずねた。
 「はい、彼女は食堂の人たちと話をしています。」とビリーが言った。
 「仲間が減っていくのは悲しいものだ。」とミネラル氏がきて言った。内緒話をしているのだろうと、話に加わるのを遠慮していたのだ。
 「研究員がおまえと私の二人になるのが、もっと悲しい。」と、新所長のウェザー氏がやってきて言った。
 「そうよね。」と、コスミック女史もやってきて言った。

 家政婦さんとテーブルに食器を並べていたマイに、電話があった。
 かけてきたのは双子の姉のマユだった。
 マユは勢い込んで、「どうして、ジョンと別れるなんてことになったの。」とたずねた。「何があったのよ。」
 「なんでもないわよ。」とマイは言った。
 マイがふくれっ面になったのを見て、家政婦さんは調理場に戻っていった。
 マユが大学を卒業して以来、双子は別々に暮らしていた。マイは実父と、マユは養父と。
 「たった一年で、どうしたのよ。」とマユが聞いた。
 「お姉ちゃんには関係ないでしょ。あっ、ううん、やっぱり関係ある。でも話したくない。」とマイは言った。
 「どういうこと、私とどう関係があるの。」とマユがたずねた。
 マイは、電話に出なければよかったと思った。
 「それより、離婚の話、誰から聞いたの。ジョンから聞いたの。」とマイはたずねた。
 こんなにも早く、マユにジョンが話すとは思っていなかった。
 やっぱり、この二人は何かあるんだ。
 私に黙って、ジョンはマユと会っていた。そりゃまあ、ジョンがビリーに会いに行けば、マユに会うのも仕方ないけど、なんだかしゃくにさわった。なんで、この三人はいつも一緒なのよ。四人で会っていても、私だけ話が合わない。
 「ううん。お父さんからよ。」とマユが言った。
 「ジョンとは話してないの。」とマイが聞いた。
 「うん、電話してみたけど、出ないのよ。」とマユが言った。
 私より先に、ジョンに電話したんだ、とマイは思ったが、口にはしなかった。
 「ビリーにも電話したけど、ジョンから何も聞いていないって。」とマユが言った。
 私より先に、ビリーにも電話したんだ。
 そんなことないってマユは言っていたけど、やっぱり欲張りよ。ビリーとジョンの両方と仲良くして。
 自分にとって一番大切なのは養父のボブだと言っていたけど、マユは自覚してないのよ。
 この三人には強いきずながある。
 私には入り込めない。
 「もう、切るわよ。」とマイは言った。
 「ちょっと、待って。」とマユが言ったが、マイは電話を切ってしまった。
 また着信があったが、今度は電源を切ってしまった。
 誰とも話したくなかった。
 私がジョンに別れ話を切り出すと、彼は黙って聞いていた。
 そして、話が終わると部屋を出ていき、次の日の朝には家にいなかった。
 どこに行ったのだろう。
 あの街以外に、行くところがあるのかしら。
 それとも故郷に帰ったのかしら。
 別れるのはいやって言って欲しかっただけなのに、ジョンも私に不満があったのかしら。
 わがままなのは自覚している。でもジョンは、それも受け入れてくれていると思っていた。
 また、目がうるんできた。
 濡れた髪を乾かさずに横になるから目にしずくが入るんだって、夜毎よごと自分に言い聞かせてきた。
 なんで、別れるなんて言ってしまったんだろう。

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